If I fall back down, you're gonna help me back up again
If I fall back down, you're gonna be my friend
俺はいま一人、JR東海道本線に乗って東京に向かってます。
現在時刻7時。
今は共和とかいうわけわからん駅にいます。
青春18切符っつうやつです。
JRが格安で乗り放題ってやつです。
でも名古屋→東京で乗り換え6回、乗車時間7時間となかなかハード笑
乗り換え多いから寝れんしねw
とにかく計画性のなさを指摘され続け17年、本日もまったく無計画で東京に向かってます。
青春18切符だってさっき名古屋で買った。買えたからよかったけどなかったらどーするつもりだったのだろうか、俺。
まぁ、乗れてるからいーや笑
もともと旅好きだし外の風景見てたら飽きないからいいけどね…隣のおじさん寝るなら窓側変わってくれないかな…。笑
あ、刈谷だ。懐かしいな刈谷。
昔、澤本と自転車で刈谷まであてもなく旅きたな。あれは中学生だったかな。
なんもねぇとこだったな笑
って話が脱線しまくって全然本題にはいってないな。
なぜ東京に向かってるかというとそれはもちろんこれを見に行く為!
「RANCID 赤坂BLITZ 単独公演」
ヤバイでしょ!RANCIDだよ!
もうリスペクトなんつう簡単な言葉じゃ表現できんくらい好きです。笑
RANCIDについて書きだしたらもうとまらんくらい書けるけど今回の本題はRANCIDでもないんでやめときます笑
まぁ今回の本題はいつもの通り自分のバンドのLIVEについてです。
まず、我々THE OUTCASTEはおとといのLIVEをもって解散しました。
解散理由はあとに書こうかな。
とにかく呼んでくれたACT1、対バンした人達、そして見てくれた人達、どうもありがとうございました。^ ^
おー、だいぶ景色が田舎になってきた。
三河塩津…どこだよ。まだ豊橋まできてないはずだが。
田舎に暮らしてみたかったなぁ。
いま暮らすのは嫌だけど笑(田舎暮らしの人すいませんm(_ _)m)
小学校、中学生は田舎で過ごしたかったな。
俺の住んでるとこは都会でもなければ田舎でもない極めて普通で特徴といったら坂ばっかりなのくらい。あんまり面白いものもないし笑。でも嫌いじゃない。
ってなんの話書いてんだ。
本題戻ってまぁアウトカーストの歴史でもたどってみようかなっつうのが今回のブログです。1年ちょっとしかやってないけど。まぁ7時間も電車乗ってれば暇なんでね…。
まず俺(Gt&Vo)と澤本(Dr)が出合うとこからスタートだな。出会いは中1で同じクラスになったときかな。まぁ小学校も一緒だけど1回も話したことないから出会ってはないな。
中1の頃の俺は今では考えられないけど元気が売りのでしゃばりでクラスの人気者になろうと躍起になってるような奴だった。ほんでこれは後から聞いた話しだけど澤本は俺のことが嫌いだったみたい笑
俺は澤本のことをボロクソにいじってたりしてたからやだったんだろうなぁ。すまない、澤本!
そして俺は中2のときにブルーハーツとかを好きになってお手本ともいえるくらいどっぷり中2病に浸かったから中3でまた同じクラスになって俺を見た時に色々変わりすぎてて澤本は驚いたらしい笑
そして俺は澤本にパンクを進めた。最初は拒否反応だったけどそのうち澤本もパンクが好きになっていった。
それでこれもたまたまなんだけど、俺と澤本は同じ高校にいった。そこで俺は澤本とバンドを組む気満々だった。澤本しかパンクを理解してくれてるやつはいなかったから。
だから澤本がダンス部はいりたいとか言い出した時は死ぬ気で説得した。笑
で、まぁ俺はギターがやりたかったからギターをやることにして、澤本は体がデカイからなんとなくドラムをやれっていってドラムになった。
あとはボーカルとベースを探さないとってことになった。
俺らの高校には軽音楽部があるんで、そこにきたやつとやろうと思ったんだけどいいヤツがいなくて、俺と澤本で面白そうなヤツを見つけようって話になって澤本が連れてきたのが山本。
理由は澤本の隣の席にいたらしく高校はいって一番最初になかよくなったから連れてきたらしい。
俺は澤本が山本を連れてきたときの最初の印象ははっきりいって、「俺の想像してたんとちがーう!」笑
いかにもな陰キャラ臭が漂う家でずっと本読んでますって言いそーな少年だったから。
いや、待てよ。見た目はそうでも中身はシド・ヴィシャスなんじゃないか!?
いえでクラッシュを爆音でかけてるんじゃないか!?
なんて期待をこめていった山本の最初の会話が
俺「どんな音楽聴くのー?」
山本「う~ん…俺、音楽とか聴かない」
ってオイ!軽音楽部にきて一緒にバンド組めそうなヤツを見つけようっていってんのになんで音楽聴かないやつを連れてくんだよ!澤本!!笑
その後結局なんで山本とがベースをやりはじめ、一緒にバンドをやりはじめたのかはあんまり覚えてない。
山本いわくは半強制的にSAのLIVEにつれていかされたときに衝撃を受けてパンクに興味をもったらしい。
その後ボーカルがみつからないからみつかるまでは俺が歌いながら弾くわ、ってことでスリーピースになった。
それから約半年後の1月の17日だったっけな、初LIVEをしました。
緊張した。ステージの上で足が震えたもん。
オリジナルは3曲やった。そのうち2曲はいつの間にか消えて、結局いまに残ったのは「黒い平和」って曲だけ。
あとはピストルズとかクラッシュとかラフィンとかのカバーだったかな。
そして3月にやった3回目のLIVEでこれたま素晴らしい出会いがあった。
「The 弾丸ノイズ」との対バン。
これは俺のなかでかなり大きいです。
若い世代の人でパンクバンドやってることが嬉しかったし、そういうバンドと同じステージに立てたことも嬉しかった。
弾丸ノイズとはその後何回も対バンしたし、本拠地にも呼んでもらった。
その後、8月にはいってからは無料デモCDを作ったりアー写とったりPVを作ってみたりといろいろやっとったな。
↑左から、コウキ・ラモーン、シュン・ロットン、カズノリ・ストラマー、です笑
あとは高校生主体のフェスなんかにもでたりしてた。
その後、弾丸ノイズの本拠地で対バンして仲良くなった「あきらめきれず」に呼んでもらったり、もともとスタンスパンクスのLIVEでよく会ってた岐阜のヤングパンクス達が結成した「THE STAY YOUNGS」とかとも対バンしたりして若いパンクバンドとの対バンが増えて嬉しかったな。
印象的なのは「THE OUTCASTE」、「The 弾丸ノイズ」、「THE ZUTAZUTAZU」、「THE STAY YOUNGS」とでやったLIVE。
その日は台風直撃でLIVEHOUSE前の通りは川になってて警報もでてて、避難勧告もでてるとこもあったんじゃないかな。
そんななかでもLIVEを強行。
まさに嵐のPUNKDAYSだったな。
そして11月、本格的なパンク、ハードコアイベントに呼んでもらった。
ハコはレッドドラゴンっていってラフィンノーズ、スタークラブ、ライダーズなんかの俺の憧れのバンドもやっているところだ。
その人達と同じステージに立てるってだけで鳥肌がたったな。
LIVEは色々ハプニングがあったけどなんとか全開でいけたと思ってます。
そしておとといラストLIVE。
まぁ書くと恥ずかしいからあれだけどいわゆるバンドマンがよくいう「空間が一つになった」っていうのが少しわかった気がしました。
まぁ解散理由はそれぞれの夢を叶える為ってこと。
だからこれは終わりであって始まりだと思う。
澤本には澤本のやりたいことがあり、山本には山本のやりたいことがあるはずだからそれをやるためのはじまりなんだと思う。それはバンドじゃないかもしれないだけどそれを突き進めてやることは俺はパンク何じゃないかと思うわけです。
パンクは生き様だからね。
でも、俺にはバンドしかないからまた必ずステージに立つ。その時は応援よろしく!
If I fall back down, you're gonna help me back up again
If I fall back down, you're gonna be my friend
バンドメンバーではなくなっても友達だしね。笑
…そして今ここはどこなんだろうか…。
現在時刻1時50分
熱海をでてからだいぶたったよな。
このブログを書いてる間に3回の乗らなきゃいけないやつに乗りそびれた笑
まぁなんとかなるか笑
待ってろよー、RANCID!!
それでは! 竹村











