3月11日私の大切な友人が亡くなりました。

ずっと前から彼女は大病を患っていてそれでも必死に、前向きに生きていました。

手術も何度もしていて
だけど、どんな状況でも弱音一つ吐かない、強い方でした。

一ヵ月前くらいから
なかなか連絡が取れなくて
だけどまたすぐに連絡が来るだろうと思ってた。

何度かメールをしたけれど、彼女からの返信は無くて心配したけれど大丈夫だと思っていた。

昨日、再び私はメールをした。
すると彼女からの返事がきた。
だけどメールの相手は彼女ではなく、彼女のお父さんだった。


淡々と書かれた内容に
私は頭の中が真っ白になった。
嘘だと思った。

信じられなかった。
だけど気付けば涙があふれて止まらなかった。

わけが分からなかった。

どうして彼女なのか、と。


彼女はまだ24歳で
彼女が16歳の時に発病、それから高校を中退して病と闘い、
今年は大学受験を決めて、勉強をして嬉しそうに合格を語っていたではないか。
今年の4月、そう、今頃には彼女も大学一年生で
皆と同じ様に生活していたはずだった。

誰もが当たり前だと思い通っている大学生活は
彼女にとっては
「やっと叶う夢」だった。

どうして、世の中には
嫌々ながら通う人がいるのに
大学を夢見ていた彼女は
通う事さえできないのか…
非常に腹立たしいきもちで一杯です。

だけどこれは、私も同じだ。
何か嫌な事があれば嘆き俯く悲観的な私。
私の抱える病気は決して楽な病気ではないが彼女に比べればちっぽけだ。
私は副作用を怖がり自分の運命を呪った。
だけど

私にはまだ可能性がある。

それを教えてくれたのは
彼女でした。

今まで本当に支えてもらった。
私の悩みなんか、本当にちっぽけだ。


生きている事、
まだまだ幸せを掴める事、
小さな幸せに気付く時間がある事
私は凄く幸せで、奇跡の上に生きている。


今の私にできることは
前を向いて強く生きていくこと。

さよならじゃないよね。

だって私がいつか死ぬ時、必ず会えるから。




これから私が奇跡に出会う時、きっと貴女を思い出します。

小さな幸せを数えてみたら沢山あって、それだけで奇跡を実感しました。


貴女が教えてくれた。



貴女が私の夢を応援してくれたこと忘れません。
どんなに辛くても胸を張って誇れるように
私は私の進むべき道を前を向いて歩きます。

たまに下を向いた時は足元にある幸せを思い出して、
たまに振り返る時は
貴女がくれた勇気を胸に
私は生きます。

どうか見守っていて下さい。

ありがとう。





読んでくれたあなたへ。
何か感じてくれたらいいです。
あなたが今生きていること、当たり前なんかじゃないよ。
小さな幸せに気付いて下さい。