大人の都合で振り回される子どもに,振り回される大人
・・・に振り回される子ども,
事実確認,子ども同士で食い違う話のすり合わせ・・・
教育現場で毎日のように行われ,現場の教員が心をすり減らしている、、、
また子どものトラブルから親同士の関係も些細なことが原因で複雑化、、、
この背景にある問題が,日本の教育が変われない根本にあると考えてます。
それは大人の
「白黒つけたい病」では!?
なんだか皮肉だなと思う例が一つあるんです。それが,言われるようになってかなりの経ちますが「グレーゾーン」という言葉です。
グレーゾーンとは,発達障害の特性が見られるものの医学的な診断の基準を満たしていない子どもを指す通称です。
もちろん,正式な診断名ではありませんし,
誰かが判別・判断するものではありません。
このグレーゾーンという言葉がまた実に厄介な言葉です。
白と黒のどちらでもない曖昧な部分をグレーゾーンとして(実際は定義しているわけではないが)扱う事になった結果,白とグレーゾーンの間に新たな境界線が生まれてしまい,
白かグレーゾーンか
白黒つけなければならなくなる状況が生まれているわけです。
子どもたちのトラブルに関しても同じように,どちらが悪いのか!?
で揉める場合もありますが,当然原因は複雑に絡み合っており
一方的にどちらかが悪い場合は,トラブルが続くことはまずありません。
(そりゃそうだ笑)
いつも教育現場で教員が向き合って時には振り回されなければならないのは,
「どちらも悪くない場合」と「どちらも悪い場合」です。
複雑に絡み合って長続きするトラブルほど,子どもも大人も白黒つけたがります。結局は「こういうことだったよね」と。つまり,
大人側が白黒つけて安心したい
・・そうしないと,
どうにもならなくなっていることが根本なんですよね。
(※社会には,当然はっきりと白黒つけなければならない,つけるべき問題も存在します。それらは法の元に厳密に裁かれなければなりません。あくまで,教育レベルでのトラブルの話をしていることをここに記しておきます)
曖昧さと事実を受け入れて,これからどうしたいか?
そのために,今できることは何か?
それを実行するためには,何が必要で何が足りないのか?
お互いが真剣にこれらと向き合っていけばいい。
単純な話だけど,
それを拒んでいるのが清廉潔白を求めすぎる社会なわけです。
社会というのは,大人が作っているわけですから,
この負のスパイラルを抜け出す一歩目は
絶対に「大人側」だという話です。