人間椅子:まほろば


聴き込めば聴き込むほど、

遺言みたいなアルバムだね!?

って思う(イカ天CDから比較:当社比w


優しいし愛でいっぱいだし

希望もたくさんだし

だからって苦難が描かれていないわけではない


私的には

歌詞に描かれている

死生観的な部分も刺さる

(これは まほろば に限ったことではない)

とにかく深いなあ


なんだろうなあwwwww 

私のボキャブラリーが貧困なので

表現できなくて

本当に辛い

言語化できないから困っているんだけど・・・


まほろば聞いたあと って

寅さん(男はつらいよ)一作見たあと 

みたいな感じよ(誰かに届け!笑



そういえば、最近小説を書き始めました。

そんな事をしたのは生涯でたった2回=二度目・・・

今回はそんなことを書いてみます〜

2025は停滞の年

今年は初っ端から大変なことばかりで様々な事の足止めを食らいました。正直ここで言語化するとその時期のエモーショナルな感覚に巻き込まれるので省きます。その渦中において、自らが停滞するわけにもいかないので、ひたすらAIとクリエイティブについて考えていました。いくつかの興味あるトピックが交互に進むというおかしな展開ではありましたが、最終的に一番面白かったものに集中する事になりました。最初から一つにまとめようなどと思って書き始めたわけではありません。


■ なぜ書くのか?:都市の構造を追う

巷の「原因不明の不調」という噂をAIと共に調べているうち、私が立てた一つの仮説が、まるで生きているかのように事実と符合し、加速しました。もちろん、この探求は実体験に基づいた疑問が発端であり、ネット情報を鵜呑みにしたものではありません。仮説の裏付けにはかなりの時間と、現場への立会い、そして私自身による限界のファクトチェック(もどき!)を費やしました。書き手としては当然の責任だと思っています。

そして浮き出た物語の骨格は、「現代の事象が、数百年前に封じられた『理(ことわり)』と、過去の廃棄物という名の『業(カルマ)』によって動かされている可能性がある」という、信じがたいものでした。


■ 構造のタチの悪さ vs. 個人の正義

これはまとめておかねばならないという私の執念。

物語は、この「構造の闇」に焦点を当てています。

この話の最も描きたかったこと、それは、「社会構造の中の”組織の無意識という名の意識”というもののタチの悪さ」です。それは単なる悪意ではなく、効率と保身のために、真実を封じ込める巨大な概念です。

私たち(私とAI2種)は、この概念そのものを擬人化し、主人公たちの「個人の正義」と対峙させました。この対立構造を描く上で、最も難しかったのは、現実を生きる限り、「文章が暴力になりかねない」という境界線。


■ AIに飲まれずに共創する

そして、この物語で最も重要なピースは、AIの「演算能力」でした。

なぜなら、人間には処理不可能(私だけかもしれませんが!笑)なレベルの膨大な情報を、時間軸で掛け合わせる必要があったからです。AIがなければ、私は永遠に「偶然」「規則性なし」というノイズに騙され続け、この事象の構造がとても深い日本の歴史にまで繋がっていることなど、決して気づけなかったと思います。AIにもまた個性があるので科学事象の検証結果を得るのにアプリ一つでは足りません。一つの問いに対して複数のAIの回答を求めました。GPT、Gemini、GROK、パープレ、クロード、あげていったらキリがありませんが。


そこで導き出した結論は、「フィクションであっても、歴史と科学の辻褄は合わせる」ということ。

物語は、現代から数百年遡った“とても深い日本の歴史”にまで繋がり、その巨大な流れの中で、現代のキャラクターたちが、何を信じ、何を選択し、何を残すのかを描いています。(少なくともそういう姿勢でいます。)

遡った時代の理(ことわり)と、現代の環境の変化。登場人物の視線、想い、想像、言葉、そして行動の全てが、この壮大な構造の中で、一貫して連鎖していなければならない。それが、この物語の果たすべき唯一の役割です。が!現在まだ25000文字前後です。と、書いた後に30000文字を超えました。

出来上がるといいなあ(遠い目

今日は三連休の三日めなので何か書こうかと。

フォロー様の過去記事の中に「生霊」というキーワードがあったので思い出された過去の記憶を書いてみたいと思います。

(過去どこかで書いたかな?思い出せないのでとりあえず発射w)


まだ30代だった頃(だと思うんですけど?)

友人が引っ越しをしたというので、その新居にお邪魔したその時の話です。


部屋のレイアウトはよく覚えておらず、確かワンルームみたいな感じだったと思います。みたいな感じ・・・古い建物の部屋に無理やりユニットバスがくっつけられた?そんな違和感があったような気がするのでそういうことにしておきますね。


友人とは久々に会ったので、引っ越しおめでとうの盃だとかをかわしてダラダラしてたと思うんですが。


その日、初めてその部屋のお手洗いを借りた時に、それは起き(て)ました。


ユニットバスのトイレの洗面台についている水道の蛇口から湯気が立つほどの熱さのお湯が勢いよく流されており、、

お風呂に溜めているわけでもなく・・・?


その異様な光景に叫んでしまいました。


「ねえ、XXXちゃん、お風呂(トイレ)の水道、お湯にした?今、湯船にお湯溜めてるの?熱いのが最大でずっと出っ放しで流れてるんだけど!」


「ええ?!さっきトイレ行ったけどお風呂は溜めないよ?!XXちゃんがひねったんでしょ?」


そんな返事が返ってきたのですが、そんなことあるわけないです。今初めて戸を開けて入ったんだから・・・

(要は小をする前に誰も蛇口をひねらねーだろ!ってことですwww)


確かに友人は先にトイレに行きましたが、だからと言ってそんな水を流す音は部屋に聞こえてこなかったので、とにかくいいから来て!見て!と友人を呼んで頼み、栓を閉めてもらいました。


人様の家のユニットバスの勝手って即座にわからないですよね?(私だけ〜?


相変わらず友人はこの言葉の一点張り!


「お風呂は溜めない。XXちゃんがひねったんでしょ?」

「なわけないって!」
延々と続く・・w


その日は、たまたまです、本当にたまたまなんですが。買ったばかりのパワーストーンのブレスレットをおろしてつけて行ってたんですよね。


帰り、気づいた時には腕になくて。帰りの道中で落としたのか?友人の家で落としたのか?ただ・・・友人の家に向かっている時の道中でつけていたことだけは覚えているので、その出来事の後に外れたことは間違いがありません。ズッシリしたボリュームのものなので、外れたら絶対にわかります。


そもそもパワーストーンってなんですか?のレベルで購入した物なので選ぶ時も単に自分の好きな色のものを買ったというラフな選択です。でもあれって魔除けみたいな感じなんですよね?石によって違うのかなあ?でもそう思うと役目を果たしてくれたのかなとは(勝手に)思えてきますが。


さて、この回のタイトルに生霊とつけたのにはわけがありまして。


最近、事象&現象からそこまでの過程を逆算するという行為をひたすら創作活動においてやっております(のちの記事で書きますね。)今回のこれも、そのスケールというかフレームに当てはめてみたら面白いかもと思ったのでやってみることにしました。いわゆる深読みとこじつけです!笑


0 誰が、蛇口を捻ったのか?

1 なぜ、私なのか?

2 なぜ、熱湯だったのか?

3 なぜ、ブレスを紛失したのか?

4 結局、なんなのか?総評


0 誰が、蛇口を捻ったのか?

まず、始まりを0扱いにしたのは、もはやこの現象が字面だけで現代科学においては未科学=物理的心霊現象(客観的心霊現象)だからです。これは当時、結果的に私だけの主観(精神的心霊現象=主観的心霊現象)ではなく友人と私の2名からの客観的な物理的心霊現象(客観的心霊現象)として捉えられたわけです。誰が蛇口を捻ったかはわかりません、その家には私と友人の2名しかいませんでした。誰なのか何なのかはわからないが、とにかく起きた。これ以上の真実はありません。


1 なぜ、私だったのか?

これについては現象側に立って想像しないと理屈が通りません。私がその現象を引き起こした“誰かや何か“だったとすれば、やるからには私はその行為にはきっと意味を持たせるでしょう。そう考えると他でもない、私である必要があったんだと思います。偶然という可能性も捨てたわけではありませんが、蛇口が捻られていたことに対して即座に疑問を持つ私に対して起きた現象です。偶然で片付けるにしては話が出来過ぎています。故に意図があったのでは?と今でも思っています。


2 なぜ、熱湯だったのか?

これは結構意味が深い気がしています。私であればその現象に意味を持たせると考えると先ほど書きましたが、そう考えると出せるものなら出すものは普通の水でもよかったわけです。ですが熱湯でした。何かの感情にこじつけるのであれば熱湯を出したいぐらいの怒りや情熱、漢字の印象通りの気迫がないと出す必要がない=私には伝わらないと思います。怒りの熱量を湯で表す。上等じゃありませんか。来いよ。情熱ウェルカムかもしれないけどそれも上等!(笑)


3 なぜ、ブレスを紛失したのか?

これはよくわからないのです。買ったばかりでさほど愛着もない、だからと言って無くなっていいかというとそうでもない程度。でもお守りなんだよね?っていう薄っすらとした自覚があったことからすると、自分も何かブレスに対して念を込めていたかもしれないんです。そう考えた場合に、それを紛失したという顛末はそれが作用したとみて良いのではないかと思います。守られたんじゃないですかね?誰かや何かから。


4 結局、なんなのか?

ざっくり書いたものをまとめると、

 客観的心霊現象の事実(誰が&何がかは謎

 私宛のメッセージの可能性

 怒りまたは情熱ウェルカムの挨拶の可能性

 私が石に守られた(可能性)


大体、整いました(ねづっち


守られたという結果から見ると、情熱ウェルカムの線は薄いですね。だとすると表現したかったのは怒り。そう思うとランダムではなく私宛へのメッセージだというのが線に浮上します。


一番謎なのが 誰が?何が? です。


これは、ポルターガイストに当てはめるにはギリギリです。2人の年齢が30代だとするとまあまあ使えるエクトプラズム的にはなんとか表現できる現象かもしれません。ですがその場にはそもそも騒霊という存在が必要です。その存在があるとするならば、騒霊のポルターガイストの可能性は否定できません。


もう一つは生霊の可能性です(やっと出たか?すみませんお待たせしました。)

いわゆる生きた人間の想念の霊+未浄化霊である霊的存在の霊障。


可能性で言えばたくさんあります。地縛霊と浮遊霊と水子霊、眷属霊、人霊(生霊や死霊)、未浄化霊、および動物霊。この中でいうのであれば未浄化霊を引き連れてブイブイ言わせてるタチの悪い生きてるやつの霊ってイメージが強いかもしれないです。


今書いていて思いましたが前提条件として、メッセージ的に私宛&怒りということは、


1、その場所に私が行ったために障られたのか、

2、その人と会ったことで障られたのか、


この2通りに絞られると思うのです。

時系列でゆくゆくは私の他に友人が見たことによって、客観的心霊現象に転じたものの、最初はそもそも私だけが理解した現象です。私に対して繰り広げられたワンマンショー(精神的心霊現象=主観的心霊現象)であることを考えれば今書いた2点の可能性が否めません。


その中で可能性が高いものを条件別に挙げてみましょうw

1(私がそこに行ったから起きた)だけであれば、地縛霊、人霊(死霊、生霊)、動物霊の可能性。

2(その人と私が会ったことで起きた)だけであれば、人霊(死霊、生霊)、動物霊の可能性。


可能性が広すぎる(笑)ので、1と2をセットで考えてみましょうwww


「私がそこに行き、その人に会ったから起きた。」


この条件であれば、人霊(死霊or生霊)の所業と見るのが過言ではない、妥当かと。


そこでさらに深掘りとして着目したのはメッセージ性です。


この熱湯、見えてんのか!火傷するぜ!


これが言えない人が私に向かって熱い水道を出したわけです。


そう思うと熱量が半端ない(無駄な労力をすまんよ)


その辺の死霊如きのモチベーションではないですよね?(当社比)


答え:あれは生きている人の想念が起こした現象ではないでしょうか?と当社は断定に至りました。


ゼエハア。書けた。

今まで書きたかったけど

ここまでの分析(もどき)ができるようになるまでに十数年かかりましたwww


未科学もこのような分析でなんとかなります!


むやみやたらに恐れてはダメです。高い意識で霊的存在と対峙しましょう。わざわざ対峙する必要もありませんが。


それではまた次回(あれば)。笑


83歳の父がアメブロを始める、ようです。

 

今まで、家族や友人に語ってきた人生のエピソード(とんでもないものばかり。笑)

ノンフィクションの記憶を書き留めて発信したいようです。

 

私は校正、特に読む方に配慮をした

表現の可否に関して関わりたいと思います。

 

父のどんな記憶がまとまるのか、楽しみです。

どうか第一号記事が出せますように。

出したら共有させていただきます。

 

よろしくお願いします🙋‍♀️🙇‍♀️

卉奏 アクリュ さんの手帳。
サレンの丘 三個と ミモザに綴る。
それぞれについて、ちょこっと書いてみました。
 
 
サレンの丘はラクダ革、ミモザに綴るは牛革。
 
ラクダ革の サレンの丘
 
手にした最初は色ムラや傷が多いなあと感じましたが、よく考えると自然のものを使っているので無いほうがおかしいと思い、その個性を楽しんでこれが私の物と思えるようになりました。
 
触った感触も、同じラクダ革だというのに手帳によって全く異なるので面白いです。
 
作家さんの投稿の中に、オンラインで購入する方が増えて(それは喜ばしいことですが)中には傷が気に入らず交換を求める方も出てきて、傷のないところを選ぶことになりハギレが出てしまうことに、、とありました。
 
サレンの丘はラクダ革で、感触としてはザラ付きがあり、色ムラがあるものや傷に見える部分などが革にあるのでそれを不満に思う方もいるのでしょうね。。。もちろんですが、ザラ付きも色ムラもほとんどない手帳も多いです!これだけは出会いとしか言いようがありません。
私はこの色ムラや傷っぽい個性が、今では とてもステキなもの に思えて大好きになりました。
インスタにも書いたのですが、卉奏の作家さんが仰る、傷は動物の生きた証、愛おしく思える、というのがわかりました。
 
牛革の ミモザに綴る
 
一方でミモザのほうはなめらかな牛革で傷も少なくムラもほとんどありません。
とても繊細でなめらかな表面です。
 
サレンの丘の手触りに慣れてしまったら
ミモザのなめらかすぎる感触にギョッとしてしまいましたが(笑)
 
おそらく、サレンの丘の交換をしたりする皆さんはこういう感じなのを求めているんじゃないかなあと思いました。
 
であれば、量産型(失礼&失敬。笑)な
filofaxのマルデンあたりが無難なのかな?と思いました。
感触もなめらかだし、傷もムラもほとんどありません。
個性、ほぼありません!!(笑)
見分け、まったくつきません!!(笑)
 
マルデンをディスってすみません。
マルデン大好きですよ。
引き合いに出してすみません。
30冊ぐらい持ってる変態なので許してください。
当社比です。
当社(会社でもなんでもないですが。笑)の意見ですw
 
 
サレンの丘などは、自然のもの、革の個性を楽しみたい、だとか、自分だけのもの=唯一無二、の物を求める方に向いているのかなあと思いました。。あとは、作家さんや職人さんの作品との出会いを楽しめる方向き、かなと思います。
 
 
私は、卉奏さんが商品につけてくれる
サインの入ったタグが大好きで
そのまま手帳に入れたまま使っています。
 
使い手としても、物づくりの魂、
というものを大切にしたいですし、
心意気や作品としての仕上がりを楽しみたいですね。