人の発する言葉は時に、やいばの先端、
つまり「切っ先」になる。
詩人の杉本深由起さんの作品で、
「言刃(ことば)」という一編がある。
〈言葉は 言刃にもなると
わかりながら使うとき
もっとも するどい刃物になる〉

悪気のない一言でも心にグサッと刺さり得る…

イジメ問題でも、いじめていた側はふざけていただけ、そんなつもりはなかった…という。
周りも、冗談なのに
何故そんなに深刻に受け止めるの?
と言うだろう。
だけど…言われた側は冗談だと
受け止められない時もある、
ひどく傷つくこともある。
そして自殺してしまう子だっているのが現実だ。
それはその子が弱かっただけなのか?

きっと周りの悪意や、自分が弱い立場に追いやられたにもかかわらず、そのことで自分を責めてしまう人が多いんだろう


立場の弱い人に対する世間のまなざしが冷たく、

その冷たいまなざしを立場の弱い人たち自身が、

自分の価値観として内在化させてしまうからなんじゃないかな


そういうまなざしを強いられる人が減り、

「弱さを共有し、互いに支え合おう」と、

弱い立場にある人たちが

素直に言えるようになれたらいい。

互いが心を寄せ合うようになって

誰にとっても生き心地のよい社会になるといい。


確か、テテの言葉だと思う。

「誰かがあなたの心にひびを入れたりもします。

そんな時、慰めと力になれる人でありたいです


私もそういう人になりたい。

誰かの力になれる人でありたいと思いながら

日々生きている。


最近つらいことばかりで

毎日Magic shopばかり聴いている

前に進まなければならない





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