レスリー・ゴーアの

「涙のバースデイ・パーティ」は1963年リリース

彼女のデビュー曲で2週連続全米1位を記録した

 

 

 

 

 

 

 

レスリー.ゴーアは

1946年ニューヨークで生まれた

幼少の頃から歌の上手い少女だった

父親が大手の水着会社を経営していて

かなりのお嬢様だったようだ

 

 

 

 

当時まだ16才だった彼女は

すでに第一線で活躍していた

音楽プロデューサー、作曲家の

 

クインシー・ジョーンズから

ボイス・レッスンを受けていた

 

 

 

 

1963年2月ジョーンズは200もの

デモ・テープをゴーアの自宅に持ち込み

離れの家でそれらのテープを聴き

二人が共に気に入った唯一の曲が

「涙のバースデイ・パーティ」だった

 

 

同年4月デビューシングルとして発売されると

同年6月全米1位の大ヒットになった

 

 

 

 

 

私のジョニーが

どこに行ったか誰も知らないの

ジュディも同時にいなくなったわ

どうして彼女と手をつないでいたの?

彼は私のもののはずなのに

 

 

自分のバースデイ・パーティで

彼氏の浮気を目撃してしまった女の子の

怒りや悲しみを歌っている

 

 

 

 

 

 

 

 

 

涙のバースデイ・パーティ/レスリー・ゴーア