昭和35年に一家そろって上京した。その後昭和何年であったか不明だが、恐らくは有楽町の映画館で映画を観た後だったのだろう、両親は私を伴い銀座に流れて来ることが何度かあった。あの頃、両親はまだ30代で若々しかった。

そんな時、銀座で食事をした記憶で、覚えている店は5丁目にあったコックドールと6丁目にあった天麩羅屋"天金"だった。

コックドールは、横浜のホテル・ニューグランド系であったらしいが、子どもにはそんなことは記憶の外の話しだった。とにかく美味であったと言う記憶である。

店内に入るとバターと生クリームの混じったような良い匂いがした。広々とした店内で、テーブルには白いテーブルかけがかかっていて、ウェイターも白い上っ張りを着ていたように記憶している。ウェイターの静かなしかし確信に満ちたような物腰を見ていただけでも、口に唾が溜まってきて、期待にわくわくしたものである。

メニューはいつ見ても見飽きないものだった。色々な人はグラタンとかクリームコロッケが秀逸だったと語っている。これは私も同感である。私は個人的にはオムライスが好きだった。トロトロではない、昔ながらのパリッと卵を薄く焼き上げたコートを纏ったオムライスだった。ただ、中身がケチャップライスだったか、ピラフ風であったか、覚えていない。私はケチャップライスが好きだったので、それかなとは思う。

後年、松本清張の「点と線」を読んだとき、登場人物が銀座のレストランに集う光景が描かれてあったが、何となくこの店はコックドールだなと思った。