ホワイトアウトするほどの

雪吹き荒れる実家での早朝。

珍しく早く起床した私は

コーヒーでも飲もうかしらとリビングへ。

廊下へ出て階段を降りようとすると

視界の隅に青い物体。

一瞬見間違いかと思ったが

カーテンの隙間からベランダを覗いてみる。

まさか…

「青」の正体は父であった。

 

私が中学時代に部活動で使った

メタリックブルーのベンチコートを着て

父はタバコを吸っていたのだ。

 

見ているだけで凍える寒空の下

いっさい震えることもなく

どしっと構えて美味しそうに

寝覚めの一本をフカす父。

出不精で無趣味の父が初めて見せた

ストイックな姿であった。

 

喫煙者はちょっとやそっとの雨風には屈しない。

いかなる環境下でも吸ってやるという気概が

あってこそ、真の愛煙家と呼べるのかもしれない。

●今日の戯言

長靴履いても、つま先の一部絶対濡れている。

 

私は、先天性の多汗症持ちで

特に手のひらと足の裏は常時しっとりとしている。

プリントを後ろに配る時

フォークダンスで女子とペアを組む時

テストを受ける時

学生時代は特に、他人や物に手が触れる状況がイヤで仕方なかった。

タオルハンカチはよく汗を吸う必需品。

日に手を洗う頻度はインド人と同じくらいあると思う。

コンビニに行っただけでも足を洗う。

こう書くとよっぽどしんどい日常生活を送っていると

思われるかもしれない。

たしかに、外出先などでどうしても

汗を処理できない時間が長くなるとストレスは大きくなる。

でも、いい方向に働く場面もある。

スーパーでお肉のパックなどを入れる用のビニール袋があるが

あの口を、私は百発百中で開けられる。

祖父と空き地でサッカーをしたときのこと。

5歳くらいの私はボールを蹴っても

コロコロ転がるくらいの力しか無いので

パスをし合って遊んでいた。

祖父が外遊びに付き合ってくれる機会は貴重だから

パスだけでも私は心底楽しかったし

おどけた動きで沢山笑わせてくれた。

 

楽しい時間はあっという間に過ぎて

「そろそろ帰るよー」

母が私を呼びに来た。

帰りたくない私は、母の呼びかけに一度では応じずボールを蹴った。

すると最後の一回、と思って振り抜いた足がジャストミートしボールが高く浮いた。

先にも書いた通り、ボールを蹴り上げる力も技術も持ち合わせていなかったから、全くの偶然である。

一方でじいちゃんはというと呼びかけに来た母の方に視線をやっていた。

 

次の瞬間にはボールはじいちゃんの側頭部に直撃していた。

幼子のキック力などたかが知れているが、

不意をつく頭部への被弾は、じいちゃんにダメージを与えた。

倒れこそしないものの頭を左右を揺らしながら、なんとか意識と姿勢を保っているように見えた。

ふざけているのか、本気でフラついているのか微妙なところだけれど

その様子がボブルヘッド人形※みたいで、思わず笑ってしまった。

母も、心配よりも滑稽さが勝ったようで

大丈夫ですか!という台詞が半笑いになっていた。

 

 

今思うと、おどけていた時とちがって、その時のじいちゃんの表情に余裕は感じられなかった。

笑っている場合ではなかったのだ。

幼心にマズい、そう感じた私は「おじいちゃん、ごめん!」

人生で初めてちゃんと謝罪をした。

同年代の友達と喧嘩をしたってここまで真剣に謝ったことはなかったと思う。

 

私は怒られるかと思ったが、じいちゃんの返事は予想に反したものだった。

「すごいパワーだ!」

じいちゃんは微塵も怒りの感情を見せず

むしろ私のプレーを褒めてくれた。

おしゃべりはできる、という安堵と

過ぎる優しさが小さな心に沁みた。

 

「ホントにだいじょうぶ?」とさらに尋ねる。

すると、じいちゃんは教えてくれた。

「サッカーは紳士のスポーツなんだ。またやろう」

幼稚園児の私には「紳士」の意味はぼんやりとしか分からなかったけど

この一件以降、サッカーに興味を持つようになった。

父は野球、兄はバスケ、母はテニスという我が家の部活動事情があるなかで

私がサッカー部に入るきっかけとなる出来事だった。

じいちゃんが旅立った9月が来ると思い出す、幼い頃の記憶。

 

※首が可動式の人形。メジャーリーガーを模した物が有名。