変態紳士による世界一バカげた潜在意識活用メソッド

変態紳士による世界一バカげた潜在意識活用メソッド

世に出回る難解な『潜在意識活用本』

正しい知識も理解できない、覚えられない、
活用できないの三拍子が揃っている

その三拍子が揃えば立派なオカルト。

正しく、有益な知識は面白く伝える義務がある!!

変態の私の出番のようですね…

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現代の日本社会において、
身を粉にして働くことは
善とされています。

しかし、それは戦後の復興期において
国民一丸、総力を挙げて一生懸命頑張る
ために必要だっただけの話だと思います。

終戦当時は、日本人のほぼ全員が
一面焼け野原と化した母国の姿に奮起し、
なんとか元気な日本を取り戻したいとの
願いから身を粉にしてでも頑張れた。

当時の日本の先人たちは皆、国や社会、
未来の子や孫の世代のために自発的に
自ら身を粉にして頑張っていたのだと
思います。

そのような未来の元気な日本の姿を
目標にしていたからあれだけの
パワーが生まれたのだと考えられます。

その素晴らしい先人たちの努力の結晶が
今の日本の基盤となり、世界でも有数の
富める国へと発展しているのです。

なので、先人たちを見習って自らを
犠牲にして一生懸命努力をし続けることは
日本の文化として素晴らしいことだとされています。


学校の教育でも努力を推奨されていますし、
怠けることは恥ずべきことだと教えられます。

しかし、

私は頑張ることは悪だと考えています。

どうやったら怠けられるかをいつも考えます。


「あんた、サイテーだな!」

あなたはそう思われるかもしれません


もちろん、頑張る人を鼻で笑うなんてことは
しませんし、怠惰な人間を目指しているわけでもありません。

問題は、むやみやたらに何にでも頑張ることを
美学としていることの無価値さです。

「頑張り続ければいつかは報われる…」

これは権力者の都合で、
大衆から多くを搾取するための
偽りの美談のようなものです。

結果につながらない妄信的な努力は
人を蝕むだけです。

莫大なエネルギーを消費して、
人生のあらゆるものを犠牲にしても
それが結果につながらないことで
あるのならば無意味で無価値です。

アメリカに行こうとしているのに、
一生懸命自転車を漕いでいるようなものです。

「何そいつ?バカでしょ 笑」

多くの人がそう感じると思います。

そりゃそうです。当然です。

だって、

「なんでそんなに必死で自転車を漕いでるんですか?」

との問いに対して、

「いや、僕、これでいつかは
アメリカに行けると思ってるんですよ!
昔からの夢なんですよ、アメリカ!」

って言っているのですから…


しかし、アメリカには海を渡らないといけない
ということを知らない場合は自転車を漕いでいれば
いつかはたどり着けると思っても不思議ではありません。

みんな日本からアメリカへは陸路では
絶対にたどり着けないことを知っています。

しかし、アメリカの映像だけテレビで見た
子供がアメリカは遠い、という知識しか
与えられていなかったらどうでしょう?

その子はアメリカに強い憧れを抱きました。

しかし、

海を渡らないとアメリカへは行くことは
不可能だということを知りません。

補助輪のついた自転車をせっせと漕いで
遥かなる大地、アメリカを目指しても
おかしくはないですよね?

もちろん、途中で、止められますが、
知識がなければそのうちたどり着ける
かもしれないと本気で信じてしまう
ことだってあるわけです。


これが無駄な努力です。

子供がやるとかわいいですが、
現在の日本には大人でもこの
無駄な努力を必死で続けている
人が大勢存在します。

無駄な努力でも努力は素晴らしい…

むやみやたらに自己犠牲や身を粉にして
働くことが美学として崇められてしまって
いる節があります。

その結果、やりたくもない辛い仕事を
努力して続ける人が続出中です。

周囲に相談しても、

「もう少し頑張りなさいよ。
続けてればいつかは報われるよ…」

と、無責任な言葉を投げかけられます。


チャリでアメリカ目指している人間が

「まだアメリカにはたどり着けない…
どうしよう、もはや体力の限界だし…」

と、相談してきたとして

あなたは

「もう少し頑張りなさいよ。
続けていればいつかは報われるよ…」

なんてことを言えますか?


そんなこと言う人がいたら
スーパーどS野郎ですよね?

めちゃくちゃ性格悪いですよね?

でも。同じことを多くの人が
(特に大人が子供に)

それと同じことを他人に対して
言ってしまっています。


「仕事が毎日ホント辛いんだよね…
もう辞めようと思うんだけど…」

「まだ入社して2年でしょう?
もう少し頑張りなさいよ。
続けてればいつかいいことあるよ。」


なぜ、このような無責任なことが
言えるのでしょう?


原因は2つ考えられます。

1つ目は、『無知』です。

そして、

2つ目は、『妄信』です。


1つ目の『無知』とは何か?

他人には当事者の状況や性格、
あらゆることを総合的に理解して
あげることができません。

自分の価値観や現実でしか意見や
アドバイスが言えないのです。

要するに、相手自身とその他の状況など
についての知識不足です。

アメリカが海を越えないと
行くことができないのを知らない
ということと同じです。

逆に、相手の受けている痛みや辛さなど
同じ苦しみ理解することができれば
そう安易に頑張れなどとは言えないと
思います。

アメリカにチャリで行こうとしている人が
いたら100%思いとどまらせようとします。

絶対にたどり着くことができないことを
知っているからです。

しかし、

相手と同じ苦しみを理解できないばかりに
要するに、無知が原因で安易に

「頑張ってアメリカに行ってこいよ」

と言ってしまっているのです。


要するに、
自分の知識の範疇が及ばないので
思考停止して相手に適切なアドバイスが
できなくなってしまっているのです。


私は、安易に他人に相談することは
危険だと考えています。

するにしても、相手を選ぶべきです。

相談する相手と言ったらほとんどが
自分と同じレベルである人間である
ということが多いです。

自分が解決できない問題なのに、
同程度のレベルの人間が解決できる
はずがありません。

解決するために相談しているのではなく、
安心したいから相談している場合が多いのです。

本当に解決したい場合は、
専門のカウンセラーやコーチに
相談する方が圧倒的に効果が高いし、
無駄に時間を使わずに済みます。

しかし、多くの人が相手に共感してもらい
安心したいという気持ちから自分と同レベルの
解決を望めない人間に相談してしまいがちです。

そうやって、状況はどんどん悪化の一途を
辿っていくはめになるのですが…

そして、無駄な努力を続けていくのです。


2つ目の『妄信』なのですが、

なぜ『努力』が素晴らしいのかという
理由を説明できないまま努力を促す人間が
多いということです。

そりゃそうです。

日本は、なんのために努力するのかを教えずに
妄信的に努力を崇める教育システムなのですから。

日本国民のほとんどが

『努力がなぜ素晴らしいか?』

という問いに対して、まともに
正統性のある答えを用意できません。

なんかわけのわからないことを言います。

私の考えでは『努力』には『二面性』があります。

『他人にとってプラスを生み出す努力』
『他人にとってマイナスになる努力』

この2つです。

努力をしたからといってなんでもかんでも
プラスになるわけではないことはこれまでで
説明してきました。

無駄な努力もあるのだと。


無駄な努力を続けるとどうなるか?

満たされない気持ちでいっぱいになります。

頑張って必死こいてやってるのに
目にわかる結果が出ずに辛いだけだからです。

そうなると、どんどん気分が落ち込みます。

愚痴をこぼすようになります。

そんな人間が近くにいたら迷惑です。

生産性を下げる要因となる人間の存在は
社会的に不利益となるのです。

社会的不利益を発生させる要因は悪です。

なので、無駄な努力をする人間は
放っておくといつかは悪になってしまう
可能性が高いのです。

情熱を持った目標があり、その目標を
達成するために必要な努力をする場合にも
うまくいかずにネガティブになってしまう
場合も当然ながらあります。

しかし、何かを生み出すために必要な
努力だとわかっているのであれば最終的には
なんとかしてしまうケースが多いです。

なぜなら、

『なぜ努力するのか』

が理解できているからです。


起業して、絶対この商品を多くの人に
届けて、役に立たい!

という直接社会的な利益となるものも
そうですが、

俺はこのマラソン大会で2時間30分を
切るタイムを叩き出してやる!

といった目標を持ち、その達成のために
日々努力を続けるという場合でも、

一見すると、自己満足の世界のようですが、
周囲に勇気や感動を届けることができます。

なによりも、

本人が好きで努力しているので
気分がネガティブになることなど
ありません。

そのような正しい目標を持った努力は
崇高ですし、美しいです。


しかし、イヤイヤ努力することは
結局は無駄な努力に終わります。

肉体、精神、時間といった
最も貴重な資源をすり減らして
社会の大多数の人がもつ間違った
妄信的な価値観に縛られた結果です。

そうまでして、
ブラック企業で時間に追われ
肉体と精神と時間を犠牲にしてまで
世間体を守る価値がありますか?

忙しいと心の余裕がなくなります。

自発的に忙しいのはいいことです。

それは積極的に時間を有効に使って
いるということですから。

しかし、やりたくないことに追われ
自分を見失うほど忙しいのは悪です。

自分の精神が追い詰められること、
フラストレーションが溜まること、

これらは必ずマイナスの結果を生み出します。

人に迷惑をかけてしまう恐れがあるからです。

人に八つ当たりしたり、
自殺をしても自分だけの問題では済みません。

しかし、怠けるだけならば
放っておいてもマイナスは生み出しません。

自分は忙しいと感じている人が見ると
ムカついたりするかもしれません。

しかし、ムカつくかどうか決めるのは
本人の問題であって怠けている人は
一切関係ありません。

自分が怠けたい欲求があるのに
怠けずにせっせと働いているから
自分ができないことをできている
人に嫉妬しているだけなのですから。

怠けている人は放っておいても
マイナスは生み出しません。

社会のシステムとして納税の義務など
生じるので、人生の最初から最後まで
ずっと怠けるなんてことはできないですし、

なにより、人間という生物自体が
何もせずに衣装を終えるなんてことは
ありえません。

しかし、怠けものは悪ではないのです。

戦後の復興時に多くの人が共有していた
怠けることが悪だとされる価値観が未だに
日本社会に深く根付いているというだけです。


合理的、そして論理的に考えた場合、
怠けることよりも無駄な努力をする
場合の方が悪なのです。

今の日本で情熱のある目標を持たずに
古い価値観に縛られてブラック企業で
身を粉にして働くような、

本来、やりたくもないことを頑張って続ける。
そんなものは美しくも尊くもありません。

『迷惑の原因』でしかないのです。


確実に人格が歪みますから。


短気になりますから。

他人への思いやりが欠如しますから。

自分自身のことで一杯一杯の人には
他人のためなどといった発想はありません。

むしろ、

「他人からどうやって搾り取ってやろうか…」

そうなってしまいます。


生まれた時はあんなに純粋無垢で
唯一無二の誰からも愛され、
誰にでも愛を振りまく存在だったのに…


現状の日本社会の価値観を覆さない限り、
資本主義の奴隷と化す人が増え続けます。

うつ病が増え続けているのがいい証拠です。


だから忙しいは悪なのです。


時代にそぐわない従来の価値観を
妄信してしまうほど余裕がない…


パラダイムシフトが必要な
時代にさしかかっています。


『ちょっと、怠けてみませんか?』


吉田