DERETE


序章  ミノタウロスの斧

FMラジオから流れてくる不鮮明なロックを聴きながら待つ。歌詞はありきたりな社会批判。いささか古臭い。

手には冷め切った缶コーヒー。あと五分ぐらいかな。まあ、じっくり待ちますよ。

コーヒーを飲み干し、一息つく。吐息が白い十一月。今年は例年よりだいぶ寒いみたいだ。指先の感覚が無くなってきた。

すぐ脇にあるゴミ箱に缶を投げ込む。両手をコートのポケットに突っ込んで温める。顔に風が吹き付ける。

寒さで顔がピリピリと痛む。

路地から表通りを見ると、寒空の中早足で抜ける学生、買い物帰りでレジ袋を両手に提げている主婦、寄り添いながら歩いていくカップル。

同じ場所にいるのに住む世界が違う。場所、気温、時間、同じでもずれている。

腕時計を見る。この間奮発して買った電波時計。シルバーが街灯で煌めく。

寒い、直ぐにまたポケットに突っ込む。

遅いな、ちょっと遅れているのかな。まあ、いつも時間通りに行動するタイプじゃないけどね。

ふと、向うの信号機の下、信号待ちしている彼女を見つける。淡いピンクのダウンに黒のブーツ。

やたらと携帯電話を見ている。どうやらメールに夢中のようだ。サラリーマンのグレースーツの中で一人目立っていた。

まだ、彼女はこちらには気付いていない。

二十、十五メートル。右手をポケットから出した。

コツコツと靴音がやけに大きく聴こえる。お互いの距離が近づいていく。

不鮮明なのに印象深い曲。十六ビートのメロディ。ハスキーな声。身体の芯に響くベース。このグループなんて名前だっけ。

たしか何かのテレビ番組で流れていたような気がする。

十、五メートル。彼女の方に歩き始める。

あれ、口紅変えたのかな。まだあのピアス使ってくれているんだ。ダウンは今年のトレンドかな。

ラジオを消してポケットに突っ込む。

四、三、二、一、零メートル。

一瞬、お互いの視線がぶつかる。彼女の眼が見開かれる。つんざく悲鳴が掠れた空気の音に変わる。

あっ、あの曲、ドラマの主題歌だった。

あと一人。