昨日は、昔、お付き合いしていたひとの命日でした。まじめで優秀、一流大学を出て、一流企業に就職したけど、うまくいかずドロップ。地元に帰ってきたけど、家族ともトラブル、友達ともトラブル続き。ウソをついて信頼なくしては逃げる、ウソがばれそうになったから逃げる、ということを繰り返し、おらが村の中を転々として、結局、おらが村の外れにある、さびれた街で、ひとりで死んでしまいました。
最後の電話が、まだ耳から離れず、今朝、そのときの夢を見て、目が覚めてしまいました。
結局は、身から出た錆びだけど、本人にとっては、生きるのに一生懸命だったんだろうと思います。ただ、傍から見ると、わがままで、うそつきとしか映らないので、理解されにくく、無理をして明るく振舞って友達を作っても、うまくいかない。他人だけでなく、自分をもだましているのだから、だれも本質は見えず・・・・結局は、性格や考え方が、まだ未熟だったようです。根本的治療は、考え方の修正しかなく、病院にも通っていましたが、薬飲んでもなかなか効きませんでした。
全力で支えようとしましたが、自分のほうが巻き込まれ、ぼろぼろになったのを覚えています。
ある有名グループのボーカルの追っかけをやっていて、全国のツアーについていっては、個人のメールでやりとりしたり、プライベートで会ったりしていることが自慢でした。そのときだけは、いきいきしていました。資格取得のために学校へ通っていましたが、学費とおっかけの旅費を稼ぐため、内緒で水商売に手を染めていたことは、亡くなってから知りました。ほかの男性とも関係があったことも。ずっと、私も親もだまされていました。ただ、本人が、一番だまされやすかったようで、その世界でもいいように利用されてたようです。
駄目な自分を受け入れられず、見栄っ張りなところがありました。本当は、駄目な人間なんかじゃなく、ごく普通のひとでした。むしろ、傍から見ると、学校に行きなおして、親のいうことは必ず聞き、節目節目では高額なプレゼントをする、親孝行でいいひとのように見えました。親にとっては自慢の娘に見えますが、本人は、両親と一緒にいることを拒否しつづけました。私の目には異様な光景にしか映りませんでした。本当は、親の期待する自分の理想像に翻弄されていたのだと思います。
それから、何人か、友人の死を経験しましたが、共通して思うことは、生い立ちを聞いていると、なぜ、そうなったのか、なんとなくわかる気がするのですが、そういうひとには、まわりの人間はなにも力になれない、とめれない、周りにとっても本人にとっても、決してやってはいけないことだといい続けることしかできない、ということでした。
そういうヒトは、ある特殊な苦労を経験しているから、とても傷つきやすく、本当はヒトの痛みのわかる、やさしい人間性を備えているはずなんだけど、社会に適応できるようになるまで、時間がかかってしまう。過剰に他人に合わせようとして、逆に適応できなくなって、周りも自分も不快になってしまう。なんか、共通しているところもあるなぁ、と思います。時間がかかっても、近くに理解してくれるひとはいて、見栄を張らず、素直に偽りのない自分で、周りの人たちと接しつづければいいんだけど、耐え切れなくなってしまうのかな、と、思います。
彼女がこの世を去って、いろんな本を読んで、自分とも向き合い、ほかの友達の死も経験し、いまは、そう思います。
どんな嵐も必ず過ぎ去ります。どんな人生も、無駄なことはひとつもありません。嵐を経験した後には、ほかのひとが持ち得ない、独特で豊かな人間性が備わるはずだと思います。適応の早い遅いは、個人差がありますが、必ず、楽になるときがやってきます。だから、やっぱりそういうことは、絶対にしてはいけないことだと、思います。