皆様、お久しぶりです。
本当は毎日書き込みをしようと思って始めましたが、前の投稿から1か月近く経っていました。
さて、早速ですが
表記の内容について
何でも無償はおかしい
と自分は思います。
給食に限って言えば、
子どもだからタダで食べられる、子育て中の家族だからタダにして当然
という風潮が当たり前になっているような気がします。
しかし、”タダ”というのは大きな罠があるように思います。
一般に、何かをしようとすれば、当然お金が必要となります。
そのためにどうしようか、どうすればいいのか、ということを考えて行動するのだと思いますが、
「子供がいるから大変」
という理由だけで一律に無償にするのはどうかと思います。
無償というのはありがたいことですが、
反面「何かをするために努力をする」
ということが欠如されかねない可能性も秘めています。
そして、
無償で与えられたら、そのモノを大切にするという意識が薄れる
と思います。
以前にも書きましたが、都立高校定時制に勤務している元同僚は、
「どうせタダなんだから食べる気がなくても給食を予約しろ」ということで、
欠席者や、登校していても食べたくないメニューのある日は生徒が食べないことで、
毎日大量に余っているそうです。当然廃棄です。
畜産に携わる方々の苦労・・・牛・豚・鶏を出荷するまで育てること、そしてそれらの動物の命をいただくこと
さらに農家が米や野菜などを育て、出荷するまでに数多くの手間やがかかること
どうせタダなんだから・・という考えで、好きなものだけ食べる
不味いもの、食べたくないものは残す
果たして、この給食の無償化というのは、本当に教育的な施策なのでしょうか?
そのような意味で、私はこの記事にある鹿児島県の町長の考えに賛同します。
同時に、全員の給食を無償にすることには反対です。
食べるということは、「命をいただく」こと
そして、何かをするにはお金がかかる
生活保護世帯やシングルマザー等、給食無償化にすべき人もいると思います。
ですが、全員無償にする必要があるのか疑問です。
何事にもお金はかかる
食べ物を粗末にしてはならない
そんな当たり前のことがわからなくなるような施策
「子どもがいるんだから無償にしてもらって当然」という発想がスタンダードになりつつある昨今
これからの日本は大丈夫なのだろうか・・・と思ってしまいます
