年末、ブラジル人のいとこ一家をたずねるため、モントリオールからボストンへ行った。
いとこのフェルナンドは、ハーバード大での特別研究員の仕事をへて、去年NYからボストンへ引っ越したのだ。
初のボストン。まるで公園の中に街ができたようなとても美しい街。
夏には外を散歩するのがとても気持ちいいだろう。
フェルナンド一家に会うのは去年4月のハワイの結婚式以来。久しぶりに会うと、赤ちゃんのアントニオ・カルロスもだいぶ大きくなって、元気にかけまわってる。
さて。彼と話していて、なんともはっとさせられたことがあった。
「自分はアメリカに長く住んでいて、ブラジルに帰っても自分をブラジル人だとは思わない。かといって、アメリカ人でもない。でも、それでいいんだ。自分は自分だから。」
と彼は誇らしげに語っていた。
私は、彼の言葉に目を覚まさせられた。
私は、自分の母親のことを思った。
彼女は、23歳の時にブラジルから日本に来て、以来日本に溶け込もうと日本人のように振舞いながらも、完全にはそうはなれない彼女自身のアイデンティティのおき方に悩みながら、57歳で日本で亡くなった。
結局は、周囲の日本人の友人からは「彼女は日本人より日本人らしい」なんていわれるようになっていたが、生涯の半分以上を日本で過ごしながら、日本にいるときは日系ブラジル人、ブラジルにいるときは、祖国を離れる時間が長すぎてもはやブラジル人でなくなった自分を感じ、無意識ながらアイデンティティの置き方を悩んでいたように娘の私の目には映っていた。
母にとって、日本人でもブラジル人でもないことは、言語の壁もあっただろうけど、けして易しいことではなかったようだった。
しかし、いとこのフェルナンドときたら、その「どちらでもない自分」をユニークな存在として、とてもポジティブに受け止めていた。要は、本人のものの見方や捉え方の問題なんだとはっと気づかされた。
時代も違うし、外国人として日本に住む環境とアメリカに住む環境ではまた全く違うので、母とフェルナンドのアイデンティティのとらえ方を一概に比べることはできない。
でも、それが自分が選んだ生き方であれば、なるべくそれをポジティブにとらえたい。
ユニークな存在である自分の視点を大切にして生きていけたら、とても素敵ではないか。
私自身は、その日本人のような外見のため特に母が外国人であることを意識せずに育ったが、結局外国人と結婚したことを考えると、どこかで自分を日本の枠の中にとどめたく無かったのかも知れない。
夫には、カナダを離れ6年、「ユニークなカナダ人」の視点を大切にして欲しい。
彼のおかげで、私も少しユニークな日本人になりつつあると思う。
これから、世界がますますグローバル化していく中で、人々の移住はますます増え、自分の出身の国、住んでる国、その中で自分のアイデンティティはどこにあるのか?と自分自身に問う人はますます増えていくだろう。
国籍にとらわれず、世界を広く見つめ、可能性を求めながら自分らしく生きてゆくことが大切だと思う。