毎日猛暑が続きますね。
9年前の今日、2009年8月6日、元妻が子供たちを連れて突然姿を消した日です。
あれから9年。
時が経つのは早いですね。
あの当時の事は今でも忘れる事が出来ません。
あの日の次の日からの事を以前の記事で紹介していますのでご覧になって下さい。https://ameblo.jp/thelongandwindingload515/entry-11557663361.html?frm=theme
さて、離婚の際、裁判では出していない事もいくつもありますが、当時としては疑問符の付くことがいくつかありました。
元妻が出ていってから三週間ほどは、相手方の実家と電話で話していました。
とにかく私の事を悪者扱いをしてくるだけで、全く話を聞いてくれようとしない相手方の実家。
ちなみに、私の実家は、元妻が調停を起こしてくるまで中立でした。どうして味方をしてくれないんだろうと思ったこともありましたが、両親の意見は「夫婦の事に親が入ると上手くいかなくなる」というものでした。
ですから、もし、何か言うとしても私サイドではなく元妻寄りになって対応をしようと両親はしていたのです。
ですから、相手方が調停を起こして来るまで(正確には相手方が代理人を通して内容証明を送ってくるまで)中立でした。
相手方から内容証明が届いたのが2009年9月14日。
8月の後半、台風が来ていた時期がありました。
私はその日、都内で仕事でしたが、自宅アパートには戻らず、車でしばらく走りました。
目的もなく運転していて、着いたのは海。
その時の記憶がないのですが、膝までは波に当たっていました。目的は何だったのか今でも自分で分かりません。
そんな自身喪失のような、その時、子供たちが私を救ってくれたのです。
ポケットに入れていた携帯の明かりが付いたのです。夜中なのに何だろう?と思いました。
当時、携帯の待ち受け画面は、娘たちと撮った写真でした。
開いた携帯の画面を見て、私は自分を取り戻した気がします。
実は、その後、どの道をどう帰ったのかも覚えていない、、。
9年越しに、この事をはじめて明かしました。
話は、進みますが、当時、突然姿を消し、その約一か月後に相手方の代理人から内容証明文が送られてきました。
その頃は私も対策を既に講じていました。というのも、その前後には元妻が住民票を抜いていた事がわかっていたので、私も証拠保全に全力を投入していました。
集めていた証拠の一つに元妻が閲覧していたパソコンの履歴があります。
パソコンは家族共有の物でしたが、住民票を抜かれた事が分かってからは、自宅に侵入されないようにセキュリティを強化していました。
私の知り合いに情報処理の学校の講師をしている方がいたので、パソコンでの過去の閲覧記録の見方を教わりました。
閲覧記録を一つずつ確認していくと、ある事が判明したのです。
それは、浮気調査をしている会社のサイトや、浮気に関することのサイトをいくつも見ていたことです。
元妻が裁判で主張してきた様な、暴力関係のことなど皆無でした。
元妻が姿を消す少し前、私は仕事関係である女性に付きまとわれていた事があります。
私は困っていて職場の上司にも相談していましたし、元妻にも相談していました。
ところが、過去のパソコン閲覧記録からすると、私が困っていた事などとはお構いなしに私の浮気を疑っていたのかと気が付きました。
試行錯誤しながら、どうしたら付きまといを流していけるか悩んでいたところでの、突然の元妻からの行動。
証拠として、元妻のブログや書き込みなどをひたすら印刷していた頃、ブログには楽しい事ばかりが想い出の様に書いてあり色々と思い出されました。それらを印刷していた私は、次から次にそういった楽しかった場面場面を目にしていたのですが、陥った状況のギャップで、プリンターから流れ出てくる過去の想い出を前に、私の精神がぷっつりと切れそうになりました。
証拠集めをしなければという思いと、元妻が残している平和な日々の楽しい想い出。
私の精神が限界まで来てしまい、ついに実家に連絡しました。
「もしもし」
と一言母に言っただけで、
「ゆきむら?どうしたの?何かあった?」
と、私の異変に気がついた母親。
プリンターで印刷しているところだが、「もう駄目だ(気持ちがもたない)」と告げました。
母親は、「もういいから戻って来なさい」と一言。
私は印刷物もそのままにして実家に戻りました。
もし、あの時、「頑張りなさい」と言われていたら、、私は多分、生きるのを本当に諦めていたかも知れない。
あの日の事は、忘れたくても忘れる訳がないのです。
思い出しながらなので、まとまりがなくてすみません。