The Last Adolescence -つい先週のこと-
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江戸っ子の心意気は何処に行ったのか?

 都知事選であります。

 江戸っ子と言えば、良きに悪しきにつけ、心意気で生きてきた粋な人々と。

 今のご時世、日本国中、世界中から、東京にやってくる人がいます。

 だから、江戸っ子の心意気にも、多少は影響があっても仕方がない。

 下町だ、山の手だ、と言っている時代でも、

 本郷もかねやすまでは江戸のうち、なんていう時代でもない。

 ただ、「心意気」ってのは、江戸っ子が東京人に変わったとしても、

 廃れないでほしいなあ、と思うのです。

 都民(町人)の町であってほしい。

 悪代官や、御用商人の悪巧みばかりが目につくような、

 そんな町にはならないでほしい。

 知事選には必ず投票に行きます。

 政治家は官僚ではない。

 「誰かに言われて」動くものではなく、

 「自らの心に恥じることなく」

 「自らの信念」で動くものであるべきです。


 分析:BEDE

そうかなあ?

ロシアの女子学生によるセクシーなダンス ネットで大炎上し、当局が調査する事態に


くまのプーさんが似ているか否かは別として。


みつばち って、こういうダンスをしますよね。おしりふりふり。


特徴をよくつかんでいることを考えれば、それはそれで正しいと思いますが。




また、




ダンス、そのものが 「人にアピール」 するものだと思っているので、


セクシーさ、というのはその際たるものですし、ダンスがセクシーでも問題はないのかな、と。




このダンスより、隣国の女性POPグループのそれとか、わが国のローティーンからミドルティーンの

少女ユニットが、「夜とぎ」めいた歌詞の歌を歌っていることのほうが、

私は問題だと思うのですが。


文責:ベーデ




わがまま娘は、いずこも同じ・・・

<中国は今!>習近平のアメリカ帰りの娘、父親が青春時代過ごした田舎の村を「汚い」と一言―視察は中


この記事を読んでいて、なにやら、どこかの国の「とある娘」を想起したのは私だけでしょうか。


習氏は中国のトップですが、どこかの国の「とある娘」は、まあいわゆる傍系となるはずの家の娘。


容姿が正当系とは異なるのは、父親の出自故なのでしょうが、それを有り難がっての様々な勘違い。


わざわざ新学科まで作らせた大学をプイと辞め、


次にねらった大学には「入ってやる」というより「入れろ」の公言先行。


一般庶民であれば 「わがままも大概にしろ」 と一括されることも平気でやって、臆面もない。


最近の女子には「恥」が無いと思っていましたが、「恥」を背負ってなお露出を喜ぶ姿には驚天動地。


一部の方々は、「持ち上げ」記事が「とりまき」によるものであることに気づき始めたようですが。


ああいうことを税金でやられると、本当に困りものです。


文責:エリー



elly3

懸念は免れない

強まる「政治圧力」 自民、テレ朝とNHK聴取 報道萎縮の懸念



一部の「ニュースショウ」的な番組をはじめとして、最近のマスコミの「取捨選択」姿勢にも問題がある、ということは前提として。


党本部の委員会


での聴取には、やはり「報道萎縮」の懸念は免れないでしょうね。


『党本部の委員会』


での聴取という状況は、多勢に無勢、かつ、一般の人々が知る「国会」とは異なった状況です。


これまでの様々な「委員会」での様子を見れば、

一部で言われている「つるし上げ」に近いことが起こらないとも言えません。


とはいえ、そうなるきっかけを作ったマスコミ2社の状況も「お粗末」であることは確か。


互いに足下をすくわれないための、注意力が欠けているような気がするのですが。


文責:閑香




ため息

拉致被害者「とっくに死亡」=石井一元議員が発言


まあ、記事の事実関係の主たるところは、皆さんコメントしているように


「想像力」とか「TPO」とか「弁える」ということが欠落しているということで。


私が「どうなんだろうね」と思うのは、


「神戸市内で開いた自らの旭日大綬章記念パーティーで」というくだり。



つまり、この人は


「旭日大綬章」


を受賞したわけで、こういう人がもらえるということは、いわば


「○○でも、それなりの役職と年数を経ていればもらえる」


程度の勲章であるということ、それが日本の叙勲制度であるということを露呈してしまったということです。


実際、各省庁には褒章関係の部署があって、毎年「年功序列」で斯界の推薦があるわけです。


確かに、斯界で地道に努力されてきた皆さんがほとんどですが、最も程度差が激しいのが政界でしょう。



しかも、そのパーティーの席上で、「ご自身」のですよ。


もう開いた口がふさがらない、とはこういうことでしょう。


「叙勲」はまあ、としても、「爵位」を廃止してよかったと思えるのは、こういう人に爵位が渡らなくてよかったと安堵する時です。


文責:閑香




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