季節外れの少しむし暑い空気にカーテンがなびいた。天井と床、暗闇と静寂、全て慣れ親しんだものだった。
スタンドの明かりをつけようとすると、誰かの手が僕を制止した。
ホソク兄さんだった。
驚いて体を起こすと、兄さんが唇に人差し指を当てて見せた。「皆、一緒に来た」
皆が僕を待っているのだと言う。
すると、一緒に出ようと言いながら兄さんは手を差し出した。
省略…
僕はとっさにその手をつかんだ。
廊下は静かだった。
受付のデスクには看護師が2人ほど座っていた。それぞれ仕事が忙しいらしく、僕たちに関心を見せなかったが、静かに歩いた。エレベーターは5階に止まっていた。
ドアが開くと、ナムジュン兄さんとソクジン兄さんが乗っていた。
1階にたどり着き、廊下に入ると、ホソク兄さんが突然、左側のドアに僕を引き入れた。休憩室だった。
普段、患者と身元引受人でにぎやかな休憩室は、窓の外の街灯以外は一面、真っ暗だった。片側のテーブルの上のローソクにパッと火が点くと、ジョングクとテヒョンの顔が現れた。
暗闇の向こうにユンギ兄さんも見えた。
テーブルにはスナックや炭酸飲料も置かれていた。
「兄さん久しぶりです」
簡単な挨拶が終わる前だった。
ここで何をしているのかという看護師
の問いかけにユンギ兄さんが誕生日パーティーだと言いつくろった。
「皆さん、本当にここの患者さんですか?違うみたいだけど」
缶を持っていた手に無意識のうちに力が入った。
ホソク兄さんが僕の肩をつかんだ。
「大丈夫だ」ナムジュン兄さんの声だった。
「兄さん。合図をしたら、すぐ走るんですよ」そう言ったのはジョングクのようだった。
いつの間にか、前方のドアまで行っていたソクジン兄さんが目配せをすると、外に出た。ホソク兄さんが全員を見回した後、声を低めて言った。「走れ。ジミン」
その言葉を合図に僕たちは全員、駆け出した。僕もそのなかに巻き込まれ、一緒に走った。
何かズシンと重みを感じるような気がしたのは、給湯室を通り過ぎ、非常階段が近づいてきた時だった。いつの間にか、足取りが遅くなっていた。
本当に大丈夫か?平気なのか?
外の方が大変かもしれない。
もしかしたら誰も君をかばってくれないかもしれない。いっそのこと、ここにいた方が安全で気が楽かもしれない。今からでも遅くない。たち止まれ。限界を認めろ。
素直な子にならないと。
境界線は目の前だった。
「大丈夫だ。パク・ジミン。走れ!」
その声に押し流されるように、そして1歩、進んだ。
僕は境界線を超えた。
患者衣を脱ぎ捨て、Tシャツに着替えた。
同時にドアに向かってもう1歩、進んだ。
境界線からドアまで5歩。
他の人にとってはたったの5回、僕にとっては背中を押されなければ踏み出すことさえできなかったその距離を、初めて自分の意思で超えてきた。
あのドアを開けて出れば、今までとは違う風景が待っているはずだ。次に起こることは、今は考えないようにしよう。
今はただ、1歩踏み出すことだけを考えよう。力いっぱいドアを押した。
外の空気が全身にぶつかった。
今まで幾度なく想像していた熱い日差しも激しい風もなかった。それなのに、なぜか涙が出そうだった。高鳴る胸の鼓動が四方に響き渡った。