コラム
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流れの中

ハッとした瞬間だった。

このお正月に市内のショッピングモールに正月セールに出掛けた日のことだった。

普段気にもしていなかったことに気づいた。。

ショッピングモール内のベンチに人がひとり座っていた。

その人は黒く汚れた汚い服を着ていて、髪は白髪交じりで伸び放題、肌は黒々していて

汚れていた。山ほどの荷物をベンチに置きただ時間をやり過ごしているようにみえた。

僕は一瞬目にしたその人には気にもとめずその後買い物を楽しみ、食事をしショッピングモールが

閉まったあと近くの居酒屋でお酒を楽しみ寒い夜に絶えられずタクシーに乗って家に向かった。

街中は誰もいず、車も少ない。通りをスムーズに走るタクシーの中から窓の外を見ていた。

誰もいない街中だからこそ歩道をゆっくりとゆっくりと歩くあのベンチにいた人を見かけたのかもしれない。

あの人は今夜どこに泊まるのだろう?こんな寒い中。僕だけじゃない誰もがそんな風にみえるはずだ。

いや見ないものかもしれない、あたりまえの光景として。僕にもそうみえた。

タクシーがその人を通り過ぎる瞬間、僕はハッとしたのだ。その人は女性だった。

年は60後半、70代だろうか。あまりにも驚いた。思い込んでいるわけでもないし、

男女差別をするわけでもないが、その人が女性だったことに僕は驚いたのだ。

ホームレスの人を軽蔑しているわけでもない。僕はその人が60は軽く超えた女性だったことに

ハッとしたのだ。

あたりまえになっていることが多すぎるのかもしれない。

観て見ぬふりが多すぎるのかもしれない。

といってなにもできない自分だともわかっている。

同じ社会で生きながら共存なんてしていないことがよくわかり、自分の無力さ無関心さ

社会の不完全さに気づかされた一日だった。




必要ない

猟であれ有害動物の駆除であれ競技のためであれ銃は必要ない。
とあるニュース番組で(日本に正当なニュース番組などないが)
ある文化人さんが猟や有害動物の駆除のため銃は必要だと言っていた。
僕はなんであれいまの社会には銃はいらない猟や動物の駆除はやめればいいと思う。
いまの社会では文化と命をはかりにかけたときに文化がまさる傾向が
あるように思える。たとえば電車内で医療器具に影響があるため携帯電話の電源を
切れとアナウンスがながれる、マナーを求めているのだが命がかかる人もいるのに
マナーで解決することだろうか?一方で女性専用車両はもうけている。
たしかに痴漢は立派な犯罪であるから女性専用車両には賛成だがまずは
命のかかるケースから考え、医療器具専用車両、ペースメ-カーをつけている
人たちから優遇すべきでないか。たとえ莫大な予算とスペースを使っても。
マナーで解決するなんて!猟も動物の駆除も競技も文化かも知れないしかし
事件がおこる以上、命とはかりにかけ銃を一切もたせない規制をすべきでないか
その考えが他の国とは違う新たな文化となるのだから

化学はアメリカンフットボールに

OECDによる国際学力活用テストなるもので日本の15才以下の子供たちの結果は
毎年ランキングの順位をさげているもようとのニュース。がしかし
学力が下がっているようにみえるがあくまで“学力活用テスト”であって
日本の子供達が学んでいる“記憶力テスト”ではないのだ。
これでは日本の子供達が可愛そうだ。“学力活用テスト”は問題を知識をつかって解くというものらしい。
“記憶力テスト”とはちがうのだ。そう、我々伝統の義務教育は
底知れぬ興味のない事に我慢強く興味を持ち根気よく記憶できるかが試される
“記憶力テスト”をやってきたのだ、いまの子供達だって。学力を活用する?
そんなこと学ばない。少なくとも学んだ記憶がない
日本の教育では我慢強さや根気よさが求められるだからどうだろう、
僕の学生時代、クラスに化学が心底好きな子は一人しかいなかった、
アメリカンフットボールが好きな子も一人しかいなかった。ということはである
日本の教育で求められる学力とはどれだけ自分が興味のない事に興味をもち、
根気よく向き合い記憶する事が求められるわけだから、どうだろう、
化学を教えるのはやめてアメリカンフットボールに変更してみれば。
どちらでも子供たちに求めている事は同じ事なのだから。
知識を“活用”するには程遠いがこれが現状なのだから

舛添厚生労働大臣

彼に怒りをおぼえるのは私だけだろうか。

やらなければいけないことがたくさんある。

命が一分一秒終っていっている我々。それは気付かないものであるが、

気付かされていて向き合わなければいけない人たちがいる。

TVのバラエティトーク番組??

流行語大賞?

あなたはどうにかできる立場でありそれを求めたはずだ。

去るものは去ってほしい。

企業の倫理

もったいない。捨てるのはもったいない。

嘘をつくのはいけないが捨てるのはもったいないからアウトレットで売ってみたらどうなのか。

食品でアウトレットは売れないのか。僕はまぁ、消費期限さえ正確で安ければ買うが。


前から思っていたことですでにある制度なのかも知れないが提案したい。

僕は高校受験の面接の前日に車にひかれた。自転車通学中に一時停止を怠った車に

ひかれたのだ。幸い顔に擦り傷が出来た程度ですんだ。自転車通学が認められていなかったため

学校にバレるのを恐れた僕は”病院に”と駆け寄ってくれた運転手さんに”けっこうです”と血だらけの顔で

必死に笑顔を作りながらその場を去った(今思えば事故を警察に報告しないこと自体犯罪なのかもしれない)

もちろん顔の傷から担任の先生になにもかもバレてしまったのだが。 が、

事故後僕はだんだんと腹がたってきたのである。もちろん運転手にも不注意な自分にも、それに

”自動車メーカー”にも。”なぜ車”を売ったのか。なんで責任をとらないのか。はぁ?と思う人が多いと思うが

車メーカーにはなんの責任もないと言えるのか。車社会だからこんなこと当たり前?事故は当事者の問題?

いや車メーカーが憎い。こんな危ないものを売って。いままで何人の人たちが事故にあったと思う。車がなければ

そこで提案。車メーカーがその利益で自動車学校を全国で”無料”で開校するのだ。初心者はもちろん、

免許更新者、事故を起こした人の運転技術向上のための講習、すべて無料で。メーカー側にもメリットはある。

車離れの若者のなかには免許を取るのにお金がかかりすぎると感じている人は多いはず。それに

自動車学校で使う自動車を自社の最新モデルにすれば広告にもなる。これから免許をとって車をと考えてる人にダイレクトに自社製品をアピールできるのだ。あ、自賠責保険の負担もしてもらおう。

車メーカーはそれなりの税金を納め車社会に貢献していると思う人もいると思うが、

事故が起こる限りその責任は底なしなのだ。

(※加害者の擁護は一切するつもりはない)





日本サッカー協会代表監督

イビチャ・オシム監督の回復を願っています。


日本サッカー協会代表の監督人事が話題になっている。

オシム監督の入院にともない、迫る2010年ワールドカップ予選に向け

新たな監督が必要との事。11月28日現在では岡田武史氏が有力のようだ。

個人的にはオシム監督の側で現場をみていた人、ゼムノビッチ氏か大熊氏が適任と思っている。

なによりオシム監督が指揮をとっている姿がみたいのだが。


言葉の使い方に定義をしたい。

報道等で使われるサッカー゛日本代表”は”日本サッカー協会代表”なのだ。

僕はサッカー好きである。15年だがサッカーを観戦し自分自身でもアマチュアサッカーをプレイする。

日本サッカー協会代表の影響力は大きい。”日本”の代表というブランドが考えられないような多額の

スポンサー料、放映権料を生む。ではそのお金が何に使われているのか明確に答えられる人はいないはずだ。

”お金”だけでない。事が大きくなれば”権限”も生まれる。その影響は大きい。

にもかかわらずである、15年サッカーを見つづけプレイしてきた僕には会長を選ぶ投票権も

代表監督を選ぶ投票権も多額のお金の行方を簡単に知るすべもない。 だって”日本代表”なんでしょう?

この国は女王陛下のものではない。国のものでもなく僕は国民一人一人が共有しているものなのだと理解したい

”日本代表”というのなら”日本代表”は誰のものではなく日本に住み日本でサッカーを楽しむサッカー好きの

一人一人のもののはずだ。僕のプレイするグラウンドは土だ。残念だがいまだ”Mr.ピッチ”の恩恵は受けていない

(サッカー好きじゃない人は知らないと思うがMr.ピッチとは日本全国に芝生のグラウンドの普及を目指している

 日本サッカー協会のキャラクターである。形は人型だが目や口はなく全身芝生でおおわれているという世界

 でもまれにみる日本サッカー協会が誇る芝生キャラクターである)

日本サッカー協会に所属すれば?っと言いたい人もいるだろう。が、それでは相手の思う壺である。

僕は日本サッカー協会代表も好きだ、JリーグもJ2リーグも高校サッカーも観ている。恩恵を受けていると

いえばそうだ、日本代表が商標登録されてるのかもしれない、がこれではどこかの独裁国家とかわらない

ではないか。明確になっていない事が多すぎるのだ。

なのでたったひとりでも僕はサッカー”日本代表”でなく日本サッカー協会代表と呼びつづけたい。










血液型に占い

血液型で性格判断だなんて。

驚いた事に初見の人に血液型を聞かれた。初見にもかかわらず

話が盛り上がり多くのことを語りあった最中である。

僕が血液型を答えた後に話が滞ってしまったということはなかったのだが・・・。

話の中でオーラがなんだ六星がなんだと言っていたのでどうやら

僕の話した相手は占い”信者”のようだ。 僕自身はまったくもって興味が無い。

子供の頃学校に行く前、朝のニュース番組の星座占いのコーナーで

”蠍座は12位、運気をアップさせるアイテムはアンコウの肝”と教えていただき

眠気はふっとび現実回帰し、信者にならなくてすんだ。

当時、ピーターパンもサンタクロースも信じていなかったが、

11歳のさそり座の子供の運気アップアイテムがアンコウの肝だなんて!

血液型性格判断には諸説色々な学説があるようなのでここでは書かないが

A型B型O型AB型それぞれに性格あるのとの事。しかし、

僕自身はすべての血液型の性格を読んでみてすべてが自分にあてはまると思った。

なんとまぁ・・・。うまく出来たものでそれがあなただと言われれば当たっていると思わせてくれる。

心理療法ねなるほど。占いとて同じで子供の頃は運気アップアイテムがアンコウの肝であった以来

星座占いではその日1位になった星座がその日一日の自分の星座だと思い込みポジティブに

過ごしたものである。結局の所この手のものはポジティブになれさえすればいいのだ。

ここまで読んで占い”信者”の方は僕が、”現実にしがみついて愚痴ばかり無知でつまらないやつ、

一緒にいると周りの運気まで下げてしまいそうだ”と思ったに違いない。 たしかに。 

いやそれはちがう。ある諸説によれば僕は、 

広く気配りができ聞き上手で話上手、皆から愛されるタイプの”O型”なのだから。






三ツ星

僕は外食をして”まずい”と感じた事はあまりなく、感じるのは

好きか嫌いか程度であって点数をつけたり星の数を数えたりはしない。

食事をおいしく食べる方法はどこで食べるかより”誰と食べるか”である。

とある”本”が注目されている事に馬鹿馬鹿しさを感じるのは僕だけだろうか。

人は目に見えない実体のないものに必要以上の期待感、信頼感が生まれやすい

ものなのかも知れない。覆面調査たるものもそれと同じか。がしかし

タイヤと牛肉の違いはわかる程度のフランス人が寿司のおいしさがわかるとは思えない。

わざわざフランス人に上から目線で判断してもらい嬉しそうに本をのぞき

寿司を食べに行く日本人に笑ってしまう。

誰と食べに行くのか。僕は”本”を持参している人と外食を共にしたくはない。