ガタンゴトンとありきたりな音がいつもより鮮明に耳に届く。
数十分、いや数時間?なにせ結構前に電池が切れてしまった携帯電話をようやく鞄にしまい、香苗は組んだ両手を思い切り伸ばし、座りっぱなしで凝り固まった身体をほぐした。関節の鳴る小気味のいい音が快感を増長させる。
ガタンゴトン
ガタンゴトン
一両編成の列車に乗客は香苗以外見えない。
携帯の電池が切れてしまっているので正確な時刻は分からないが、恐らく昼の12時ぐらいではないだろうか。と香苗は思ったが、昼夜逆転どころか日の光を認知しない生活を送っていた香苗の体内時計は、ただおなかが減ったので”12時くらいじゃないかなー”と適当な返事を返していただけで、実際にはまだ11時になったばかりである。
そういや、昨日の晩から何も食べてないな
窓の外をぼんやりと眺めながら食べ物のことを考える。
部屋にあったお菓子ってどうしたっけ。
昨夜の自分を思い出す。
あの人に告げられたのは、住んでいるアパートを退去しなければいけなくなったことと、離婚した元妻の実家で暮らしてくれということ。
その他のことは何も語ろうとせず。ただ、ただ、すなまい。と呻くように繰り返していた。
別に驚きがあったわけではない。
家具が少しずつ減っていることには気づいていたし、大家と話しているのだって聞いていた。
ただ、なぜお母さんが。猫屋敷さんが絡んでくるのかが理解できなかった。
10年も前に離婚して、それから一度もあっていない私の半身。
きっと父にとってもそうだろう。
あの鬱陶しい性格だ、記憶にある母のような明るい人間は父にとっての天敵のようなものだったろう。私がそうだからよくわかる。向日葵のような人間に、私や父のような花の無い雑草は似合わない。一緒になって大きく育っても、邪魔な奴だと間引かれてしまう。
私にはよくわかる。だから、父と母の離婚に憤りを感じたこともないし、当たり前の帰結と考えている。むしろ一度でも結婚したことの方が不思議に感じる。
窓の外は一面稲田が広がっている。
緑が目立つ草原は、テレビの特集でみたモンゴルを連想させた。
そういえば、10年もあっていないのか。
父と母が離婚してから今現在まで、母は一度も私の下を訪れなかった。同様に、私も母の下を訪ねることも無かったのだが。
なんで、一度も会おうとしなかったんだろうか。
ふと疑問に思ったが、こだまのように答えが返ってきた。
父への遠慮
母への配慮
それらが無かったわけではないが、主な理由だったとは考えにくい。
私は、ただ。
めんどう
だったのだろう。
そう感じていたような気がする。
省みても私は私だった。
今は亡き人に思いを馳せるように瞳を閉じる。
瞼の裏には、誰一人、ドット1つも現れることは無かった。
