希望の先に帆をあげて

希望の先に帆をあげて

曲がりくねった長い道をあきらめず歩きます

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新型コロナは色々なことに変化が及びました。

まだまだ続きそうな気配なので現在進行形といってよいと思いますが、コロナ前と現在でどう変わったのか。経過を簡単ですが書いてみたいと思います。

 

自分はあることを指導する仕事をしています。仕事の内容は限定記事で書いていますが・・。

 

コロナが流行り、4月と5月は仕事がほぼゼロになりました。

それがずっと続かないことは分かってはいたのですが、やはり不安は大きかったですね。

 

そんなこともあり、毎月忘れずに送金している養育費も一時的にストップ。

元妻は、あれこれ言ってお金を送れと言ってきたので、父子面会が元妻側の都合で行われなかったことが数回あることを指摘。

収入の無い月で緊急事態宣言下なのに無理矢理送れと言うなら、父子面会を履行されなかった分の間接強制で指定されている金額分をまず先に私に送金するように指摘しました。

 

しかし、お金を取ることはしたいが、自分自身が行ったことでの支払いは嫌なようです。

「検討する」とだけ言ってきてその後、誠実さは、やはり見られませんでした。

 

しかし、そういう性格だと言うことは熟知しているので、そのままスルー。

イライラしても仕方ありませんからね。

 

さて、仕事は4月と5月の無い時期に色々と考えました。

その先の仕事の戦略を練り直さないと、不安の中数年を過ごすことになりそうだと予測。

 

定額給付金、持続化給付金、県の休業要請協力金は5月中にすべて着金。

ありがとうございました。

とても助かり、仕事もオンラインでの部分を増やしました。

 

そのおかげで6月以降はほぼ通常に戻っています。


 

 

 

 

 

 

皆様、お元気でお過ごしでしょうか。

 

このブログに投稿するのも1年ぶりとなりました。

落ち込んでいたわけではありません。

離婚関係の落ち込みからは離れているので頻度が極端に減っただけです。

 

アメブロも放置状態でしたので、思うことや近況などをたまに書こうかなと思います。

 

今年はなんといっても新型コロナの影響が大きくあります。

私の仕事でも影響は出ました。

 

しかし、元に戻ることはいろいろな意味でないと思うので新しい道として進んでいくだけ。

 

では、詳しくは以降の投稿で紹介したいと思います。

毎日猛暑が続きますね。

9年前の今日、2009年8月6日、元妻が子供たちを連れて突然姿を消した日です。
あれから9年。

時が経つのは早いですね。

あの当時の事は今でも忘れる事が出来ません。

あの日の次の日からの事を以前の記事で紹介していますのでご覧になって下さい。https://ameblo.jp/thelongandwindingload515/entry-11557663361.html?frm=theme

さて、離婚の際、裁判では出していない事もいくつもありますが、当時としては疑問符の付くことがいくつかありました。

元妻が出ていってから三週間ほどは、相手方の実家と電話で話していました。

とにかく私の事を悪者扱いをしてくるだけで、全く話を聞いてくれようとしない相手方の実家。

ちなみに、私の実家は、元妻が調停を起こしてくるまで中立でした。どうして味方をしてくれないんだろうと思ったこともありましたが、両親の意見は「夫婦の事に親が入ると上手くいかなくなる」というものでした。

ですから、もし、何か言うとしても私サイドではなく元妻寄りになって対応をしようと両親はしていたのです。
ですから、相手方が調停を起こして来るまで(正確には相手方が代理人を通して内容証明を送ってくるまで)中立でした。

相手方から内容証明が届いたのが2009年9月14日。

8月の後半、台風が来ていた時期がありました。
私はその日、都内で仕事でしたが、自宅アパートには戻らず、車でしばらく走りました。

目的もなく運転していて、着いたのは海。

その時の記憶がないのですが、膝までは波に当たっていました。目的は何だったのか今でも自分で分かりません。

そんな自身喪失のような、その時、子供たちが私を救ってくれたのです。

ポケットに入れていた携帯の明かりが付いたのです。夜中なのに何だろう?と思いました。

当時、携帯の待ち受け画面は、娘たちと撮った写真でした。
開いた携帯の画面を見て、私は自分を取り戻した気がします。
実は、その後、どの道をどう帰ったのかも覚えていない、、。

9年越しに、この事をはじめて明かしました。

話は、進みますが、当時、突然姿を消し、その約一か月後に相手方の代理人から内容証明文が送られてきました。

その頃は私も対策を既に講じていました。というのも、その前後には元妻が住民票を抜いていた事がわかっていたので、私も証拠保全に全力を投入していました。

集めていた証拠の一つに元妻が閲覧していたパソコンの履歴があります。
パソコンは家族共有の物でしたが、住民票を抜かれた事が分かってからは、自宅に侵入されないようにセキュリティを強化していました。

私の知り合いに情報処理の学校の講師をしている方がいたので、パソコンでの過去の閲覧記録の見方を教わりました。

閲覧記録を一つずつ確認していくと、ある事が判明したのです。
それは、浮気調査をしている会社のサイトや、浮気に関することのサイトをいくつも見ていたことです。

元妻が裁判で主張してきた様な、暴力関係のことなど皆無でした。

元妻が姿を消す少し前、私は仕事関係である女性に付きまとわれていた事があります。

私は困っていて職場の上司にも相談していましたし、元妻にも相談していました。
ところが、過去のパソコン閲覧記録からすると、私が困っていた事などとはお構いなしに私の浮気を疑っていたのかと気が付きました。

試行錯誤しながら、どうしたら付きまといを流していけるか悩んでいたところでの、突然の元妻からの行動。

証拠として、元妻のブログや書き込みなどをひたすら印刷していた頃、ブログには楽しい事ばかりが想い出の様に書いてあり色々と思い出されました。それらを印刷していた私は、次から次にそういった楽しかった場面場面を目にしていたのですが、陥った状況のギャップで、プリンターから流れ出てくる過去の想い出を前に、私の精神がぷっつりと切れそうになりました。

証拠集めをしなければという思いと、元妻が残している平和な日々の楽しい想い出。

私の精神が限界まで来てしまい、ついに実家に連絡しました。

「もしもし」
と一言母に言っただけで、

「ゆきむら?どうしたの?何かあった?」

と、私の異変に気がついた母親。

プリンターで印刷しているところだが、「もう駄目だ(気持ちがもたない)」と告げました。

母親は、「もういいから戻って来なさい」と一言。

私は印刷物もそのままにして実家に戻りました。
もし、あの時、「頑張りなさい」と言われていたら、、私は多分、生きるのを本当に諦めていたかも知れない。

あの日の事は、忘れたくても忘れる訳がないのです。

思い出しながらなので、まとまりがなくてすみません。
しばらくこのブログを書いていませんでしたが、皆様、お元気でお過ごしでしょうか。

今日、父子面会がありました。

子供たちがすくすく育っているのは喜ばしいことです。あれやこれやとお店を見たりして過ごしました。

さて、次回の面会は、調停の取り決めではある月の土曜日なのですが、私に大事な面接入ってしまっているため翌日曜に変更してもらいました。

が、子供からこんな質問がされました。

「昨年の7月は部活の大会の日だけど変更してくれなかったけど、どうしてお父さんは変更するの?」

なかなか良い質問をしてきたので、理由を話しました。

実際の子供への説明は言葉を噛み砕いて説明しましたが、内容は以下の様なこと。

· 面会については調停で決まっていること。
· 変更が生じる場合は、相談をすること。

そして、次の事項を説明するのが、なかなか難しいのですが、、、  

· お父さんの都合で面会が出来ない場合は罰則はなし。
· お母さんの都合で面会をしない場合は罰則がある。

これは正確には、調停調書で、面会を行わない場合は、債務者(母親)は権利者(私)に、子供一人につき2万円を払え、となっています。

気をつけて話さなければならないことは、子供は全く悪くないということ。

こういうことって、なかなか説明が難しいですよね。。

そんな話のときに、ある事が判明。

子供が私に言ったこと。
「面会は中学までだから、、、」
という発言。

私は子供に、二十歳の誕生月までと決まっていることを教えました。

どうして、子供に嘘を教えるのでしょうか。
こういうことは、決定書類で一目瞭然ですが、この様な嘘を信じ込ませて、子供が一番傷付くということに気が付かないのが、本当に残念に思います。

こういう事をしている母親を想像すると、幸せに暮らしていないのかなと思ってしまいます。
 
幸せに暮らしていれば、子供は成長して、面会は子供に任せられるようになるのだから、母親自身が楽になるのに。

子供の様子を見ていると、母親が未だに人を色眼鏡の向こうに見ていて、充実した生活を自ら遠ざけているなと感じます。

別に私に謝らなくても構いません。
それよりも、一日も早く、過去の過ちを見つめ直し、明るい様子を取り戻して欲しいと思います。

以下は、このブログを見ている母親へ。
反省して心を改めることは負けではありません。少しでも強い人間になって欲しいです。
自分が変われば物事って明るく拓けてきますよ(^^♪

自分は、至らなかった部分を数年前に大分悩み考えました。
今は、毎日がとても楽しいです。
陰ながら応援していますから、頑張って下さい。

最近になって、なぜか立て続けに元妻との知り合ったきっかけや、あるいは結婚したきっかけなどを聞かれたりします。

 

そして、そんな話を聞かれる理由が、夫と夫婦喧嘩をしていてどうしたら良いかの相談・・。

 

私はカウンセラーではありません。

 

しかし、離婚して子供と定期的に会っているので、夫と喧嘩になったりして不穏な空気があるという理由で相談されるのです。

 

相談をされたときは、ひと通り話をされるまで聴くのですが、今まで全ての相談で私が言ってあげたことは以下のような趣旨のみ。

 

「夫婦はもともと他人なんだから考え方や捉え方が違って当たり前。親子や兄弟でさえ考え方は違うんだから、そう思えば良い。上手くいっていない時期は、無理に話したりしないで気分転換に敢えて話をしようとしないとか、ちょっと出かけてみるとかしてみたらどうだろうか。」

 

あと話すのは、

「悪いことはずっと続くものではないし、今の状況を将来振り返ったら案外小さな事。出会いたいときはいつでも出会いないけど、別れたいときはいつでも別れられる。だから、今、谷にいるだけで別れない方が良いんじゃないか。」

 

大抵、こういうことを話しますが、しばらくすると夫婦仲良く遊びに行ったりしているのを目にしたり話に聞いたりします。

 

大体見ていて思うのは、巷のカウンセラーに相談に行くと、離婚へと突き進むケースの割合が多い気がします。

カウンセラーって一体何をカウンセリングしているのか。

 

人生は長いようで短いですが、短いようで長くもある。

 

夫婦生活のたかだか短い期間の試練は、その後、長い人生の幸せをつかむためのハードルです。

 

私の生徒関係では、精神面も多々音楽に影響するので、音を聞いただけでその人の精神状態などが分かり、そこからそんな話へと発展することもあります。

 

私の過酷な数年の話も少ししたりすると、「自分の状況は大したことないですね」と逆に慰めてくれ、それで夫婦仲直りした人もいました。

 

まあ、こういう役の立ち方もありかな(笑)