私の住む街は【成功している黒人】と
【リベラル派白人】が多く住んでいる場所です。
私がこの街に暮らして
多くの【成功した】黒人ファミリーと
接する中で気がついたことを
シェアしたいと思います。
それは、彼らが
非黒人からみると
【同じアメリカの黒人】に見えても
実はかなり幅広い
社会的階級出身であるということです。
昨夜、我が家のバックヤードには
夫の友人であり同じ街に住む
二人の黒人男性、マックスとタイリー
が遊びに来ていました。
二人とも高学歴で高収入で、
それぞれが良い仕事についており、
犯罪とは縁のない人々です。
マックスとタイリーは
初対面だったのですが
3人とも同じ年で、
庭いじりが趣味ということで
すっかり意気投合したようでした。
マックスが突然、タイリーに聞きました。
『ところで、君はFirst Generation(一世)なの?それともSecond(二世)?』
これはどういう意味かというと
『人並みに稼いで平均以上の生活ができるようになった最初の世代(一世)なのか、親がある程度築いた平均またはそれ以上の生活レベル土台のもとに育った(二世)なのか』
という意味です。
マックスは『二世』です。
彼の両親はトリニダットの政府から
派遣されてアメリカにやってきて
一流大学、大学院を出て政府機関で
働くことになった人々で、
彼はお金の心配とは縁がなく育ち、
道を踏み外す可能性が
極めて低い状態で大人になったと言えます。
白人社会で育って、友達も白人が多く、
奥さんは白人です。
彼の祖先はアメリカの奴隷ではありません。
オバマ元大統領も、
このカテゴリーに属すると思います。
一方、タイリーと私の夫は
『一世』であり、
学歴のないティーンの親、
シングルペアレント、
貧困と3つが重なったところ出身で
先祖はアメリカの奴隷だったという
バックグラウンドです。
タイリーの奥さんは黒人です。
ミシェル夫人は、このカテゴリーに
属すると思います。
ただしミシェル夫人は
仕事をする両親がいて
黒人の中流階級出身ですから
ポジション的には一世と二世の間くらいかも
しれません。
更にタイリーと私の夫を比較すると、
タイリーは都会のゲトー育ち、
私の夫はド田舎の貧困村育ち。
(詳しくは過去記事を参照ください)
都会のゲトー育ちのタイリーは、
夫の育った環境と比較すると
育つ過程でギャングやドラッグ、
警察との緊張感のある関係が
身近にあったということが言えます。
このように、非白人にとっては
同じアメリカに住む黒人にしか見えなくても
育ったバックグラウンド次第で
抱えているもの、
差別に対する意識や敏感度、
白人に対する感情や
異人種との関係の築き方における
スタンスが違うのです。
非黒人が(時には一世、二世の黒人が)
『黒人でもちゃんと努力して、
まともな生活をしている人がたくさんいる(だから差別問題にすり替えるな、甘えるな)』
と主張する時、黒人が一括りにされている
印象を受けますが、私は、
明らかに一世と二世では
乗り越えなくてはならなかったものに
違いがあるという事を知っていますし、
多くの場合
『努力してまともな生活をしている一世』
の他の家族メンバーは、
未だに貧困の最中にいるということも
知っています。
夫がこう言いました。
We leave something behind us to be successful.
一世として成功するには、
何かを置き去りにしないといけないんだ。
『何か』とは、
会社で白人のような言葉を
話すことかもしれないし、
夫の他の隣人マイクのように、
ヘロイン中毒の家族と
縁を切ることかもしれません。
または、白人のような視点に立って
自分の家族(貧困)を批判して、
家族から孤立することかもしれません。
よく、こんな意見を耳にします。
↓
『人種差別を理由に働かなかったり、
収入が低いことを嘆くのは
Raceカードを使っているだけ。』
この議論の最終地点はだいたい
人種による隔てのない社会を目指すには
『人種に関わらず同じ扱いをするのが真の平等』
というところでしょうか。
でも
私から見ると、
明らかに【今】、リスクレベルの高い環境にいる
『都会の貧困層の黒人層』に
教育が行き届くような政策や
特別な配慮をすることが批判され
「逆差別」とまで言われなくてはならない理由が、やっぱり分からないのです。
もしそれが『黒人の切る人種カード』
だというのなら
人種カードを切るのは
黒人だけではないということも、
また事実です。
黒人のカードが
『何かにつけて相手や社会を
人種差別的だと主張する黒人被害者のカード』で
その効用が
個人(ミクロ)の問題から目をそらすこと
(個人の努力不足、個人の能力不足etc)
だとしたら、
非黒人のカードは
『人種差別主義者のレッテルを貼られ逆差別を主張する非黒人被害者のカード』です。
そしてその効用は、
社会(マクロ)の問題から目をそらすことです。
(アメリカにシステマティックな
人種差別はないと主張)
要する被害者カードを切るタイプの人々は
両サイドに一定数の割合で存在しており、
そのカードは実は同じカードの
表と裏であるという事です。
どちらのカードにより多くの
『特』があるでしょうか?
どちらのカードに社会的に見て大きな
『害』があるでしょうか?
白人の持つカードは、
【逆差別被害者カード】だけではありません。
【白人特権カード】を持っていることに
気が付かないからこそ、
存在するのが【逆差別被害者カード】なのです。
少なくとも
郊外の安全な街で3人の中年男性が集まり
初対面の相手と、
『君は(フードスタンプに世話に
ならずにすんでいる世代の)一世か二世か』
なんていう特殊な会話をすることは
白人の間では
一般的ではないはずです。
どちらかのカードを選べるとして、
白人は、黒人のカードと
交換するでしょうか?

