自分がいくら醜かろうと自分に同情だけはしたくない。

自分に同情するのは弱い心を持ってしまった時だけだ。

自分にうんざりしてしまったら、それを改善するために動けばいいだけだ。



自分のやりたい音楽の形が変わってきたのかもしれない。

自分が楽しむことで見ている人も楽しくなる。
これは大前提にあることで、音楽をする以上、自分をさらけ出すことが必要だ。
自分をさらけ出すためには自分のプレイ一つ一つに魂を込めなければならない。
その魂を感じてもらうことが表現ではないのか。
ミスを恐れたり、本来したいことから逃げていては魂を込めることは到底できない。
その魂を見た人が感じた時に初めて感動をおぼえるんじゃないかな。
久しぶりにブログを書くのである。

何を書けば良いのか分からぬが、ブログと向き合うことが大切なのである。

今私は今日の業務を全て終え、部屋の明かりは間接照明により薄暗くし、今まさに寝らんとする状況である。

このように早く床に着くのは久しぶりである。

自分は今間違いなく幸せな状況である。

こんな幸せな状況なのに何事かに悲観したり自分を嘆いたりするのは自分の持つ幸せな部分をあまりにも気づいていないときなのであろう。

そんな日の自分に一言物申す。

出会えた喜びは一瞬だ
だけど別れの悲しみは一生消えない


よく分かりません。

明日も何か良いことがありますように
明日も何か良いことに気づけますように
時々自分でも信じられないほどの残酷なことを考えてしまうときもあるし、本当に情けない陳腐な思考を働かせることがあります。
それでもそんな自分さえも認めてあげることができたらもう少し楽になれるのではないかと思います。
みんな違う色を持っていて、そんな色が少しずつ合わさって自分にない色を作り出すから人と関わること、繋がることが大切だと実感するのだと思います。

確実に僕は誰かと新しい色を作り出したい、もし新しい色を既に持っていたらその色をキャンバスに塗って思い出として残したい。

僕は自分が思っていた以上に多くの人に頼り、その人々のおかげで自分の今があることを実感しました。
常識的なことですが、実感する瞬間はなかなかないものです。

自分の色、僕とのつながりを持っている人の色を使って明日からどんな色を作っていくのか。
その色たちをキャンバスに塗り、美しい日々にしていきたいものです。


僕の友人、知り合いたちが新しいステージへと旅立って行きました。

次のステージでもカラフルな世界を作り出してほしいです。