私自身について、もっと語ろうと思います。(どうでもいいとか思わないでください。)
在日韓国人として生まれ育った、私。
何の、疑問も持たず、幼稚園~高校まで、民族学校というものに通った。
月謝は、高い。いわゆる、幼稚園から高校までエスカレーター式の私立の学校に通ったみたいなものだ。
周りの人間には「幼稚園から高校まで私立の学校に通ってました」というと、
「お嬢様なんだね」といわれる。あえて、何も言わない。(説明がややこしくなるからだ)
差別、のようなものを受けたこともある。
印象に残っていることは、病院でのこと。
私は、怪我の手術の後、病院に通っていた。そこで、会計待ちで座っていたところ、いきなり後ろに座っていた中年の男性に、座席をけられた。
「朝鮮人は日本の病院に来るな!」との罵声。
私は当時中学生、チマチョゴリという制服をきていたからだ。
隣に座っていた母が、ジロリとにらみつけ、私はただ、黙っていた。
しがない女子中学生に対して、なんとも情けない。今ならそう思える。
しかし、当時の私は、その現実に直面したとき、自分の存在について、深く考え始めた。
学校では、思想教育のようなものが当たり前に行われ、何も疑問に思わず、当たり前に感じていた。
その事件後、朝鮮民族としての誇りを持て!などと謳われていた中、わたしは誇りとはいったい何だろうと、疑問に思わずにいられなかった。
今なら、疑問など感じない。私が私である、誇り。
父と母の娘である、誇り。これが私の誇りだ。日本や韓国など関係ない。
いち人間としての、いち個人としての誇り。
いや、難しく語る必要なんてない、誇りだなんて。実際誇りなんて持てるほどの人間じゃないし。
ただ、私は私らしく、自分の正しいと思う道を、歩みたいと思う。
いつか、差別や偏見などない(まったくなくなることはないだろうが)そんな、世の中になることを心から願います。
ただ、私が望むことは、普通に愛し、愛され一緒にすごせることだけです。