わたし番長☆おおはら姿〜世界のままにたなびく風になる〜それが自由だから〜 -17ページ目
わたしさ。
子供4人産んで
良かったなぁ〜って
最近、思うのがね。
子供を通して
わたしもいろんなことを
体験出来るんだよね。
身体の体験もあれば
心の体験もある。
わたしは
「わたし」と「子供4人」の
合計5人分の人生を楽しめるのよ。
これってさぁ。
めっちゃお得な人生じゃん‼︎ってね。
一緒に笑って
一緒に悩んで
一緒に喜んで
一緒に怒って
一緒に泣いて…。
わたし1人では経験出来ないことを
子供と一緒に経験出来る。
それも5人分‼︎
そういうふうに
捉えることが出来るようになったのも
母親になって22年が
経ったからかもしれないけどね。

まだそんなふうには捉えられないかもしれない。
ついつい「先」を見てしまうかもしれない。
「今」を見て、
「先」を見てしまうかもしれない。
でもね。
22年経って振り返ってみると
その「先」は「無い」のよ。
「今を生きる」ことの連続だから。
「今」笑い
「今」泣き
「今」悩み
「今」喜び
「今」怒り
「今」…
[わたしの「今」をどう生きるか]
シンプルに
それが重要だなぁって
ホントに思うよ。
おおはら姿

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先日、息子2人と話していた時のこと。
以前、我が家は、主人の転勤の都合で
三重県四日市に6年間住んでいたのだけど
長男がGooglemapで
当時住んでいたところを
「懐かしい〜」と言いながら見ていたのね。
近代文明に疎いわたしは
「なん?それ〜?」と
長男にやり方を教えてもらい
次男と2人でGooglemapを見始めたの。
次男は小学2年生までだったから
そんなに記憶はないのかなぁと思ったら
結構、覚えていて
「ウォー、懐かしい〜」と。
「お母さん、ここ覚えとる?
ほにゃららほにゃらら…」
わたし…
「いや…覚えてない…」
次男
「みんなで鬼ごっこしよったら
この自販機ににいちゃんがぶつかって
そしたらスコールが出てきて
みんなで飲んだんよね〜。
話したやん‼︎」
わたし 「……。」
長男
「ここほら!お母さん!
これがあーで、あれがあーで…。
覚えてない?」
わたし 「……。」
次男
「ホント、お母さんっち、覚えてないよね〜。
思い出が共有できんっちゃ」
わたし 「違うんよ〜。
お母さんは忘却の術使いなんよ〜
すごいやろ〜(^_^)v」
息子2人
「いや、覚える気がないだけやろ‼︎」
っと、突っ込まれました

主人からも
「だいたい、あんたは覚えんけね〜」と
いつも言われます。
でもね。
わたしが忘れるから
回りの家族が覚えてくれる。
家族はわたしを
「忘れんぼお母さん」と呼ぶけど
だからこそ
子供たちはしっかりする。
忘れるから
人を頼り
人に心から感謝出来る。
心からの
「ありがとう」を
何気ない日常に散りばめよう。

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先日、娘が不合格通知を貰った時
娘は中期、後期の受験に必要な
授業を受けるため
卒業してもなお、高校に行かなければならなかった。
その時、娘は
「行きたくない」と言った。
「合格の報告をしに来てる人に会いたくない」と。
確かに、それも分かる。
わたしだって同じように
「行きたくない」と思うかもしれない。
その時、わたしが娘に話したこと…
そして娘は「行く」を選択し
「行きたくない自分」を超えたんだ。
大人になった今でも
「行きたくない」と思うことは
状況は違えど
幾度となく、ある。
選択肢は二つ
「行く」か「行かない」か。
どちらに進むかで
世界は変わる。
そして、今日。
「お話会&ランチ会」の日。
お申し込みは無かった。
そう…
まさに
「お話会&ランチ会」をする場所に
「行く」か「行かない」か。
お申し込みが無かったから「行かない」
お申し込みがあったから「行く」
それでは軸が「外」にある。
軸は「わたし」
「行きたくない自分」を超えた娘に
アドバイスをしておきながら
「行かない」という選択肢を選ぶわたしを
もし、上から見ているとするならば
「子供に言って親がしないとはどういうことだ‼︎」
と、わたしは怒るだろう。
「人にやれと言う前に、まずは自分がやってみろ」
と子供たちに伝えているわたしが
「人にはやれと言いますが自分はやりません」
は、わたしの基盤から大きくズレる。
きっと、誰かにしたアドバイスを
「あなたはどうですか❓」と、
「あなたはどう選択しますか❓」と、
「あなたはあなたを超えますか❓」と、
問われるチャンスを与えてもらっているハズ。
そして、そのチャンスに
気付けば気付くほど
一段一段、階段を登っていることに、
ちょっとづつ
ちょっとづつ
「わたし」という軸が
強く太いものになると、
わたしは思う。
あなたは今日、いくつ
そのチャンスに気付きましたか❓
おおはら姿

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「手を合わせる」
仏壇が無くても
神棚が無くても
お墓参りに行けなくても
神社に行けなくても
わざわざ時間を作らなくても
毎日出来る瞬間がある。
それは、眠りにつく前。
わたしはお布団に入ったあと
必ず、手を合わせます。
手を合わせて
今日一日にあった事を思い出して
「あれは面白かったな」
「これは嬉しかったな」
「あれはこんな教えがあったんだなぁ」
そして、最後に
「今日もたくさんありがとうございます」
とにかく
今日一日の中で
嬉しかったこと
楽しかったこと
面白かったこと…
どんなにどんなに
「そんことは一日無かった‼︎」
って思っていても
振り返るんです。
思い出すんです。
見つけるんです。
思い出すまで…。
見つけるまで…。
あなたは毎日
手を合わせていますか❓
おおはら姿

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「己の欲せざる所人に施すことなかれ」
あまりにも有名な「論語」の一節。
「自分がされて嫌なことは
人にしないようにしましょう」
ってことだけど
「自分がされて嬉しいことは
人にもしましょうね」
とも捉えることが出来る。
わたしが聴いて
心地いいのは後者の方。
「嫌い」と「嬉しい」では
「嬉しい」の方が
耳から入ってくる「音」の
身体への伝わり方が違うから。
発する言葉の振動は
見えないけれど、波及する。
「わたし」にも
「他人」にも。
あなたはそこに意識してますか❓
北九州 八幡
わたし番長@おおはら姿

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