がんばれ。

がんばれ。

がんばれ。



チラシの裏の隅に…



つたない字で力弱く、書かれていました。



おばあちゃんがテレビを見ながら書いていたみたいです。



連日、報道される被災地の惨状を見ながら…。





おばあちゃんも私も、阪神淡路大震災で被災しました。



おばあちゃんは震災直後の記憶がありません。



強烈な恐怖だけが残っているようです。



震災後…しばらくの間、認知症のようになっていました。



あの時の恐怖を思い出しているのかもしれません。



最近、様子がおかしくて…



ボーッとしていたり…



声をかけても無表情のままこっちを見るだけで、何も返答がなかったり…



手を滑らせて何度も物を落とすし…あちこちに頭や顔をぶつけるし…



今朝は…ガスレンジのそばに布巾を置いたまま調理して、ボヤを出すところでした…



そして速報が流れるたびに…



『また…』と小さく呟いています。



今は、いろんな事で…



不謹慎とか…



自粛すべきとか…



それぞれが、それぞれに意見し…



誰かが誰かを批判し…



多くの人が、どうしていいのか分からず、戸惑っています。



正しいとか…正しくないとか…善いとか悪いとか…



私自身も、そんなことばかりを気にしていました。



無力な自分には、粛々と質素に生活することしかできない…



そう思うと…



食事をすることにも…



笑うことにも…



無意味な罪悪感を感じました。



だけど…



それは、純粋に被災地を思ってのものなのか…



もしかして…



被災地を思う気持ちを形にするための…ただの体裁…



その罪悪感じゃないのか…



がんばれ。

がんばれ。

がんばれ。



体裁なんて全くない、チラシの裏の小さな文字を見て…



がんばれ。

私もがんばろう。



そう思いました。



被災地の方々のご無事と、一日も早い復興を祈りながら。


私は…



日常のささやかな幸せに支えられて生きていた。



私のささやかな幸せは…



みんなのささやかな幸せの中で守られていた。



いま…



何を思い…



どう過ごせばいいのか…



わからない。

日本中が混乱していますね。



情報が氾濫しすぎです。



本当に必要な情報、大事な情報が判断しにくくなります。



私のところにも、いろんな内容のチェーンメールが送られてきました。



公から得た正しい情報であっても…個人的にそれを再発信するのは、控えたほうがいいんじゃないかと…



どんなにもっともらしく書いても…



転送であっても…



再発信の時点で



『○○です』の情報が…



『○○らしいです』に変わってしまいます。



その連鎖が、情報を混乱させていきます。



ほとんどの人は善意からの行動だと思いますが…



こういう非常時の情報発信は、少数精鋭で行われたほうがいい気がします。



迅速に対応すべき機関と、冷静に動くべき市民。



冷たいように思われるかもしれませんが…



私からは情報を流さない。



これが私の、私なりの善意の行動です。



…と言っても、この氾濫の中では、私の行動もまったくの無意味ですね…



その善意が本当に被災地のためになるのか…



その行動が本当に被災者のために必要なのか…



今一度よく考えたいです。