この話は亡くなった母に関する話題であるので、コメントは遠慮させて頂きますね。
今日は会社の隣の課の上司と飲みに行った。俺の母が亡くなったことに対する
慰労とのことでご馳走になってきた。
その人の奥さんは、3.11の震災で両親、姉、甥を亡くした。姉、甥に関しては未だに
遺体は確認できていないとのことである。両親と対面したのは既に骨壷の状態で
あったらしい。
俺は母親の亡くなる瞬間まで看取り、火葬まで全てをこの目で焼き付けた。
どんな亡くなり方であれ、人が亡くなることは悲しいことであるが、震災のように
遺体ではなく、遺骨と対面することも酷だと思う。遺体を見るることなく、死を受入れる
ことは、俺以上に時間がかかると思うからである。
人の死、特に家族となれば、果てしなく悲しい。しかし、世の中には同じような経験を
している人は腐るほどいるし、こういう思いをしている人は自分だけではない。
そう思うことで、早く日常に戻らなくてはならない。(俺はもう平気である。)
でも、俺の悲しさは、母がいなくなって寂しいのではなく、16年に及ぶガンとの闘いで、
ついに力尽きてしまった母の無念さを思うと悲しいのである。しかも、まだ60代という
若さで、病を患っていたとはいえ、平均寿命からは大きく下回っている。
緊急入院した日に普通に意識があるにもかかわらず、余命当日~2,3日という、まさかの
急展開に本人もまさか死ぬとは思っていなかったと思う。
現に、亡くなる前日は、次の日の持ち物を父親に指示していたし、亡くなった当日も
午前中は酸素マスク外して自力でトイレに行く力もあった。それだけ、生きることへの
力を持ち続けたのであった。
確かに母の強靭な精神力は普通とは大きくかけ離れたいた。最初の大手術の翌日も
いきなり起き上がり、点滴棒を引きずりながら洗濯していた。何度もやってきた抗がん剤は
気分が悪くなり、普通の人は食欲がなくなるのだが、俺の母親はそれもで無理して食べ
たという。要は病人でなはく、健常者のつもりで日々ガンと闘ってきた。だから、具合が
悪くても家事をして、極力普通の生活を維持してきたのである。
亡くなる当日、看護婦さんからこう言われた。「生きようとする力は免疫力になります。
だから、最後まで励ましてあげて下さい。」と。
確かに、母の運もあったかもしれないが、8箇所のガンを患い、9箇所目の肺がんで
力尽きるまで、16年もガンと闘えたのは本人の気力が一番だと思っている。
その強さは家族、親戚、みんな言っている。
気が緩んで風邪をひくことがあると思う。まさに、それは気力が関係していると思う。
科学的根拠がなくても、俺はそれを信じている。だから少しぐらい体調が悪くても、気力で
乗り切る気持ちは必要である。
ダメ妻は、すぐに妥協してしまうので、歯を食いしばって踏ん張るということは、まず
絶対にしない。