おいでおいでと誘い込み
橙の光の下微笑する。
最期に堕ちるのは此方、
最期に堕ちるのは彼方。
堕ちない事は名誉でない。
堕ちることは不名誉でない。
恥じることも臆することも
ましてや自分を卑下することも無い。
自分を嘲笑うことも無い。
だのに、どうしてもそうなるのは
今の季節が引き摺るからだ。
「似てるだなんて、全く違う人間
本人を見ないといけないよ」
似てる似てないなんて
最早が関係無い。
こうして価値を下げて下げて
生きることから逃げている。
関わることも諦めて自嘲。
交わいにも心赦せず
只じっと視ている。
何を考えている?
何を視ている?
さっき誰に触れた?
狂気に似る気持ち
枚挙にいとまがない。
知らない内に恒常的に保ち
習慣になっていた。
本当は?
真意は?
過程は?
誰も信じてない。
信じられないと悲観している訳ではない。
習慣なんだ。
24時間365日
休まること無く思い続けた。
要るか、問い続けた。
答えの無い薄黄色の天井に
茶色い染みの着いた蒼い絨毯に
冷えてアイスピックになった様な浴室に
静寂に包まれた人工の光の無い廊下に
何より鮮明な朱色に
白く、優しい目の月に。
虚言に包まれた生活というものは
辛い。
結果的に私は、何年かたった今も
習慣から抜け出せていないことになる。
正直に話していても
何かの拍子に演技に入る。
演技をしない様努める方が疲労する。
だが、演技をしてしまった後は嫌悪する。
演技をした、しなかった
どちらが何だか
自分が何だか分からなくなる。
やがて疲労して全てやめる。
やめるのはいつも秋か冬、
頑張っても無駄だと毎年痛感した季節に
やめてしまう。
私は、もういい と思う。
要らないんだったなと思う。
私に血を分けた幼子が居なければ
本当に全てやめていた。
それでも生きている
しかも逃げながら。
毎年病んだ習慣に気付く。
常に付きまとう。
絶望してしまう。
死ぬことは決まっている。
あと何年生きる?5.60年
私はこんなにも昏い気持ちで
残りの何割を過ごすつもりなんだろう。
何割をあの人に翻弄されるんだろう。
あと何十年ある歳月を
たった5年其処らの出来事に
掻き乱される事を
どうして赦しているんだろう。
残りの何十年と、今までの20年弱。
関係はあるが、関係がない。
これまでは変えられない
これからは変えられる
天と地の差だ。
こうあった全てを受け入れるのは
致し方ない。
受け入れなくてもどちらでもいい。
こうあった全てを悪者にして
これからを生きるには随分と間抜けだ。
どれ位走れる?歩ける?立てる?
手が動く?起きていられる?
全てを使って生きないと勿体無い。
勿体無いよ。
私は大丈夫だと思う。
利用してくれる人間がいるなら
まだマシでしょう。
もうやだと思っても
もういいは 減らそう。
減らすようにしても、癖だね。
諦めないといけないことが
多すぎたから。
でも、もう諦めなくていいし
これからは私の時間だ。
私の世界を私が動いて私が幸せになる。
人間は70億人もいるし
世界を全部回るとしたら
間に合わないかも。
頑張れ。
頑張る。
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