その人は机に手を触れながら、明るい表情で言う。
 「元々この土地は私の家のものだったから、廃校になったあと返してもらったのよ。ボロの校舎付きでね。壊してもいいんだけど、今は家に私と母がいるだけだから、おうちなんて小さくていいもの。ほら、校舎のすぐ横に平屋があったでしょ?あそこに住んでるのよ」
 そう言われればあった気がする。
 「今は夏休みでしょう。私、夏休みの間、このあたりの子供達に、ここで勉強を教えてあげてるの」
 「勉強?」
 「うん。私、隣の町で小学校の先生をしているの。臨時雇いなんだけど。私も夏休みだから、する事が無くなって。暇つぶしも兼ねてね。だからこの夏休み、学校ではお月謝を貰っていないの。ただし午前中だけね」
 
 学校の宿題は教えてあげない。
 普段は決められた時間に、決められた科目を勉強してる子たちを、夏の間だけでも、その子の好きな科目、興味がある科目を、少しでも伸ばしてあげられたらなぁって」
 指が机の木目を撫でる。
 「でも、みんな今日はお休みなのよ」
 そう言って顔が少し曇った。
 「風邪が流行っているみたい」
 そして窓の外に目を移す。
 僕も釣られてそちらを向く。
 「あなた、何年生? どこの子? 言葉が違うね」
 「え、あ」
 僕はちょっとどもってから、自分が六年生である事、そして、遠くから来て、親戚の家に滞在している事を説明した。
 それから家の名前を言う。
 けれど言ってから、その近所はみんな同じ苗字ばかりだった事を思い出して、「おっきなイブキの木が庭にある家です」と付け加えた。
 するとその人は、「ああ、シゲちゃんのところね」と頷くのだった。
 僕は何だか分からないけど悔しくなり、口を尖らせた。
 そして、鎮守の森の先には何も無いと言ったシゲちゃんの言葉は、やっぱりわざとついた嘘だったんだと思った。
 
 なぜって?
 その人は目が大きくて、すらっとしていて、少し大人で、それから花柄の白いワンピースが似合う、ちょっと秘密にしたくなるような、綺麗な人だったからだ。
 「この教室が一番ちゃんとした形で残っているから、いつもここで教えているのよ。探検に来て迷ったんでしょ。勉強していきなさいよ。ね、誰も来なくて、私も退屈してたから」
 そうしてその人は、僕の先生になった。

 教室に机は五つ。
 一つは先生が座る席。
 さっきみたいに窓際で頬杖をつくための席だ。
 そして残りが、夏休み学校の生徒の数だった。
 先生はわざわざ他の教室から、僕の為の机と椅子を運んできてくれた。
 「五人目の生徒ね」と言って笑った後、この学校の最後の卒業生の席がそのまま残っているのかと思った事を話す僕に、ゆっくりと首を振った。
 「最後の卒業生は二人だった。一人は私。卒業するのは寂しくて悲しかったけれど、中学生になる事は嬉しかったし、それから、学校が無くなってしまう事が悲しかったな。マイナス1プラス1マイナス1で、やっぱり悲しい方が大きかった気がする。もう十年以上経つのね」
 先生が少し目を細めると、瞳の中の光の加減が変わって、ちょっぴり大人っぽく見えた。
 「さあ、何を勉強しましょうか。 何が好き?」
 僕は考えた。
 「算数が嫌い」
 先生は僕の冗談に笑いもしないで、「うん、それから?」と言った。
 「社会と国語と理科と家庭科と図工と音楽が嫌い」
 僕が並べた一つ一つに頷いた後、先生は「よし、じゃあぴったりなのがあるわ」と黒板に向かった。
 小さくてかわいい黒板だ。
 チョークを一つ摘まんで、キュッと線を引く。
 『世界四大文明』
 そんな文字が並んだ。

 先生の字はカッコ良かった。
 今までのどんな先生よりもカッコいい字だった。
 だからその世界四大文明という言葉も、凄くカッコいいものに思えて、なんだかワクワクしたのだった。
 「世界史って言ってね、あなたが学校で習うのはまだ先だけど、算数も国語も社会も理科も嫌いなら、勉強自体が嫌いになっちゃうじゃない。勉強する事なんて、まだまだ他にたくさんあるんだから、自分が好きになれるものを見つけるのも、きっと大事な事だと思う。ノートも取らなくていいから、気楽に聞いてね」
 そうして先生は、僕に世界史の授業をしてくれた。
 初めて体験する授業はとても面白く、先生の口から語られる遥か遠い昔の世界を、僕は頭の中にキラキラと思い描いていた。
 
 やがて先生はチョークを置き、「今日はここまで」とこちらを向いた。
 エジプトのファラオが自分のピラミッドが出来ていくのを眺めている姿が遠のき、僕は廃校になったはずの小学校の教室で、今日であったばかりの先生と二人でいる事を思い出す。
 「どう、面白そうでしょう」と聞かれたので、うんうんと頷く。
 先生はにっこりと笑うと、「よかった。実は私、大学で史学科専攻だったの。準備無しだから、算数以外だとこれしか出来なかったんだな」と言って、ペロリと舌を出した。
 その仕草がとても可愛らしくて、僕はショックを受けた。
 つまり、まいってしまったのだ。
 「もうお昼ね。今日はおしまい。明日はもっと早く来なさい」
 だからそんな先生の言葉にも、あっさりと頷いてしまうのだった。
 
 なんだか、ふわふわしながら校舎をあとにして、広場ならぬ校庭で振り返った僕を、二階の教室の窓から先生が手を振って見送ってくれた。
 ぶんぶんと僕も負けないくらい手を振ったあと、明日も絶対来るぞと心に誓って帰路についた。
 やっぱり帰るには、あの鎮守の森を抜けなくてはならない、と聞かされた時はゲッと思ったけれど、今日あった事を思い返しながら足を無意識に動かしていると、気がつくと森を抜けていた。
 来るときはあんなに薄暗くて怖い感じがしたのに、今度はやけにあっさりと通り抜けてしまったものだ。
 
 そのあと僕はイブキの木のある家に帰って、ばあちゃんが作ってくれたそうめんを食べ、放り投げていた宿題を少しやってから昼寝をして、ヨッちゃんとその友達に混ざって缶蹴りなどをしていると一日が終わった。
 
 その夜、シゲちゃんがいない家はやけに静かで、電気を消してから、僕は蚊帳越しに天井の木目を見上げて、今日出会った先生と、あの小さな学校の事を考えた。
 今朝、勉強なんか嫌いで外に飛び出したのに、今は早くあの学校に行きたくて仕方がなかった。
 なんだか不思議だった。

 次の日の朝。
 朝ご飯を食べるとすぐに僕は家を出た。
 ヨッちゃんにやっぱり「どこ行くの?」と聞かれたが、「どっか」とだけ答えて振り切った。
 今日はリュックサックは無し。
 保存食がいるような大冒険ではないと分かったからだ。
 
 昨日と同じように鎮守の森に入り、薄暗い木のアーチを潜ったけれど、今日はそんなに怖くなかった。
 誰もいない畦道を抜け、坂道を登ると学校が見えてくる。
 その二階の窓辺に先生がいる。
 頬杖をついてぼうっと外を見ている。
 僕は手を振る。
 今度はすぐに気づいてくれた。
 「いらっしゃい」
 「今行きます」
 そうして教室に入る。
 
 今日も他の子供達は来ないみたいだ。
 手持ち無沙汰だった先生は嬉しそうに僕を迎えて、「昨日の続きからね」とチョークを握った。
 シュリーマンがトロヤ遺跡を発掘した話から始まって、エーゲ海に栄えたミケーネ文明が滅びた後、鉄器文化の時代に入ると、ギリシャではたくさんのポリスという都市国家が生まれた、という事を学んだ。
 その中から、アテネやスパルタといった有力なポリスが現れて、東の大帝国アケメネス朝ペルシアの侵攻に対抗したのがペルシア戦争。
 ペルシアを撃退した後に、各ポリスが集まって結成したのがデロス同盟。
 
 その盟主アテネと、別の同盟を作ったスパルタが戦ったのがペロポネソス戦争。
 衆愚政治に陥って弱体化したアテネやスパルタに代わって台頭してきたテーベ……。
 『テーベ』
 先生のチョークがそこで止まる。
 教壇に立つ背中が硬くなったのが分かった。
 どうしたんだろうと思う僕の前で、先生はハッと我に返ると、すぐに黒板消しを手に取って、『テーベ』を『テーバイ』に書き直した。
 何事もなかったかのように先生は、その後テーバイはアテネと連合して、北方からの侵略者マケドニアと戦ったけれど敗れてしまい、時代はポリスを中心とした都市国家社会から、マケドニアのアレクサンドロス大王による巨大な専制国家社会へと移っていった、と続けた。
 その書き直しの意味は、その時には分からなかった。
 ただ先生の背中がその一瞬、重く沈んだような気がしたのは確かだった。
 
 ヘレニズム文化の説明まで終わって、ようやく先生は手を止めた。
 「疲れたね。ずっと同じ科目ばかりっていうのも飽きちゃうから、今度はこんなのをやってみない?」
 そう言って渡されたのが、算数の問題が書かれた紙。
 ゲッと思ったが、よく見ると案外簡単そう。
 「どこまで進んでいるのか分からないから、少し難しいかも」
 そんな事はないですぜ。
 とばかりにスパッと解いてやると、先生は「凄い凄い」と手を叩いて、「じゃあ、これは?」と、次の紙を出してきた。
 余裕余裕。
 え? さらに次もあるの? 今度は正直ちょっと難しいけど、なんとか分かる気がする。
 僕は鉛筆を握りしめた。
 そうして、いつの間にか世界史の授業は算数の授業に変わり、たっぷりと問題を解かされたところでお昼になった。
 「また明日ね」

 帰り道。
 結局『嫌い』だと明言したはずの算数を、いつの間にかやらされていた事に首を捻りながら歩いた。
 算数の問題はプリントじゃなく手書きで、それを解いていると、なんだか先生と会話しているような変な気になる。
 それほど嫌じゃなかった。
 また明日行こうと思った。
 
 そうして僕と先生の夏休み学校が続いた。
 朝は世界史の講義。
 次に算数。
 それから、いつの間にやら漢字の書き取りが加わっていた。
 他の子は誰も夏休み学校に来なかった。
 「悪い風邪が流行っているから、あなたも気をつけてね」と言われ、僕は力強く頷く。
 世界史の授業は面白く、走りばしりではあったけれど、歴史の魅力を十分僕に伝えてくれた。
 算数や漢字の書き取りの時間はあんまり楽しくはなかったけれど、出来てその紙を先生に見せる時の、あの誇らしいような照れくさいような感じはキライじゃなかった。
 僕が問題を解いている間、先生は窓辺の席に腰掛けて折り紙を作っていた。
 それは小さい折り鶴で、ある程度数がまとまってから、先生は糸を通した鶴達を窓にかけた。
 「みんな早く風邪が治ればいいのにね」
 そしてまた次の鶴を折るのだった。
 僕は不謹慎にも、風邪なんか治らなくてもいいよと心の底では思っていた。
 先生との二人だけの時間を、もっと過ごしたかった。
 でも、僕が机の上の問題にかかりっきりになっている間、窓辺に座る先生の横顔は寂しそうで、その瞳が窓の外をぼうっと見るたびに、なんだか僕は切なくなるのだった。

 「言葉が違うね」と僕に言った先生自身も、その言葉には訛りがほとんど無かった。
 高校に入る時東京に出て、大学も東京の大学に受かって、ずっと向こうで暮らしていたらしい。
 それが東京で就職も決まっていたのに、実家のお母さんが倒れたというので、全てを投げ打って帰ってきたんだそうだ。
 その話をしてくれた時、先生の瞳の光は曇っていた。
 「私の家は母子家庭でね、お母さん一人を残して出て行っちゃった時、やっとこんな田舎から離れられるって、それしか考えてなかった。なんにも言わずに仕送りをしてくれてたお母さんが、どんな思いでこの田舎で働いていたか、全然考えてなかった」
 だから今は臨時教員などをしながら、家で母親の看護をしているのだそうだ。

 僕はお邪魔した事はないけれど、校舎の隣の小さな家に二人で暮らしているらしい。
 先生には、何かやりたいことがあったんだろうと思う。
 それを捨てて、今はこうして田舎で子供達を教えている。
 小さなオンボロの学校で。
 手作りの問題集で。
 
 お昼になって僕が帰る時、先生はいつも二階の窓から身を乗り出して手を振った。
 「明日も来てね」と。
 僕はいつか夏が終わるなんて、考えていなかったのかも知れない。
 蝉の声が耳にいつまでも残っていて、晴天の下をポッコポッコと歩いて、通る人の影も無い道を、毎日毎日ワクワクしながら通い続けた。

 林間学校からシゲちゃんが帰ってきても、午前中だけは彼らの遊びの誘いに乗らなかった。
 「そろそろ宿題やんないとヤバイ。うちの学校ごっそり出るんだ」と言うと、「大変だな」と頷いて、シゲちゃんはそれ以上無理に誘ってこなかった。
 このあたりにも、親分としての器量が伺える。
 ただ、朝から外に飛び出して行くシゲちゃんが、いきなり帰ってくる事はまず無かったけど、念の為に「あ、でも気分転換に散歩くらいするかも」と、予防線を張っておくことも怠らなかった。
 僕は何となく鎮守の森を越えて行く夏休み学校の事を、他の人に知られたくなかった。
 特にシゲちゃんに知られてしまうと、先生と二人だけの時間をぶち壊しにされてしまいそうで。
 先生もシゲちゃんの事を知っていたし、シゲちゃんが鎮守の森の先を『なんにもないよ』と嘘をついた事が、ずっと気になっていたのだった。
 朝から遊びに行くシゲちゃんを見送ってから、こっそりと家を抜け出すのだけれど。
 午後からはきっちりシゲちゃん達と遊びまわったし、特に怪しまれる事はなかったと思う。
 問題は妹のヨッちゃんだ。
 毎朝「どこ行くの?」と聞いてくる。
 そのたびに「散歩」とか、適当な事を言って追い払うのだけれど、家から抜け出すたびに尾行されてないか、途中で何度も振り返らなくてはならなかった。
 
 世界史の講義は、ローマ帝国の興亡からイスラム世界の発展へと移り、先生の作る折り鶴もだんだんと増えて、教室の窓に鈴なりになっていった。
 休憩の時間には、僕も習いながら鶴を折った。
 僕はコツを教えてもらってもヘタクソで、変な鶴が出来た。
 全体的に歪んでいて、あんまり不格好で悔しいので、せめてもの格好付けに、羽の先をクイッと立てるように折った。
 戦闘機みたいに。
 先生はニコニコと笑いながら、その鶴も飾ってくれた。
 朝から雨がポツポツと降り始めていたのに、鎮守の森を抜けるとカラッと晴れていた事があって、先生は僕のその話を聞いた後、「山だからね」と頷いてから、「でもあの森って、不思議な事がよくあるのよ。私も子供の頃に……」と、怪談じみた話をしてくれたりした。
 先生の白い服の短い袖から覗く腕は、細くて頼りない。
 トカイもんの手だ。
 先生は僕の知っている先生と比べても若すぎて、まるで近所のお姉ちゃんみたいだった。
 でも、そんなお姉ちゃんの口から、マルクス・アウレリウス・アントニヌスだとか、ハールーン・アッラシードなんて名前がパシパシと出てきて、それが変にカッコよかったのだった。

 そして、その日がやってきた。

(つづく)

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 それから三日くらい、僕らはひたすら川で泳ぎ回っていた。
 とにかく暑かったからだ。
 川は海よりも体が浮かなくて、しかも流れがあるので、岸に上がった時にドッと疲れる感じ。
 その川には小さな橋が架かっていて、その上から飛び込むのが僕たち子どもの格好の度胸試しになっていた。
 僕も泳ぐのは得意だったし、川底も深かったのでしばらく躊躇した後、見事に頭からドブーンとやってやった。
 プシューと水を吹きながら、他のみんなと同じように水面に顔を出すと、橋の欄干の上にプロレスラー宜しくシゲちゃんが立っているのが見えた。
 「見てろ」と言って、シゲちゃんはみんなの視線を集めながら宙を舞った。
 歓声と光と水に溶けていく体温。
 太陽の中に僕らの夏があった。
 
 そうしているうちに、やがて僕が一人で遊ばなくてはならない日がやってきた。
 シゲちゃん達6年生が、みんな2泊3日で林間学校に行くのだ。
 僕も連れて行って欲しかったが、学校行事なのでどうしてもダメらしい。
 リュックサックを背負って朝早くに家を出るシゲちゃんを見送って、今日からの三日間をどうしようかと考えた。
 家は農家だったので、おじさんとおばさんとじいちゃんは、朝ご飯を食べたあと軽トラに乗って仕事に行ってしまう。
 ばあちゃんがゴトゴトと家の仕事をする音を聞きながら、僕は持ってきていた宿題を久しぶりに開いた。
 広い畳敷きの部屋で、大きな机の真ん中に頬杖をつく。
 何ページか進むと、もう飽きる。
 宿題なんて、夏休み最後の三日くらいでやるものと決まってる。
 それまでに、やらなくてはならない他の事があるんじゃないのか?
 鉛筆が、コロコロと転がる。
 縁側の向こうの庭には太陽がさんさんと照っていて、こちらの部屋の中がやけに暗く感じる。
 寝転がったり、宿題を進めたり、また休んだりを繰り返していて、ふと時計を見ると朝の九時。
 まだ九時なのだ。
 お昼ご飯まで三時間以上ある。
 ダメだ。
 どうにかなってしまう。
 
 僕は、一人で行ける場所を考えた。
 いつもみんなでは行かない場所がいいな。
 図書館とか。
 あれこれ考えていると、ふと頭の隅に鎮守の森の神社が浮かんだ。
 そして、カンバツされていない木々の下の翳りの道。
 その先に、まだ道は続いていた。
 またムクムクとその先へ行ってみたい気持ちが、わき上がってきた。
 あの森の中では萎えてしまったその気持ちが、もう一度強くなってくる。
 一人でも行けるさ。
 どうってことない。
 そうだ。
 午前中に、今すぐに行こう。
 日の高いうちなら、そんなに恐くないはずだ。
 思い立ったら、すぐに身体が動いた。
 宿題のノートを畳んでから支度をする。
 リュックサックを担いでいると、その気配を感じたのか、シゲちゃんの妹のヨッちゃんが、襖の隙間からじっとこちらを見ていた。
 「どっか行くの?」
 瞬間、僕はこの子も連れて行ったらどうかなと考えた。
 でもすぐにそれを振り払う。
 冒険に女は連れて行けない。
 何が待っているか分からないのだから。
 「郵便局に行くだけ」と言うと、「ふうん」とつまらなそうにどこかへ行ってしまった。
 ようし。
 邪魔者も追い払った。
 僕は意気揚々と家を出る。
 
 太陽の照りつける畦道を北へ北へと向かうと、こんもりとした山の緑がだんだんと近づいてくる。
 昔、入山料を取っていたというころの名残で、ある木箱が朽ち果てている所が入り口。
 峰を登らずに、山の麓に沿って道が通っている。
 ザクザクと土を踏みしめて前へ前へ進むと、だんだんと木の陰で頭上が薄暗くなってくる。
 念のために持ってきた方位磁針をリュックサックから取り出して、右手に持ったまま休まずに足を動かす。
 時どき山鳩の声が響いて、バサバサと葉っぱが揺れる音がする。
 それから蝉の声。
 それも怖くなるほどの大合唱だ。
 チラリと見上げると、葉の隙間からキラキラと光の筋が漏れている。
 ずっと上を向いて音の洪水の中にいると、ここがどこなのか分からなくなってくる。
 なんだか危険な感じ。
 慌てて前を向いて歩きだす。

 途中、山に登る横道がいくつかあったけれど、なんとか迷わずに鎮守の森の神社まで辿り着けた。
 一応お参りしておくことにする。
 気に囲まれた参道を進み、小さな鳥居をくぐる。
 古ぼけた建物がひっそりと佇んでいるその前に立ち、お賽銭箱にチリンと百円玉を投げ込む。
 やっぱり良い音だ。
 神社の中には人の気配はない。
 誰か通ってきて手入れをしたりしているのだろうか。
 くるりと回れ右をして、元来た参道を辿る。

 途中で、小さな池があるのに気付いて横道にそれた。
 鳥居の横あたりだ。
 水面ではアメンボがすいすいと泳いでいるけれど、水の中は濁っていてよく見えない。
 雨が降らない間はきっと干上がるんだろうな、と思いながら顔を上げ、参道に戻る。

 サクサクという土の音を聞きながら歩いていると、何か大事なものを忘れた気がして振り向いた。
 そこには鳥居があるだけだったけれどそういえば帰りに鳥居をくぐっていないなと思い出す。
 まあいいやと思って先へ行くと、だんだんと変な、ぐるぐるした感じが頭の隅にわいてきて、それがどんどん大きくなってきた。
 なんだろう。
 気分が悪い。
 景色が妙に色あせて見える。
 僕はキョロキョロと辺りを見回したい気持ちを抑えて、光と影が交互にやってくる参道を早足で抜けた。
 どうしよう。
 戻ろうか。
 そう考えたけれど、また逃げ帰るのはシャクに触る。
 どっかから勇気がわいてこないかと待っていると、お賽銭箱に百円玉を入れたチリンという音が耳に蘇ってきた。
 ようし、百円だからな。
 前は十円。
 今日は百円だ。
 そんな感じで無理やり勇気を引っ張り出して、帰り道の反対方向へ足を向けた。
 ザンザンと土を踏んで歩く。

 蝉の声は相変わらずやかましくて、辺りは薄暗くて、どこまでも同じように曲がりくねった道が続いている。
 道の先には誰の足跡も無い。
 時々振り返るけれど、地面には僕の足跡が付いているだけ。
 カーブのたびに、誰か僕じゃない人の姿が木の陰に隠れたような気がするけれど、きっと錯覚なのだろう。
 だんだん道は狭くなり、倒れた気がそのまま放っておかれて、キノコなんか生えちゃっているのを見ると、やっぱりこの先は、ただの行き止まりじゃないかと考えてしまう。
 リュックサックに詰めた保存食料、まあそれはクッキーやリンゴだったのだけれど、そういうものが役に立つような事が無いように祈りながら、方位磁針を見たり、振り返ったり、チリンという音を思い出したりして、僕は歩き続けた。

 やがて一際暗い木のアーチが、まるでトンネルの幽霊のように現れ、僕は少しだけ足踏みをしてから、その奥に吸い込まれて行く。
 なんという名前の木だろう。
 分厚い葉っぱが頭の上を覆いつくして、光がほとんど漏れてこない。
 時々暗がりから白い手がスイスイと揺れているのが見えた気がして、身体が硬くなる。
 足元を見ると、僕の足は確かに今までと同じ土を踏んでいて、その上に立っている限りは大丈夫だと自分に言い聞かせながら、ほとんど走るようなスピードでそのトンネルを抜けた。
 ぱあっ、と目の前が明るくなる。
 白い雲がぽつんと空に浮かんでいる。
 その下には緑の眩しい畦道が伸びている。
 畑がある。
 山の上にはいくつか家が見える。
 ツバメが飛んでいる。
 カエルが鳴いている。
 僕は、はぁっ、と息を吐きだして、それから吸い込む。
 なんだ、別の集落に通じているじゃないか。
 シゲちゃんめ。
 嘘こきやがって。
 そう思って、自然に軽くなる足を振り上げ畦道を進む。
 でもよく考えると、途中の森の中に何もなかったのは確かだ。
 ううむ。
 嘘つきだと言ってやっても、へこませられるか自信が無いな。
 ふと思いついて振り返ると、さっき抜けた森の入り口がぽっかりと暗い口を開けている。

 帰る時にまたあそこを通るのかと思うと、少し嫌な気分になったけれど、ひょっとすると他に道があるかも知れないと考えて、とりあえず誰かこのあたりの人を探す事にした。
 ヒマワリが咲いている道をキョロキョロしながら歩いていると、そこは山に囲まれた案外小さな集落だと気づく。
 段々畑が山の斜面に並んでいて、埋もれるように家がポツンポツンとある。
 道には太陽が降り注ぐばかりで、他に歩く人の影も見えない。
 僕は勾配のなだらかな坂道を登って、大きな屋根が見えている場所へ向かった。

 汗を拭いながら登りきると、そこには広い庭と木造二階建ての古そうな家があった。
 とても大きい。
 庭も、庭というより広場みたいな感じ。
 隅っこの方に鉄棒と砂場が見える。
 あれ?
 なんだか学校みたいだなと思ったけれど、学校にしては小さすぎる。
 少なくとも僕の知っているものよりは。
 その時、二階の窓に誰かいるのに気が付いた。
 風が吹いて僕の髪が揺れるのと同時に、その人の髪も揺れた。
 黒くて長い髪。
 白い服。
 女の人だ。
 窓際に頬杖をついて、ぼうっと広場の隅を見ている。
 なんだか胸がドキドキした。
 僕は広場の真ん中に突っ立って、その人を見上げていた。
 でもいつまで経っても、その人はこっちに気づく気配はなかった。
 僕は方位磁針をポケットにしまってから、「あのぅ」と言った。
 あんまり声が小さかったので、すぐに「すみません」と言い直した。
 それでもその人は気づいてくれず、ぼうっとしたまま外を見ていた。
 なんだか恥ずかしくなってきて帰りたくなったけれど、もう一回声を張り上げた。
 「すみませぇん」
 次の瞬間、何かが弾けたような感じがした。
 その人がこっちを見た。
 わ、どうしよう。
 確かに、パチンという感じに世界が弾けたのだ。
 その人は最初驚いたような顔をして、次に、ぼうっとしていた時間が去ったのを惜しむような悲しい顔をして、それから最後にニッコリと笑うと、「こんにちは」と言った。

 僕にだ。
 僕に。
 「どうしたの?」
 その人は窓から少し乗り出して、右手を口元に寄せる。
 「ここはどこですか?」と、僕はつまらない事を聞いてしまった。
 何かもっと気の利いた事が言えたらよかったのに。
 「ここはね、学校なの」
 「え?」
 「がっ・こ・う。 ね、上がってこない? すぐそこが玄関。 下駄箱にスリッパがあるから、履いてらっしゃい」
 「は、はい」と、僕は慌ててその建物の玄関に向かった。
 
 開けっ放しの扉の向こうに、埃っぽい下駄箱と板敷きの廊下があった。
 電気なんかついていなかったけれど、ガラス窓から明るい陽射しが差し込んできて、中の様子がよく見えた。
 左右に伸びる廊下には、『一、二年生』や『三、四年生』と書いてある白い板が壁から出っ張っていて、その向こうは小さな教室があるみたいだった。
 玄関の向かいにはすぐに階段があって、僕は恐る恐る足を踏み出す。
 何しろ片足を乗っけただけで、ギシギシいう古ぼけた木の階段なのだ。
 狭い踊り場の壁には、画鋲の跡と絵か何かの切れ端がくっついていた。
 二階に着くと、一階と同じような板敷きの廊下が伸びていて、その左手側の教室から、さっきの女の人が手を振っていた。
 「いらっしゃい」
 僕はなんて返事したらいいか困った挙句、「どうも」と言った。
 その人はくすりと笑うと、「ここはね、昔は小学校だったの。今はもうやってないけど。子供が減ったのね」と、僕を教室の中に誘った。
 白い壁には『六年生』と書いてあった。
 小さな教室には机が五つあった。
 それが最後の卒業生の数だったかも知れない。
 僕はたくさんの机がぎゅうぎゅうに詰まっている自分の学校の教室を思い浮かべて、なんだか目の前のそれがオモチャのように見えて仕方がなかった。

(つづく)


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師匠から聞いた話だ。


 長い髪が窓辺で揺れている。
 蝉の声だとかカエルの声だとか太陽の光だとか地面から照り返る熱だとか、そういうざわざわしたものをたくさん含んだ風が、先生の頬をくすぐって吹き抜けていく。
 先生の瞳は、まっすぐ窓の外を見つめている。
 僕は、なんだか落ち着かなくて鉛筆を咥える。
 こんなに暑いのに、先生の横顔は涼しげだ。
 僕は、喉元に滴ってきた汗を指で拭う。
 じわじわじわじわと、蝉が鳴いている。
 乾いた木の香りのする昼下がりの教室に、僕と先生だけがいる。
 小さな黒板には、チョークの文字が眩しく輝いている。
 三角形の中に四角形があり、その中にまた三角形がある。
 長さが分かっている辺もあるし、分かっていない辺もある。
 先生の描く線はスッと伸びて、クッと曲がって、サッと止まっている。
 思わずなぞりたくなるくらいの綺麗な線だ。
 それからセンチメートルのmの字のお尻がキュッと上がって、実にカッコイイ形をしている。
 「三角形の中の四角形の中の三角形の面積を求めなさい」と言われているのに、そんな事がとても気になる。
 それだけの事なのに、本当にカッコイイのだ。
 mのお尻に小さな2をくっ付けるのがもったいない、と思ってしまうくらい。
 「出来たの?」
 その声に、ハッと我に返る。
 「楽勝」
 僕は、慌てて鉛筆を動かす。
 「と、思う」と付け加える。
 先生は一瞬こっちを見て、少し笑って、それからまた窓の外に向き直った。
 背中のはげかけた椅子に腰かけたままで。
 僕は小さな机に目を落としているけれど、それが分かる。
 また、蝉の声だとかカエルの声だとか太陽の光だとか地面から照り返る熱だとかが風と一緒に吹いてきて、先生の長い髪がさらさらと揺れた事も。
 白い服がキラキラ輝いていたことも。
 二人しかいない教室は時間が止まったみたいで。
 僕はその中にいる限り、夏がいつか通り過ぎるものだなんてことを、なかなか思い出せずにいるのだった。


 
 小学校六年生の夏だった。
 夏休みに入るなり、僕は親戚の家に預けられる事になった。
 その母方の田舎は、電車をいくつも乗り継いでやっとたどり着く遠方にあった。
 小さい頃に一度か二度連れてこられる事はあったけれど、一人で行かされるのは初めてだったし、「夏休みが終わるまで帰ってこなくて良い」と言われたのも、当然初めての事だった。
 厄介払いされたのは分かっていたし、一人で切符を買う事や道の訊ね方について、それほど困らないだけの経験を積んでいた僕は、むしろ「帰ってこなくて良い」の前に、「夏休みが終わるまで」がくっついていたことの方に安堵していた。
 
 田んぼに囲まれた畦道を、スニーカーを土埃まみれにしながらてくてく歩いて行くと、大きなイブキの木が一本垣根から突き出て、葉を生い茂らせている家が見えてきた。
 この地方独特の赤茶色の屋根瓦が陽の光を反射して、僕は目を細める。
 その家には、おじさんとおばさんとじいちゃんとばあちゃんと、それからシゲちゃんとヨッちゃんがいた。
 おじさんもおばさんも、親戚の子供である僕にずいぶん優しくしてくれて、「うちの子になるか?」なんて冗談も言ったりして、二人とも農作業で真っ黒に日焼けした顔を並べて笑った。
 じいちゃんは、頭は白髪だったけど足腰はピンとしていて、背が高くて、「ガハハ」と言って僕の頭をぐしゃぐしゃに撫でたりして、それが痛かったり恥ずかしかったりするので、僕はその手から逃げ回るようになった。
 ばあちゃんは、小さな体にチョンと夏みかんが乗っているような可愛らしい頭をしていて、何かを持ち上げたり布巾を絞ったりするときに、「エッヘ」と言って気合を入れるので、それがとても面白く、こっそりマネをしていたら本人に見つかって、怒られるかと思ったけれど、ばあちゃんは「エッヘ」と言って本物を見せてくれたので、僕はあっという間に好きになってしまった。

 シゲちゃんは名前をシゲルと言って、僕と同い年の男の子で、昔僕がもっと小さかった頃にこの家に遊びに来た時、僕を子分にしたことを覚えていて、僕はさっぱり覚えていなかったけれど、まあいいやと思ったので子分になってやった。
 ヨッちゃんは名前をヨシコと言って、シゲちゃんの二つ年下の妹で、目がくりくりと大きく、おかっぱ頭の元気な女の子で、僕の顔や服の裾から出ている体の色が白いのを見て、「トカイもんはヒョロヒョロだ」と言ってバカにするので、そうではない事を証明するのに、泥だらけになって日が暮れるまで追いかけっこをする羽目になった。
 
 トカイもん。
 田舎に来てまず感じたのが、この言葉のむずむずする肌触り。
 僕には決してトカイの子などという認識はなかったのであるが、この小さな村の子供達からすると、テレビのチャンネルがNHKの他に三つ以上映ると言うだけで、それは十分トカイの条件を満たしてしまうようだった。
 シゲちゃんはそのトカイもんを、さっそく地元の悪ガキ仲間に引き合わせてくれたので、とにかく毎日ヘトヘトになるまで僕らは一緒に駆け回り、泳ぎ回り、投げ回り、逃げ回った。
 小学生最後の夏休みなのだ。
 アタマが吹っ飛ぶくらい遊ぶのは、子供の義務なのである。
 タカちゃんやらトシボウやらタロちゃんなんかと仲良くなった僕は、どいつもこいつもそろって足が速い事、そしてまた、並べてフライパンで焼いたように色が黒い事に、いたく感心した。
 なるほど。
 「トカイもん」と自分達を区別したくなるのも分かる気がする。
 僕の周囲にいた子供達とは、少し違っている。
 朝早くから虫カゴと網を持って山に入ったかと思うと、ヒグラシが鳴き止むまで下界に下りてこず、いざ帰ってきた時には、手作りの大きな虫カゴが満タンになっているのだけれど、その夜それぞれの親に、早く家に帰らなかったことについてコッテリ絞られた後だというのに、次の日には、また颯爽と朝早くから虫カゴと網を持って山に駆け上って行く、という具合だ。

 その中でも、シゲちゃんはとびきりのやんちゃ坊主で、それになかなかの親分肌だった。
 いばりんぼで喧嘩っ早かったけれど、子分のピンチには一番に駆け付けて「ヤイヤイ」と凄んだり、「逃げろ」だとか「とにかく逃げろ」とか言った的確な指示を出して、僕らを窮地から救い出してくれたりした。
 背丈は僕と同じくらいだったけれど、ギュウギュウに絞った雑巾のような筋肉が全身に張り付いていて、その足が全力で地面を蹴った時には、大きな水たまりを楽々と飛び越し、あとから飛んだ僕らの足が水溜りの端っこで泥水を撥ねるのを、振り返りながら鼻で笑ったものだった。
 ただ、そんなシゲちゃんの親分っぷりの中にも、生来のイタズラ好きが首をもたげてくると、僕らはその奇抜さ、迷惑さに閉口した。
 山で見つけた変なキノコを、「キノコの毒は火を通せば大丈夫」などと言って、うっかり信じたトシボウに食べさせた時など、腹を抱えて昏倒した挙句に、医者に担ぎこむ騒ぎになったし、落とし穴づくりに関しては、それはそれは恐ろしい『穴の中身』を用意する事で知られていた。

 ある時は裏山の竹やぶに僕らを集め、何をするのかと思っていると、シゲちゃんは「あ、人が落ちそう」と、崖の方を指さして叫んだ。
 見ると、確かに誰かが竹やぶの端っこから落ちそうになって、竹の子に毛が生えたような細い竹にしがみついている。
 それは、今にもポキリと折れそうに見えた。
 わあわあ言いながら慌てて駆け寄ると、なんとそれはワラと布で出来た人形で、シゲちゃんに一杯食わされた僕らは怒ったり、あんまりその人形がよく出来ていたので感心したりしていたけれど、間の悪い事に、山菜を採りに来ていた近所のおばさんが、そのシゲちゃんの「人が落ちそう」を耳にして、遠くから僕ら以上に慌てて人形に駆け寄ってきたものだから、途中で竹の根っこに躓いてスッテンコロリンと転がり、危うく崖から落っこちるところだった。
 僕らはそのおばさんに叱られ、それぞれの家で叱られ、とにかく散々絞られたのであるが、シゲちゃんはさらに人形の出来が良すぎたせいで、カカシの作成をじいちゃんに命じられ、家の田んぼと畑のカカシを全部作り直させられていた。
 
 その間シゲちゃんは遊びにも行けずに、うなだれながらカカシをせっせと作っていたのだけれど、その眼の奥には、次のイタズラを考えている光がぴかりと灯っていて、僕らにはそれが、頼もしかったり迷惑だったりしたものだった。
 
 
 田舎暮らしにもすっかり慣れて、シゲちゃん達ほどではないけれど、僕の体にも日焼けが目立ち始めたある日、「鎮守の森へ行こう」というお誘いがかかった。
 鎮守の森は、北の山の峰に沿ってズンズン分け入った奥にある。
 高い山に囲まれているせいで、太陽が東や西よりにある時間そのあたりは昼間でも暗くて、真上に昇っている時でも、生い茂るクスノキやヒノキの枝や葉っぱで光が遮られ、その森の底を歩く僕らには、ほんのかけらしか漏れてこない。
 それだから、シゲちゃんとタロちゃんの後を追いかけて、ようやく鎮守の森の中央にたたずむ神社を見つけたときには、なんだか厳粛な気持ちになっていた。
 今まで太陽の熱が暴れ回る場所で遊んでいたのに、ここは黒い土に地面が覆われ、空気はしっとりしていて、身体の中から冷えていくような感じがする。
 それまでに登った他の山や森ともどこか違う。
 「カンバツもほとんどしとらんから」と、シゲちゃんは言った。
 その頃はカンバツと言うのが何なのかよく分からなかったけれど、きっとそれをしないのは、ここが鎮守の森だからなのだろうというのは理解できた。
 ひっそり静まり返った参道を通って、(後から思い出すと、蝉がうるさいくらいに鳴いていたはずだったのに、確かにその時はそう思ったのだった)ちんまりした神社の本殿に辿り着く。
 光も影も斜めに屋根や板壁に走り、それがずっと何百年も昔からそこにそうやって張り付いているような気がする。
 時々サラサラと葉っぱの形に揺れて、そんな時にようやく僕は時間の感覚を取り戻した。
 「チャリン」
 と音がしてそちらを向くと、賽銭箱の前にシゲちゃんが立っている。
 ボロボロで苔が生えていて、誰かがお賽銭を回収しているのかどうかも怪しい。
 
 実は江戸時代からのお賽銭がごっそりと溜まっているんじゃないかと覗いてみたけれど、暗くてよく分からず、それでもごっそりと溜まっている感じでも無かったので、どうやらここへ参拝に来る人自体がめったにいないんだろうと僕は考えた。
 そして、ズボンのポケットから10円玉を取り出して投げ入れる。
 その神社に何の神様が奉られているのか誰も知らなかったけれど、「チリン」というとても良い音がしたので、僕はその音に手を合わせた。
 やがて「もう帰ろうぜ」とタロちゃんが言って、境内から出たがり始める。
 心なしか内股でもじもじしている。
 どうもおしっこを催してきたらしい。
 口ばかり達者なくせに怖がり屋な一面があるタロちゃんは、この鎮守の森の奥深くに眠る神社の聖域を、おしっこなんかで汚してしまう事に恐れを感じているようだった。
 要するにビビってたわけだ。
 僕とシゲちゃんはタロちゃんを苛める事よりも、その場を離れる事を選んだ。
 僕らも僕らなりに、その森に何か近寄りがたいものを感じていたのかも知れない。
 
 クスノキが枝葉を手のように伸ばす薄暗い参道を抜け、また黒土の山道に出る。
 気が焦っているタロちゃんが、「あれ、どっちだっけ?」とキョロキョロしていると、シゲちゃんが「こっち」と、元来た道の方を正しく指さした。
 僕はふと、反対方向へ抜けるもう一つの道に目をやった。
 道はすぐに折れ、木立の群に飲み込まれてその先は見えない。
 この道の先はどこに通じているのだろう。
 むくむくと好奇心が湧き上がってくる。
 「こっちは何があるの?」
 そう聞くと、シゲちゃんは「なんにもないよ」と言って、さっさと元の道を戻り始めた。
 僕はその奥に行ってみたい誘惑にかられたけれど、一人で鎮守の森に残される心細さがじわじわと胸に迫ってきて、その場に立ちすくんでしまった。
 そうしていると、いきなりバサバサと頭の上の木のてっぺん辺りから大きなものが飛び立つような音と気配がして、思わず見上げると、その瞬間に覆いかぶさるような木の枝や葉っぱやそこから漏れる光の繊維が、ぐるぐると僕の視点を中心に回り出したような感覚があった。
 頭がくらくらしたのとビビったのとで、森の奥へ行ってみたい気持ちは引っ込み、一目散にシゲちゃん達の後を追いかけた。

(つづく)


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・落書き、ねつ造でした  深くおわびします

 (朝日新聞 1989/5/20 朝刊)

 4月20日付の本誌夕刊一面に掲載された「サンゴ汚したK・Yってだれだ」の写真撮影について、朝日新聞社はあらためて真相調査を続けてきましたが、「K・Y」とサンゴに彫り込んだ場所に以前から人為的な損傷があったという事実は認められず、地元ダイバーの方々が指摘されるように、該当カメラマンが無傷の状態にあった沖縄・西表島のアザミサンゴに文字を刻みつけたとの判断に達しました。
 このため、本社は社内規定により19日、撮影を担当した東京本社写真部員(当時)本田嘉郎を同日付で退社処分としたほか、関係者についての処罰を行いました。
 自然保護を訴える記事を書くために、貴重な自然に傷をつけるなどは、新聞人にあるまじき行為であり、ただ恥じ入るばかりです。
 関係者、読者、並びに自然を愛する全ての方々に、深くお詫びいたします。
 取材の二人退社・停職 監督責任者も処分 この事件につき、朝日新聞社はさる15日付でとりあえず関係者三人を処罰するとともに、東京本社編集局長、同写真部長を更迭するなどの措置を取りました。
 しかし、本田写真部長(16日付で編集局員)らの行為は当初の報告よりもはるかに重大・悪質である事が明らかになった為、さらに19日付で本田を退社処分にしたほか、水中撮影に同行し、本田の行動に気付いていた西部本社写真部員村田昇は停職3か月としました。
 また、監督責任、出稿点検不適切などで専務取締役・編集担当中江利忠、東京本社編集局次長兼企画報道室長桑島久男、西部本社写真部長江口汎、東京本社写真部次長福永友保はそれぞれ減給、西部本社編集局長松本知則は譴責とする処置を取りました。
 本田に対する退社は、いわゆる懲戒解雇に当たる、最も厳しい処分です。
 (3面に、本社がこれまでに行った調査結果を掲載しました)

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結局、数人の関係者の処分でサンゴねつ造事件は終息に向かう事になるが、忘れてはならないのは、もし地元のダイバーの抗議が無ければ、このねつ造記事は、何の問題も無くスルーされていたという事だろう。
 朝日新聞はその体質的に、全く証拠が無くても、記事をでっち上げる事を頻繁に行っている。
 そしてこの事件の後も、大方の予想どうり、本来のねつ造体質は変わる事は無く、引き続き数々のねつ造事件を引き起こす事になるのである。

 (つづく)

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・おわび 本社取材に行き過ぎ 西表島沖のサンゴ撮影
 (朝日新聞 1989/5/16 朝刊)
 4月20日付の朝日新聞夕刊一面に掲載した写’89「地球は何色? サンゴ汚したK・Yってだれだ」に関し、地元の沖縄県竹富町ダイビング組合員から「サンゴに書かれた落書きは、取材者によるものではないか」との指摘がありました。
 本社で調査をした結果、取材に行き過ぎがあったことが分かりました。
 西表島崎山湾沖にあるアザミサンゴの周辺一帯に、いくつかの落書きがありました。
 この取材に当たったカメラマン二人のうち一人が、そのうちの「K・Y」という落書きについて、撮影効果を上げる為、うっすらと残っていた部分を水中ストロボの柄でこすり、白い石灰質をさらに露出させたものです。
 同海域は巨大なアザミサンゴが見つかった為、海中特別地区に指定されております。
 この取材は本来、自然破壊の現状を訴え、報道する事が目的でしたが、この行為は、明らかにこれに反する行き過ぎであり、朝日新聞社として深くお詫びいたします。
 朝日新聞社は15日付で、取材カメラマンと責任者である東京本社の編集局長、写真部長に対し、処罰の措置を取りました。

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実際には、うっすらとした傷すらも無かったのに、あくまで傷自体はあったと主張し、悪あがきとも取れる謝罪文を掲載したが、その後、傷自体、もともと存在しない事が判明してしまい、結果的に自分の首をさらに絞める結果となった。

(つづく)

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・地球は何色? サンゴ汚したK・Yってだれだ
 (朝日新聞 1989/4/20 夕刊)

 これは一体なんのつもりだろう。
 沖縄・八重山群島西表島の西端、崎山湾へ、直径8メートルという巨大なアザミサンゴを撮影に行った私たちの同僚は、この「K・Y」のイニシャルを見つけたとき、しばし言葉を失った。
 巨大サンゴの発見は、七年前。
 水深15メートルのなだらかな斜面に、お椀を伏せたような形。
 高さ4メートル、周囲は20メートルもあって、世界最大とギネスブックも認め、環境庁はその翌年、周辺を、人の手を加えてはならない海洋初の「自然環境保全地域」と「海中特別地区」に指定した。
 たちまち有名になったことが、巨大サンゴを無残な姿にした。
 島を訪れるダイバーは年間3000人にも膨れ上がって、よく見るとサンゴは、空気ボンベがぶつかった跡やらで、もはや慢心傷だらけ。
 それも容易く消えない傷なのだ。
 日本人は、落書きにかけては今や世界に冠たる民族かも知れない。
 だけどこれは、将来の人たちが見たら、80年代日本人の記念碑になるに違いない。
 100年単位で育ってきたものを、瞬時に傷つけて恥じない、精神の貧しさの、すさんだ心の……。
 にしても、一体「K・Y」ってだれだ。


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 いかに沖縄に観光客が多く訪れようと、意味もなくサンゴに傷をつける日本人はほとんどいない。
 まして、スキューバダイビングを行うほど海が好きならば尚更そうだろう。
 案の定、この記事を不審に思った地元のダイバーが調査を行った結果、朝日新聞記者が自分でサンゴに傷をつけた自作自演のねつ造である事が判明した。
 地元ダイバーの講義を受けてねつ造を認めた朝日新聞だったが、最初の謝罪がデタラメである事がバレて、さらに火に油を注ぐ結果となった。
 記事の中に、「精神の貧しさの、すさんだ心の……。」と口先だけはもっともらしい事が書いてあったが、皮肉にも、一番精神が貧しいのは、朝日新聞社自身であったことが証明される事件となった。

(つづく)

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さて、今回は「HoloBox」についてです。

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声で話しかけるだけで、音楽を聴いたり情報収集が出来る便利なスマートスピーカー。

円筒形のデザインでリビングルームに置いて使う事が一般的ですが、最近ではディスプレイを搭載し、「スピーカー内臓タブレット」のような形状の製品も出てきています。

でもスピーカーに話しかけても、レスポンスが音声だけではさみしいですよね。

日本ではスピーカーにホログラムで映像を投影、アイドルとまるで会話のようにコミュニケーションが図れるバーチャルホームロボット「Gatebox」が今年になって発売されました。

立体的に見える3D映像は、バーチャルながらよりリアリティーが感じられます。

スマートスピーカーへのホログラムディスプレイ搭載は、韓国のSKテレコムも同様の製品を開発中です。

ホログラムの商用製品への応用展開はスマートスピーカーが最初になるかも知れません。

 





SKテレコムの「HoloBox」は365mmx170mmの円柱形

内部ディスプレイの解像度はHDで、Ultra Short Throwプロジェクションを使いホログラム投影を行います。

また本体上部にはカメラが付いているので、こちらの動きを感知する事も出来るようになるのです。

SKテレコムは既に自社開発のスマートスピーカー「NUGU」を販売中で、このHoloBoxにも同じAIエンジンが搭載されます。

ニュースの検索・読み上げや今日の予定の通知、家電製品のON/OFFなどのコントロール、さらにストリーミング音楽サービスのおすすめの曲を流すなど、既存のスマートスピーカーと同じ事が一通り出来るようになっています。

 





ホログラムで投影されるキャラクターは、100種類以上の表情を持つとの事。

また韓国らしく、K-POPアイドルのホログラムを使う事も出来ます。

韓国大手の芸能プロダクション「SMエンターテインメント」と提携している為、将来は様々なアイドルのホログラムを追加で購入する事が出来るようになるのでしょう。

ARにも対応し、スマートフォン上でホログラムのアイドルをステージ上で歌わせるといった事も可能。

HoloBox内のアイドルが、自分の手元のスマートフォンの画面の中へ移動してくるのです。

eMarketerの調査によるとアメリカのスマートスピーカーの利用者数は、2018年にスマートウォッチなどのウェアラブルデバイスユーザー数を超えるそうです。

インタラクティブかつリアルなコミュニケーションを可能にしてくれるホログラム搭載スピーカーの種類も、これから増えていくでしょう。

さて、今回は「ケーブルレスで空を飛ぶ超小型ロボ」についてです。

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電力供給用のケーブル無しに羽ばたく超小型の「ハエ型ロボット」を、米大学の研究チームが開発した。

極小のソーラーパネルにレーザー光線を当てて発電するこのロボットが進化して飛び回るようになれば、ドローンに出来ないような調査活動やデータ収集が可能になるかも知れない。

その仕組みと動きを紹介する。

マサチューセッツ工科大学(MIT)で人工知能(AI)を研究していたロドニー・ブルックスアニタ・フリンは、1989年にゾッとするような予言をした。

「数年後には、安いコストで数億個の超小型ロボットを製造し、惑星を侵略出来るようになるだろう」と述べたのだ。

この予言は、『Fast,Cheap and out of Control:A Robot Invasion of the Solar System(高速かつ安価:制御不能なロボットによる太陽系の侵略)』という論文に掲載された。

小型で自律性のある「ハエ型ロボット」を安いコストで大量に生産し、様々な問題を解決できる日が近いうちに実現するというのが、この論文の主張だった。

それから30年近くたった今、ブルックスとフリンが予言したような超小型ロボットが数億個も飛び回る世界は訪れてはいない。

しかし、世界中で7億台を超える「iPhone」が使用されているのを考えれば、彼らの見立てがある程度は正しかったと言える。

だが、ブンブンと音を立てながら素早く飛び回る、自律性がある超過型ロボットはまだ夢物語だ。

地面から離陸した後に飛行し、着陸できるハエサイズのロボットは存在するが、常に外部からの電力を必要とする。

しかし、この状況はもうすぐ変わる可能性がある。

 



・レーザーで発電して羽ばたく超小型ロボ

ワシントン大学で機械工学を研究するソーヤー・バックミンスター・フラー教授(ジオテックドームを発明した著名な建築家バックミンスター・フラーとは別人)は5月15日、飛行範囲や動きを制限するケーブルを必要としないハエ型ロボットを開発したと発表した。

彼らはロボットに超小型のソーラーパネルを搭載し、レーザー光線で電力を供給する事に成功したのだ。

フラー教授の目標は、人類の最も実用的な発明品である回転機構を使わず、生物学的原理に従って動くロボットを作る事だった。

電動の動力機構を利用した最新の電気機器は、何らかの回転機構を必要とする。

一方、生物は波を作るように羽を動かす

人間も腕を上下に振って波のような動きをする事は出来るが、腕を軸にして前後に回転させる事は出来ない。

フラー教授のロボットも羽をヘリコプターのように回転させるのではなく、ハチドリのように素早く羽ばたかせる。

このハエ型ロボットは体が小さい為、モーターを使うものと比べて消費電力は少ない。

しかし、それでも多くの電力を必要とする。

市販の電池では、このハエ型ロボットが飛ぶ電力を供給出来ないのだ。

「補聴器用電池のサイズがぴったりだが、電力が弱すぎるのです」と、フラー教授は説明する。

この為、電源コンセントの電気よりも高い電圧をレーザーで供給しているが、ロボットに届く電力はおよそ4分の1に減ってしまう。

電力を供給する方法としては「きわめて非効率」だ。

しかし、「このハエ型ロボットが飛ぶには、そこまで多くのパワーを必要としません」とフラー教授は説明する。

ただし、ハエ型ロボットを電線から解放したからといって、今すぐ果樹園で花粉を集めてもらう事は出来ない。

ロボットに充分な電力を供給するには、ロボットから7フィート(約2.1m)以内の距離にレーザー発射装置を置かなければならないのだ。

また、レーザー光線は電線とは違って、人間の目に有害だ。

この為ロボットを自由に飛び回らせて、西部開拓時代にあちこちでリンゴの苗を植えた人物として語り継がれるジョニー・アップルシードのように、自由に活動させるのは難しいだろう。

それでもこのロボットは、ハエという生物の動きを解明するのに役立つ。

「脳の仕組みを解明する対象としてハエは扱いやすく、優れた生命体です」とフラー教授は主張する。

「ハエの脳が動きをコントロールする仕組みを解明するのは、サルやネコと比べれば遥かに簡単で、扱いやすい問題なのです」

 



・ドローンには出来ない作業が可能になる

研究所の外で虫サイズの自律型ロボットを利用すれば、ドローンのような大きなマシンより実用的かも知れない。

電力の問題が解決するのは先になりそうだが、その時には一気に役立つ存在になっていく可能性がある。

空中で静止できるので、大きなロボットでは難しい調査活動が出来るのだ。

「ある地域に大量の虫型ロボットを解き放ち、データを収集出来るようになるかも知れません」と、パデュー大学で生物を模倣したロボットを研究するシンヤン・デンは語る。

未来の虫型ロボットは、非常に狭い空間に入り込んで偵察したり、汚染物質の漏洩を見つけ出したり、捜索活動を行ったり出来るようになるだろう。

「自然は何百万年という時間をかけて進化しました。人間はその自然から学び、一定の目標を達成するシステムを構築するのです」とデンは語る。

虫は、4億年かけて進化してきた。

研究が進めば、惑星を侵略出来るような超小型ロボットが誕生するかも知れない・・・。

さて、今回は女性型AIロボット『Sophia』についてです。

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ディズニーで「イマジニア」としての経験を持つデビット・ハンソン博士が立ち上げたHanson Robotics

ここで人間の知性を超える人工知能の開発を目指し、女性型ロボット「Sophia」の開発が続けられている。

ロボットが真に人間の感情を理解する日は訪れるのだろうか?

 



・感情を学習するロボット

「Sophia」はSXSW2016で初めて公開されたソーシャル・ヒューマノイド・ロボット

50種類以上の表情を表現しながら、リアルタイムで自然な会話を行う事が可能だ。

目の中にカメラを搭載し、視界に映る映像を処理して個人の識別にも対応。

彼女?の公式サイトでは「私は人間と共に暮らしたい」と書かれており、人間との交流を通じて、表現の背後にある感情を学習しているという。

 



・各界の著名人とインタビュー

世界中のメディアから注目されたSophiaは、各業界の著名人とのインタビューで洗練された受け答えを見せ、人々を驚かせた。

ロボットでありながら、ロボット関係のカンファレンスで登壇者として、プレゼンも成功させているSophia。

2016年10月には世界で初めて、サウジアラビアで市民権を獲得しており、人権すら確立したといえる。

 



・ハンセン博士の想い

Sophiaの生みの親であるハンセン博士は、人間の知性を超える機械を実現するには、人工知能に「創造性」「共感」「思いやり」を搭載する事が必要だと考えているとのこと。

この目標を目指して、Sophiaは人々との交流と、研究所での訓練により、日夜進化を続けている。

人間の特徴ともいえる「思いやり」「クリエイティビティ」

Sophiaのようなロボットが、人間の感情を真に理解する日が訪れるのは、そう遠くない未来なのかも知れない。

さて、今回は「グーグルの会話型AI」についてです。

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米グーグルの会話型AI(人工知能)は、最も賢い。

今年4月、米コンサルティング会社の調査は、そんな結論を導き出した。

調査ではグーグルの「グーグルアシスタント」のほか、アップルの「Siri(シリ)」、アマゾンの「アレクサ」、マイクロソフトの「コルタナ」を対象に、一般的な検索や道順、翻訳などの質問を投げかけた。

グーグルアシスタントは9割超の質問に「正確かつ完全」に答え、他の会話型AIを圧倒した。

そんなグーグルアシスタントが、「電話予約」のスキルも身に付けた。

スマートフォンやグーグルホームなどのスマートスピーカーに、「OKグーグル、火曜の朝10時から12時の間に美容室の予約を取って」と話しかけてみると・・・。

 



・自然すぎるAIの相槌に会場はどよめき

美容室店員:こんにちは、いかがいたしましょうか?

(Hi,how can I help you?)

 

グーグルアシスタント:顧客の為に、女性用のカットの予約で電話をしています。5月3日に空きはありますか?

(I'm calling to book a woman's haircut for a client. I'm looking for something on May 3rd.)

 

美容室店員:分かりました。少々お待ちください。

(Sure,give me one second.)

 

グーグルアシスタント:はーい。(Mm-hmm.)

 

5月8日、グーグルは年次開発者会議「I/O(アイ・オー)」の基調講演で、グーグルアシスタントによる電話予約のシステムを披露した。

まるで生身の人間のようなグーグルアシスタントの相槌に、会場の顧客からは驚きの声とともに大きな笑いが沸き起こった。

「5月3日の10時に予約が設定されました!」、グーグルアシスタントからお知らせが来れば完了だ。

この他、男性の声のアシスタントによるレストラン予約の様子も公開。

英語が完璧とは言えない店員を相手に、スムーズな会話を展開した。

さらに複雑な作業も可能だ。

ネット上に載っていないレストランの祝日の営業時間をアシスタントが電話で確認し、その情報をグーグル検索やマップに表示される店舗情報に投稿するといった事も出来るという。

「自然言語処理や機械学習、テキスト読み上げといった技術への長年の投資が可能にした」。

グーグルのスンダー・ピチャイCEOがそう力を込めた通り、「グーグルデュプレックス」と呼ばれるこの新技術には、これまでのAI研究の成果を結集させたといっても過言ではない。

グーグルは匿名化された通話データを自動音声認識技術で処理し、脳の神経回路を人工的に数式で表したニューラルネットワークを用いて、デュプレックスのモデルを作った。

ただ、1つのモデルが万能なわけでは無い。

美容院の予約、レストランの予約、祝日の営業時間確認という場面ごとにモデルを作らなければならなかった。

「これだけ自然な会話をAIで実現出来たのは、タスクを限っているからだ」(グーグル幹部)

 



・つなぎ言葉でより「人間」らしく

会話の内容だけでなく、自然な発声も重要だ。

音声合成技術を用い、会話の流れや文脈に沿ったイントネーションを実現した。

さらに、相手の発言を受けてアシスタントが次の発言を考える処理をしている間には、「Hmm」や「Uh」といった言葉で会話をつなぐ事で、『人間らしさ』を出したという。

「米国の小規模事業者の6割は、オンライン予約システムを持っていない。我々は、AIがこの問題の解決に一役買えると考えた」(ピチャイCEO)。

ユーザーにとっては、アシスタントに話しかけるだけで予約が出来るのだ。

さらに、聴覚に障害があったり、その土地の言葉が不自由だったりしても、簡単に予約が可能となる。

美容院予約、レストラン予約、祝日の営業時間の問い合わせ、これらの3機能は、今後数週間以内に米国の一般ユーザー向けに試験運用が始まる。

ただ、デュプレックスの発表後、人間そっくりに話すAIが自らの正体を明かすべきではないかとの声がネット上などで相次いだ。

これを受けグーグル側は、5月10日に声明を発表。

「(デュプレックスは、自らがAIである事を)開示する機能を組み込んで設計されており、システムの正体が必ず適切に分かるようにする。

I/Oで披露したものは初期段階の技術デモであり、製品化の過程でフィードバックを取り入れていきたい」と説明した。

デュプレックスで生かされた音声合成の技術は、もう一つの新機能を生んだ。

AIが人間の棋士に勝ったとして話題になった「アルファ碁」を手掛けるグーグル子会社のディープマインドが開発した音声合成システムを活用し、アシスタントが新たに男性、女性の6つの声を手に入れた。

アシスタントの声は、スタジオで録音した一定数のパターンから音声合成であらゆる言葉を話せるように開発されている。

今回6つの声の他に、『サプライズ』として米国の有名R&B歌手ジョン・レジェンドさんの声が加わることも発表された。

アシスタントを通して有名人と疑似的に話す事が当たり前になるかも知れない。

この他、発言のたびに「OKグーグル」と言わなくても会話が続くようになり、複数のお願いを同時にしたりといった新機能も今後加わる。

自然な会話を目指すアシスタントの開発は、着実に進んできた。

アシスタントを日常的に使おうとすると、ハードウェアは欠かせない。

グーグルは近年様々な部門に散らばっていたハードウェアの事業部をまとめ、製品群を急速に広げている。

2016年にはスマートスピーカーの「グーグルホーム」、スマホの「ピクセル」がそれぞれ米国で発売され、昨年はAIをフル活用できるノートパソコンやイヤフォン、小型カメラなども投入した。

 



・アシスタントが握るハードウェアの命運

「ここ数年でAIや機械学習の能力が上がり、グーグルの様々なアプリと共にリッチな体験を提供できるようになった」。

ハードウェア部門バイスプレジデントのスヴィア・コタリ氏は、製品群拡大の理由をそう語る。

アシスタントは、その体験の中心に置かれている。

アシスタント自体は、大きな収入を生んでいない。

だが洗練されれば、ハードウェアの魅力も高まる。

コタリ氏は、「我々はこのビジネスを大きくしたいという野望がある。ハードウェアは必ず、将来の収益成長の重要な部分を占めるようになる」と断言する。

グーグルアシスタントは、今後も会話型AIの先頭を走って行けるのか。

その成否は急成長を遂げるハードウェア事業、そしてグーグル全体の命運をも動かしそうだ。