国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている雲仙市国見町の神代小路(こうじろくうじ)地区で25日、緋寒桜(ヒカンザクラ)の郷(さと)まつりが始まった。3月4日まで。
同地区には国の重要文化財の鍋島邸などに約30本のヒカンザクラがあり、まつりは地元住民らでつくる実行委が主催。例年2月下旬ごろから見ごろとなるが、今年は開花が2~3週間ほど遅れ、ほとんどがまだ一分咲きという。
25日には同市歴史資料館国見展示館で芸能大会を開催。ユーモラスな踊りで知られる伝統芸能「鳥刺し」や「ひょっとこ踊り」などが披露され、会場は笑いに包まれた。
期間中、江戸つばき展や地元小中学生の絵画展を開催。26日は午後1時から「落合みつを&福島真砂ライブ」やオカリナの演奏、フラダンス、26日、3月3、4日は物産展。3月4日は吟行俳句大会がある。
問い合わせは雲仙市観光ガイド協会。
出典:長崎新聞
久慈市の岩手くじ噺(はなし)の会(佐々木茂頭主)主催の復興祈願落語会・琥珀(こはく)寄席「三遊亭金時落語会」は23日夜、同市中町のやませ土風館で行われた。金時さん(49)は軽快な話しぶりで、約80人の聴衆の笑いを誘った。売上金は会員で話し合い、自治体への寄付など地域の復興のために役立てる。
金時さんは「二番煎じ」と「御神酒(おみき)徳利」を披露。テンポの良い話しぶりに会場は笑いに包まれ、大きな拍手が送られた。
これまでも同会の落語会に参加したことがある金時さんは「お世話になった久慈が被害を受け、力になれればと思った。お客さんの反応も非常に良かった。できることはこれからも協力していきたい」と誓った。
出典:岩手日報
金時さんは「二番煎じ」と「御神酒(おみき)徳利」を披露。テンポの良い話しぶりに会場は笑いに包まれ、大きな拍手が送られた。
これまでも同会の落語会に参加したことがある金時さんは「お世話になった久慈が被害を受け、力になれればと思った。お客さんの反応も非常に良かった。できることはこれからも協力していきたい」と誓った。
出典:岩手日報
愛らしい魅力で笑いと感動を届ける“マペット(操り人形)”たちが大活躍するミュージカル・ファンタジー『ザ・マペッツ』。まもなく発表される第84回アカデミー賞で主題歌賞にノミネートされた、人間とマペットが情緒豊かに歌い上げる感動的なオリジナル・ソング映像が到着した。
本作で描かれるのは、人間と“マペット”たちがごく普通に共存する、ちょっと不思議な世界。かつて一世を風靡した“ザ・マペッツ”が、カリスマ的な元スター、カエルのカーミットを中心に再び集結し、さらに結婚間近の(人間の)カップル、ゲイリーとメアリーの2人との友情に支えられ、ハリウッドのショービジネス界に戦いを挑んでいく。
ここでご紹介する主題歌「マン・オア・マペット」は、人間のゲイリー(ジェイソン・シーゲル)と、マペットのウォルターが「自分は人間なのか? マペットなのか?」と悩み、生き方を決心するまでの苦悩を歌い上げたバラード。ゲイリーはマペットのウォルターを心配するあまり、恋人のメアリー(エイミー・アダムス)から愛想を尽かされてしまい、彼女を優先すべきなのか、それとも再起に賭けるウォルターたちマペットを優先するのかと、どちらも大事な人を天秤にかけるが、当然ながら答えは出ない。一方、マペットであるウォルターも同様の悩みを抱えていた。
ゲイリーの横には彼を模したマペットが、ウォルターの横には彼が人間になった姿が登場し、苦悩が交錯していくさまは切なくも感動的。さらに、カエルのカーミットの口から飛び出す名言の数々が、歌の感動をより一層引き立てている。ゲイリーとウォルター、悩める2人が下す決意とは果たして? 人間とマペットの共存する世界をこちらの映像で楽しんでみて。
『ザ・マペッツ』は5月19日(土)より全国にて公開。
出典:cinemacafe.net
本作で描かれるのは、人間と“マペット”たちがごく普通に共存する、ちょっと不思議な世界。かつて一世を風靡した“ザ・マペッツ”が、カリスマ的な元スター、カエルのカーミットを中心に再び集結し、さらに結婚間近の(人間の)カップル、ゲイリーとメアリーの2人との友情に支えられ、ハリウッドのショービジネス界に戦いを挑んでいく。
ここでご紹介する主題歌「マン・オア・マペット」は、人間のゲイリー(ジェイソン・シーゲル)と、マペットのウォルターが「自分は人間なのか? マペットなのか?」と悩み、生き方を決心するまでの苦悩を歌い上げたバラード。ゲイリーはマペットのウォルターを心配するあまり、恋人のメアリー(エイミー・アダムス)から愛想を尽かされてしまい、彼女を優先すべきなのか、それとも再起に賭けるウォルターたちマペットを優先するのかと、どちらも大事な人を天秤にかけるが、当然ながら答えは出ない。一方、マペットであるウォルターも同様の悩みを抱えていた。
ゲイリーの横には彼を模したマペットが、ウォルターの横には彼が人間になった姿が登場し、苦悩が交錯していくさまは切なくも感動的。さらに、カエルのカーミットの口から飛び出す名言の数々が、歌の感動をより一層引き立てている。ゲイリーとウォルター、悩める2人が下す決意とは果たして? 人間とマペットの共存する世界をこちらの映像で楽しんでみて。
『ザ・マペッツ』は5月19日(土)より全国にて公開。
出典:cinemacafe.net
2006年にロンドンのソーホー・シアターにて初演された舞台『THE BEE』がニューヨーク、ロンドン、香港での公演を経て東京に凱旋する。そのワールドツアーで上演されたEnglish Versionと、新たなキャストで上演されるJapanese Versionの合同記者発表会が行われ、演出・出演の野田秀樹ほか、Japanese Versionに出演する宮沢りえ、池田成志、近藤良平、English Versionのキャサリン・ハンターら全キャストが登壇した。
今年1月から行われ、各地で絶賛されたワールドツアーについて野田は「ロンドンでは、6年前の初演を見逃してしまったお客さんが待っていてくれた。ニューヨークは反応が熱狂的で、香港では若いお客さんが多くていつまでも笑いを引きずって笑っていたのが印象的」と振り返り、「各国共通で“ベリージャパニーズな舞台だ”とよく言われたけど、6年前にはあまりそういう感想はなかった」と明かした。本作の初演から参加しているイギリスの名女優、キャサリン・ハンターは「あえて果敢に暗闇の中に自分たちを持っていくところが“ベリージャパニーズ”なんだと思う」と。
ロンドン初演を3回観劇したことを明かした宮沢は、「野田さんが『どんどんお客さんが増えていくのが嬉しいんだ』と言っていて、私も一緒に興奮していた思い入れのある作品。小さな空間ならではの濃密な時間をいつか演じる側で体験したいと思っていたので日本語バージョンも英語バーションに負けないように頑張りたい」と決意を語ると、野田も当時を振り返り「りえちゃんに『野田さん苦労してたんだねー』と言われて(笑)。『THE BEE』が成長していく過程をロンドンで一緒に体験してくれていたのでこの再演にもってこいだなと」。
野田作品への出演は25年振りという池田は「野田さんとはいろんなところで会ってたけど、何で俺のこと誘わないんだと思っていました」と本音を。すると野田は「彼には何も期待していません(笑)」と切り返し、詰めかけた報道陣からは笑いが。さらに「この役は第一印象として『あー嫌な奴だなー』と思えないとダメなので適役」と重ねた。初演に続いて“役者”として出演するダンス集団「コンドルズ」の近藤は「僕は動き担当なので芝居のことは『全て学びますわ』というスタンスです」と語った。
『THE BEE』English Version東京公演 は各回公演前日に、電話にて当日券予約を受付。ジャパンツアーチケット一般前売は2012年2月25日(土)全国一斉発売。詳細は下記の公演公式サイト、または東京芸術劇場HPへ。
出典:TV LIFE
今年1月から行われ、各地で絶賛されたワールドツアーについて野田は「ロンドンでは、6年前の初演を見逃してしまったお客さんが待っていてくれた。ニューヨークは反応が熱狂的で、香港では若いお客さんが多くていつまでも笑いを引きずって笑っていたのが印象的」と振り返り、「各国共通で“ベリージャパニーズな舞台だ”とよく言われたけど、6年前にはあまりそういう感想はなかった」と明かした。本作の初演から参加しているイギリスの名女優、キャサリン・ハンターは「あえて果敢に暗闇の中に自分たちを持っていくところが“ベリージャパニーズ”なんだと思う」と。
ロンドン初演を3回観劇したことを明かした宮沢は、「野田さんが『どんどんお客さんが増えていくのが嬉しいんだ』と言っていて、私も一緒に興奮していた思い入れのある作品。小さな空間ならではの濃密な時間をいつか演じる側で体験したいと思っていたので日本語バージョンも英語バーションに負けないように頑張りたい」と決意を語ると、野田も当時を振り返り「りえちゃんに『野田さん苦労してたんだねー』と言われて(笑)。『THE BEE』が成長していく過程をロンドンで一緒に体験してくれていたのでこの再演にもってこいだなと」。
野田作品への出演は25年振りという池田は「野田さんとはいろんなところで会ってたけど、何で俺のこと誘わないんだと思っていました」と本音を。すると野田は「彼には何も期待していません(笑)」と切り返し、詰めかけた報道陣からは笑いが。さらに「この役は第一印象として『あー嫌な奴だなー』と思えないとダメなので適役」と重ねた。初演に続いて“役者”として出演するダンス集団「コンドルズ」の近藤は「僕は動き担当なので芝居のことは『全て学びますわ』というスタンスです」と語った。
『THE BEE』English Version東京公演 は各回公演前日に、電話にて当日券予約を受付。ジャパンツアーチケット一般前売は2012年2月25日(土)全国一斉発売。詳細は下記の公演公式サイト、または東京芸術劇場HPへ。
出典:TV LIFE
笑いの力で地域の魅力を全国へ発信――。岐阜県美濃市は、3月から吉本興業と提携したまちおこし企画を始める。吉本のお笑い芸人に3カ月間、美濃市に住んでもらい、まちを全国へ売り出すという。
吉本興業のまちおこしプロジェクトの一環。同市の新人職員がメールで応募したのがきっかけで実現した。若手職員らでつくるプロジェクトチームが芸人を支援。市内の空き家に住んでもらい、地域のイベントなどに参加してもらうという。事業費150万円は市が負担する。
芸人は岐阜市出身で、いまは岐南町で暮らす三ツ星ジョージさん(33)。東京の大学を卒業後、県内に戻って派遣社員で働いていたが、28歳で再上京。吉本興業の養成所に入って、笑いの世界を目指した。
出典:朝日新聞
吉本興業のまちおこしプロジェクトの一環。同市の新人職員がメールで応募したのがきっかけで実現した。若手職員らでつくるプロジェクトチームが芸人を支援。市内の空き家に住んでもらい、地域のイベントなどに参加してもらうという。事業費150万円は市が負担する。
芸人は岐阜市出身で、いまは岐南町で暮らす三ツ星ジョージさん(33)。東京の大学を卒業後、県内に戻って派遣社員で働いていたが、28歳で再上京。吉本興業の養成所に入って、笑いの世界を目指した。
出典:朝日新聞
いつもは厳かな本殿が笑いに包まれた――上方落語の大名跡、桂文枝の6代目を襲名する桂三枝さん(68)が22日、三重県伊勢市の猿田彦神社で、7月からの襲名披露興行の成功を祈願し、落語を奉納した。
三枝さんは約100人の招待客に背を向け、神前に座った。「後ろの笑いを探りながら、お客さんの顔を見ないでしゃべるのは楽しかった。10分のつもりがいつの間にか15分になった」
この日のために大阪と伊勢をタクシーで往復。運転手とのやりとりを即興でネタにした。「往復14万円のタクシー代を吉本(興業)に請求していいか聞いたなら、神様は請求しなさいとおっしゃったでしょう」。奉納落語の後は報道陣を笑わせた。
出典:朝日新聞
三枝さんは約100人の招待客に背を向け、神前に座った。「後ろの笑いを探りながら、お客さんの顔を見ないでしゃべるのは楽しかった。10分のつもりがいつの間にか15分になった」
この日のために大阪と伊勢をタクシーで往復。運転手とのやりとりを即興でネタにした。「往復14万円のタクシー代を吉本(興業)に請求していいか聞いたなら、神様は請求しなさいとおっしゃったでしょう」。奉納落語の後は報道陣を笑わせた。
出典:朝日新聞
京都大学が東京・品川の「京大東京オフィス」で開く連続講座「東京で学ぶ 京大の知」(朝日新聞社後援)のシリーズ6「中国学研究最前線」。第2回の2月8日は、唐の詩人、王勃(おう・ぼつ)の文字の発見がテーマだ。京都大学大学院人間・環境学研究科の道坂昭廣准教授が「国宝『王勃詩巻』続編の発見」と題して、若くして他界した“伝説”の詩人の人生から新発見の彼の文集の経緯などを語った。
杜甫も絶賛した天才詩人
唐初期の詩人、王勃(650~676)は日本ではほとんど知られていない。道坂准教授が配ったA4用紙のレジュメの最初には、中国の古典『新唐書』(唐の正史)に収められた王勃伝が載っていた。漢文の横書きで10行しかない。とはいえ、王勃の数少ない伝記の一つだという。道坂准教授は、かいつまんで日本語に訳していった。
「王勃は賢かったようです。9歳で、権威ある『漢書』の注釈書の間違いを指摘できました。役人になって順調に出世したのですが、当時はやっていた闘鶏で、自分の味方の鶏を励ます檄文を書いたことが皇帝の怒りに触れます。そして役所から追い出されました。しかしどうやらそれは表向きの理由であって、性格に問題があったようです」
その後河南省の役人になるが、ここでも周囲とうまく行かず、また事件にも巻き込まれて罷免される。このため、父も現在のベトナムにまで左遷されてしまう。王勃は、その父を訪ねる途中で海に落ちた。天才詩人の早すぎる死だった。
「ベトナムへ向かう途中の9月9日に、滕王閣(とうおうかく)というところで大宴会が開かれました。ここで王勃は宴会の序文と詩を書いた(秋日登洪府滕王閣餞別序)。読み下せば、『滕王の高閣江渚に臨み……』と始まる詩が、王勃の代表作です」
と道坂准教授。滕王閣は、現在の江西省南昌市の湖のほとりに立つ楼閣だ。王勃の作品で有名になった。これまでに29回も建て直されているという。会場のスクリーンには、天守閣のようにそびえ立つ滕王閣と、滕王閣にある王勃の像の写真が映された。王勃は凜々しく、賢そうな表情をしている。
「王勃は、初唐の時代には大変な人気でした」
道坂准教授はそう話し、8世紀に詩人の杜甫も「黄河や揚子江の流れのように永遠に流れ続ける」と絶賛していたことを紹介した。しかし、王勃はやがて忘れられてしまう。全部で30巻に上る「王勃集」も、宋の時代(960~1279)には失われたらしい。
一方、1201年から1204年にかけて『文苑英華(ぶんえんえいが)』という全1000巻に上る詩文集が刊行された。王勃の作品も収められたが、この『文苑英華』も散逸してしまう。
「中国では、明の末期に出版が盛んになりました。そして『文苑英華』も1567年に復刻されました。ところが、この復刻版には間違いが多いのです。現在中国に残る王勃集は、この復刻版から再編集されたもので、オリジナルとは違います」
日本に残る貴重な作品集
ではオリジナルはどこにあるのか? なんと日本である。オリジナルと言っても、正確には手書き写本の一部分が残されていたのである。いつ、誰が持ってきたのか?
「遣唐使によって日本へ持ち込まれたのでしょう。王勃集は、日本に残る写本では、仏典以外でいちばん古いものです」
現在日本には「王勃集」の一部が四つある。もっとも有名なのは、正倉院所蔵の巻物で「王勃詩序」と呼ばれるものだ。詩序とは、詩に付けた序文。41編の序文が収められているが、このうち20編は中国では失われている。この「王勃詩序」には、先に触れた代表作「秋日登洪府滕王閣餞別序」も含まれる。さらに「慶雲四年七月廿六日」という日付が入っている。西暦では707年。また、則天武后が政権を握っていた690年から705年にのみ使われた則天文字で書かれている。ここから、704年か707年に遣唐使が持ち帰ったと推定できる。王勃の死後40年程度しか経っていない。貴重なオリジナルと推定されるゆえんだ。
しかし、この「王勃詩序」も長い間、忘れられていた。脚光を浴びたのは明治に入ってから。日本に駐在していた中国(当時は清)の官僚が、印刷物を見ていて、そこにあった王勃の作品を「再発見」したという。
残りの三つの王勃集は、京都国立博物館所蔵の「王勃集巻28」、東京国立博物館所蔵の「王勃集巻29・巻30」、同じく東京国立博物館所蔵の「王勃集巻29の一部」だ。
この三つは、道坂准教授の推定では奈良の興福寺からあちこちへ散逸し、めぐりめぐって明治期や大正期に日本の金持ちの収集家に渡り、やがて博物館に収められた。東洋史学者で京大教授だった内藤湖南らによって、王勃集の写本であることを確認されたものだ。
収集家のひとり、赤星鐵馬(あかぼし・てつま)について道坂准教授は「気に入ったものがあると、その家の蔵ごと買っていたそうです。最初にブラックバスを輸入した人としても知られています」と紹介して、会場の笑いを誘った。
100年ぶりの発見は「紙」から
日本には第5の王勃集の一部があるのではないか? それが今回の講演の核心だ。
その可能性が高いのは、「伝橘逸勢筆詩序切(でん・たちばな・はやなり・ひつ・しじょぎれ)」である。これは、静岡県熱海市のMOA美術館が所蔵している国宝「翰墨城(かんぼくじょう)」の中に入っている、漢文でわずか46文字、行数にして3行の古筆切(こひつぎれ)だ。「泉不廻悠々蒼天此何人哉……」と楷書で書かれている。道坂准教授はこれを「泉は廻らず。悠々たる蒼天、此れ何人かな……」と読み、墓誌の銘文の一部ではないかと推測している。
古筆切とは、古人の美しい文字が書かれた巻物などを短冊のように切ったもの。江戸時代、古筆切を台紙に貼り、それを集めて冊子をつくり、鑑賞することが流行した。「翰墨城」もそのひとつで、300以上の古筆切が集められている。
「伝橘逸勢筆詩序切」を書いたと伝えられる橘逸勢は、平安時代初期の書家。嵯峨天皇、空海とともに日本三筆のひとりであり、遣唐使でもあった。なぜこの古筆切が「王勃集」なのか。それを解くカギは紙にある。
昔は、紙の裏側を使うのがあたりまえだった。京都国立博物館所蔵の「王勃集巻28」の裏には、「大乗戒作法」という仏典が書かれていた。そして「伝橘逸勢筆詩序切」の裏の文字も、綿密に観察すると「大乗戒作法」だと読み取れるのだ。実は京都国立博物館所蔵の「王勃集巻28」は一部が切り取られて欠けている。そこに「伝橘逸勢筆詩序切」をはめ込むと、内容がピッタリとはまる。字体も似ている。
この3行46文字が、本当に橘逸勢の文字なのかはわからない。だが、その中身は王勃の作品の一部なのだ。道坂准教授の粘り強い観察の成果である。
「ほぼ100年ぶりに王勃の文字が発見されたと言っていいと思います。ただ、内藤湖南先生らは大量の文字を発見しましたが、学問の衰退でしょうか、私はわずか3行です」。道坂准教授は、笑いながら先人に敬意を表した。
出典:朝日新聞
杜甫も絶賛した天才詩人
唐初期の詩人、王勃(650~676)は日本ではほとんど知られていない。道坂准教授が配ったA4用紙のレジュメの最初には、中国の古典『新唐書』(唐の正史)に収められた王勃伝が載っていた。漢文の横書きで10行しかない。とはいえ、王勃の数少ない伝記の一つだという。道坂准教授は、かいつまんで日本語に訳していった。
「王勃は賢かったようです。9歳で、権威ある『漢書』の注釈書の間違いを指摘できました。役人になって順調に出世したのですが、当時はやっていた闘鶏で、自分の味方の鶏を励ます檄文を書いたことが皇帝の怒りに触れます。そして役所から追い出されました。しかしどうやらそれは表向きの理由であって、性格に問題があったようです」
その後河南省の役人になるが、ここでも周囲とうまく行かず、また事件にも巻き込まれて罷免される。このため、父も現在のベトナムにまで左遷されてしまう。王勃は、その父を訪ねる途中で海に落ちた。天才詩人の早すぎる死だった。
「ベトナムへ向かう途中の9月9日に、滕王閣(とうおうかく)というところで大宴会が開かれました。ここで王勃は宴会の序文と詩を書いた(秋日登洪府滕王閣餞別序)。読み下せば、『滕王の高閣江渚に臨み……』と始まる詩が、王勃の代表作です」
と道坂准教授。滕王閣は、現在の江西省南昌市の湖のほとりに立つ楼閣だ。王勃の作品で有名になった。これまでに29回も建て直されているという。会場のスクリーンには、天守閣のようにそびえ立つ滕王閣と、滕王閣にある王勃の像の写真が映された。王勃は凜々しく、賢そうな表情をしている。
「王勃は、初唐の時代には大変な人気でした」
道坂准教授はそう話し、8世紀に詩人の杜甫も「黄河や揚子江の流れのように永遠に流れ続ける」と絶賛していたことを紹介した。しかし、王勃はやがて忘れられてしまう。全部で30巻に上る「王勃集」も、宋の時代(960~1279)には失われたらしい。
一方、1201年から1204年にかけて『文苑英華(ぶんえんえいが)』という全1000巻に上る詩文集が刊行された。王勃の作品も収められたが、この『文苑英華』も散逸してしまう。
「中国では、明の末期に出版が盛んになりました。そして『文苑英華』も1567年に復刻されました。ところが、この復刻版には間違いが多いのです。現在中国に残る王勃集は、この復刻版から再編集されたもので、オリジナルとは違います」
日本に残る貴重な作品集
ではオリジナルはどこにあるのか? なんと日本である。オリジナルと言っても、正確には手書き写本の一部分が残されていたのである。いつ、誰が持ってきたのか?
「遣唐使によって日本へ持ち込まれたのでしょう。王勃集は、日本に残る写本では、仏典以外でいちばん古いものです」
現在日本には「王勃集」の一部が四つある。もっとも有名なのは、正倉院所蔵の巻物で「王勃詩序」と呼ばれるものだ。詩序とは、詩に付けた序文。41編の序文が収められているが、このうち20編は中国では失われている。この「王勃詩序」には、先に触れた代表作「秋日登洪府滕王閣餞別序」も含まれる。さらに「慶雲四年七月廿六日」という日付が入っている。西暦では707年。また、則天武后が政権を握っていた690年から705年にのみ使われた則天文字で書かれている。ここから、704年か707年に遣唐使が持ち帰ったと推定できる。王勃の死後40年程度しか経っていない。貴重なオリジナルと推定されるゆえんだ。
しかし、この「王勃詩序」も長い間、忘れられていた。脚光を浴びたのは明治に入ってから。日本に駐在していた中国(当時は清)の官僚が、印刷物を見ていて、そこにあった王勃の作品を「再発見」したという。
残りの三つの王勃集は、京都国立博物館所蔵の「王勃集巻28」、東京国立博物館所蔵の「王勃集巻29・巻30」、同じく東京国立博物館所蔵の「王勃集巻29の一部」だ。
この三つは、道坂准教授の推定では奈良の興福寺からあちこちへ散逸し、めぐりめぐって明治期や大正期に日本の金持ちの収集家に渡り、やがて博物館に収められた。東洋史学者で京大教授だった内藤湖南らによって、王勃集の写本であることを確認されたものだ。
収集家のひとり、赤星鐵馬(あかぼし・てつま)について道坂准教授は「気に入ったものがあると、その家の蔵ごと買っていたそうです。最初にブラックバスを輸入した人としても知られています」と紹介して、会場の笑いを誘った。
100年ぶりの発見は「紙」から
日本には第5の王勃集の一部があるのではないか? それが今回の講演の核心だ。
その可能性が高いのは、「伝橘逸勢筆詩序切(でん・たちばな・はやなり・ひつ・しじょぎれ)」である。これは、静岡県熱海市のMOA美術館が所蔵している国宝「翰墨城(かんぼくじょう)」の中に入っている、漢文でわずか46文字、行数にして3行の古筆切(こひつぎれ)だ。「泉不廻悠々蒼天此何人哉……」と楷書で書かれている。道坂准教授はこれを「泉は廻らず。悠々たる蒼天、此れ何人かな……」と読み、墓誌の銘文の一部ではないかと推測している。
古筆切とは、古人の美しい文字が書かれた巻物などを短冊のように切ったもの。江戸時代、古筆切を台紙に貼り、それを集めて冊子をつくり、鑑賞することが流行した。「翰墨城」もそのひとつで、300以上の古筆切が集められている。
「伝橘逸勢筆詩序切」を書いたと伝えられる橘逸勢は、平安時代初期の書家。嵯峨天皇、空海とともに日本三筆のひとりであり、遣唐使でもあった。なぜこの古筆切が「王勃集」なのか。それを解くカギは紙にある。
昔は、紙の裏側を使うのがあたりまえだった。京都国立博物館所蔵の「王勃集巻28」の裏には、「大乗戒作法」という仏典が書かれていた。そして「伝橘逸勢筆詩序切」の裏の文字も、綿密に観察すると「大乗戒作法」だと読み取れるのだ。実は京都国立博物館所蔵の「王勃集巻28」は一部が切り取られて欠けている。そこに「伝橘逸勢筆詩序切」をはめ込むと、内容がピッタリとはまる。字体も似ている。
この3行46文字が、本当に橘逸勢の文字なのかはわからない。だが、その中身は王勃の作品の一部なのだ。道坂准教授の粘り強い観察の成果である。
「ほぼ100年ぶりに王勃の文字が発見されたと言っていいと思います。ただ、内藤湖南先生らは大量の文字を発見しましたが、学問の衰退でしょうか、私はわずか3行です」。道坂准教授は、笑いながら先人に敬意を表した。
出典:朝日新聞
奈良県大和郡山市を舞台にした映画「茜色(あかねいろ)の約束」が完成し、25日からイオンモール大和郡山の「シネマサンシャイン大和郡山」で先行公開される。
映画は、日系ブラジル人の少年が見つけた青く輝く伝説の金魚と、それを開発や金もうけに利用しようとする大人の世界を描いたファンタジーコメディー。幼い恋心に夢やロマンが重ねられ、涙と笑いにどんちゃん騒ぎまでがちりばめられている。同市出身の松村武さん、三倉佳奈さん、中村獅童さん、笹野高史さんらのほか、地元の市民も出演している。
14日、約400人を招いた試写会がシネマサンシャインであり、子どものころ、金魚とりをよくしたという同市出身の塩崎祥平監督は「でかい金魚を見つけた時、ときめいた。そんな少年の気持ちを映画にした。町は変わったが、子どもたちが楽しく、誇らしく思える町であってほしい」とあいさつした。
出典:朝日新聞
映画は、日系ブラジル人の少年が見つけた青く輝く伝説の金魚と、それを開発や金もうけに利用しようとする大人の世界を描いたファンタジーコメディー。幼い恋心に夢やロマンが重ねられ、涙と笑いにどんちゃん騒ぎまでがちりばめられている。同市出身の松村武さん、三倉佳奈さん、中村獅童さん、笹野高史さんらのほか、地元の市民も出演している。
14日、約400人を招いた試写会がシネマサンシャインであり、子どものころ、金魚とりをよくしたという同市出身の塩崎祥平監督は「でかい金魚を見つけた時、ときめいた。そんな少年の気持ちを映画にした。町は変わったが、子どもたちが楽しく、誇らしく思える町であってほしい」とあいさつした。
出典:朝日新聞
クラシック音楽の演奏に演劇や笑いのコメディー要素を含んだ演奏集団「CRAZY CLASSIX(クレージークラシックス)」が2月25日・26日、アステールプラザ・オーケストラ等練習場(広島市中区加古町)で公演を行う。
クレージークラシックスは、2010年に結成されたアンサンブルグループ。音楽に芝居や笑いの要素を取り入れた「新しいエンターテインメント」として実験的に開始しよう、とチェロ奏者マーティン・スタンツェライトさんが発起人となって集まった。メンバーには、広島を拠点にオーケストラや室内楽、ソロなど、クラシック音楽界で活動する6人の演奏家が参加する。
使用する楽器やパートはチェロやクラリネット、ギター、コントラバス、トロンボーン、パーカッション。これまで既存の楽譜をアレンジして演奏を行い、年に1度、大きな演奏会を開いてきた。昨年はパロディーの音楽寸劇「飛田の一日」で話題を呼び、同年4月、同所で開いた東日本大震災のチャリティー・コンサートでは立ち見客も出たという。
今回の公演では、オペラ「カルメン」をコメディー化。演奏時間は約2時間。劇中の人物を演奏者が演じる。先に公演を終えた岡山では、「(会場の)笑いが止まらなかった」とパーカッション担当の荻原里香さん。終了後に開いたサイン会では、仮装したメンバーが登場する一幕も。
観客は10代から高齢者まで幅広く、プロの演奏を楽しむ客と、クラシックのパロディーを見て楽しむ客の姿が見られるという。今後は、若い世代にクラシックを身近に感じてもらうための一つの試みとして、音楽教育の場でも活動に期待が掛かる。
開演時間は、25日=18時、26日=14時。観賞料は、一般=3,000円、学生=1,500円。問い合わせはクレージークラシックスまで。
出典:広島経済新聞
クレージークラシックスは、2010年に結成されたアンサンブルグループ。音楽に芝居や笑いの要素を取り入れた「新しいエンターテインメント」として実験的に開始しよう、とチェロ奏者マーティン・スタンツェライトさんが発起人となって集まった。メンバーには、広島を拠点にオーケストラや室内楽、ソロなど、クラシック音楽界で活動する6人の演奏家が参加する。
使用する楽器やパートはチェロやクラリネット、ギター、コントラバス、トロンボーン、パーカッション。これまで既存の楽譜をアレンジして演奏を行い、年に1度、大きな演奏会を開いてきた。昨年はパロディーの音楽寸劇「飛田の一日」で話題を呼び、同年4月、同所で開いた東日本大震災のチャリティー・コンサートでは立ち見客も出たという。
今回の公演では、オペラ「カルメン」をコメディー化。演奏時間は約2時間。劇中の人物を演奏者が演じる。先に公演を終えた岡山では、「(会場の)笑いが止まらなかった」とパーカッション担当の荻原里香さん。終了後に開いたサイン会では、仮装したメンバーが登場する一幕も。
観客は10代から高齢者まで幅広く、プロの演奏を楽しむ客と、クラシックのパロディーを見て楽しむ客の姿が見られるという。今後は、若い世代にクラシックを身近に感じてもらうための一つの試みとして、音楽教育の場でも活動に期待が掛かる。
開演時間は、25日=18時、26日=14時。観賞料は、一般=3,000円、学生=1,500円。問い合わせはクレージークラシックスまで。
出典:広島経済新聞
「あなたの街に“住みます”プロジェクト」で香川を担当する住みます芸人・梶剛さん(30)と香川大付属高松小の児童たちがコラボレーションしたお笑いライブが19日、香川県高松市丸亀町の高松丸亀町商店街3町ドームであった。児童たちは高松の歴史などを題材に作り上げたプロ芸人顔負けのネタを繰り広げ、訪れた保護者や買い物客らの笑いを誘った。
笑いの力で商店街を元気にしようと、同小3年緑組の児童33人が出演。昨年末からネタを考え始め、17日には吉本興業のプロジェクトで香川に住んでいる梶さん=香川県三豊市出身=を招き、考えたネタにアドバイスをもらう特別授業も行い、本番に備えた。
ライブでは高松城や栗林公園のほか、児童たちがおすすめの商店街のスポットなどをテーマにしたコントや漫才を披露。同商店街振興組合の古川康造理事長ら実在の人物に扮(ふん)して再開発のエピソードを紹介する劇も演じ、「みなさんも商店街に遊びに来てください」とアピールした。
山間稜也君(9)は「恥ずかしがらずにやろうという梶さんのアドバイスのおかげで、堂々とできて楽しかった」と満足げ。ライブの司会を務めた梶さんは「練習よりもしっかりできていて感心した。楽しんでくれて本当によかった」と話していた。
出典:四国新聞
笑いの力で商店街を元気にしようと、同小3年緑組の児童33人が出演。昨年末からネタを考え始め、17日には吉本興業のプロジェクトで香川に住んでいる梶さん=香川県三豊市出身=を招き、考えたネタにアドバイスをもらう特別授業も行い、本番に備えた。
ライブでは高松城や栗林公園のほか、児童たちがおすすめの商店街のスポットなどをテーマにしたコントや漫才を披露。同商店街振興組合の古川康造理事長ら実在の人物に扮(ふん)して再開発のエピソードを紹介する劇も演じ、「みなさんも商店街に遊びに来てください」とアピールした。
山間稜也君(9)は「恥ずかしがらずにやろうという梶さんのアドバイスのおかげで、堂々とできて楽しかった」と満足げ。ライブの司会を務めた梶さんは「練習よりもしっかりできていて感心した。楽しんでくれて本当によかった」と話していた。
出典:四国新聞