たった今、日本からテキサス、オースチンの我が家に帰って参りました。２ヶ月間家を空け、来日前に完成させた池と滝が心配だったのですが無事でした。鯉も元気に泳いでおり、睡蓮の蕾が水面に出ていました。あ〜良かった。

さて、前回のブログに引き続き、連休中に途轍もない高僧に巡り遭った報告です。

５月１日に猫寺で有名な御誕生寺の住職で曹洞宗元管長の板橋興宗禅師に間近にお会いできました。禅宗曹洞宗の長は管長と呼ばれ、大本山永平寺および大本山總持寺の貫首がそれぞれ交互に就任致します。全国約15,000ヵ所寺ある曹洞宗の頂点を極めた方です。曹洞宗では禅師とは、永平寺、總持寺の貫首になられた方の尊称です。板橋禅師は1927年宮城県で生まれ、今年92歳になられました。東京帝国大学よりも難しいとされた海軍兵学校７６期の方です。海軍兵学校はバリバリの理系で、当然数学が優秀でなくては入れません。だから、物理学が何をやる学問であるかもご存知でした。戦後東北大学宗教学科をお出になり、２００２年に管長を辞し、それを契機に曹洞宗の太祖で總持寺派の派祖である瑩山紹瑾禅師（1268年生まれ）の生誕地帆山にあって一度荒廃した御誕生寺を福井県越前市に移して再興されました。

板橋興宗禅師と共に（２０１８年５月１日御誕生寺にて）

この猫寺は、バスで行くには最寄りの駅から早朝と夕方にほんの数本しか出ておらず、大変不便なところにあります。猫さえ見ていれば幸せな家内が数年前からこのお寺に行きたがっておりましたが、これほどの高僧がおられるのも知らずに、今回ついに思い切って泊まりがけで早朝バスをつかまえて行く決心をしたのでした。お寺の向かいの、近づくのも難しい崖のような急な斜面に植えてある木々が淡いピンクの花を咲かせていました。山の一角を平らに削ってお堂を建てたときに剥き出しになった崖に、禅師がご自分でお植えになったそうです。なんの木だと聞きましたが、知らんと言っておりました。あとで調べたらタニウツギの花でした。

禅師は全く偉ぶらず、陽気な爺さん然としておりました。肌もツヤツヤしており、お側に座っていると、とても歳を感じさせません。私が、

「なんで坊さんは皆長生きするんだ」

と聞いたら、

「贅沢なものを食わず、そして毎日禅の修行をしてるから頭も身体も健康なんだろう。戦争が終わって、わしの親父はわしを医者にしたがったんだが、もし医者になっていたら、ぶくぶく太ってわしはとっくに死んでいたはずだ」

と仰いました。

聞いたところによると、仏様はおらんと言う禅の坊さんも中にはいるとのこと。それで禅師にご意見を聞きたいとお伺いしたところ、

「仏様は我々の先輩じゃよ」

とお答えになりました。別に宣伝のつもりで猫の面倒を見始めたのではなくて、野良猫が可哀想だったから面倒を見てたら勝手に世間に知られてしまって、今日もこんなに寺参りの人がきていると楽しそうに話していました。目の前で猫を撫でている若い者を捕まえて、

「あんたのシャツには英語が書いてあるが、なんで英語で書いてあるのが好きなんだ」

なんて揶揄っていました。

大抵の修行僧は寺の後継の資格取りが動機だが、本気で仏門の修行をしたい若い者も時々いるとのことです。曹洞宗管長の時より今は座禅や若僧の指導三昧で、こっちの方が楽しいとも言っておられました。

「もちろん座禅ばかりでなく、お経も色々勉強したんでしょ」

と聞いたら、

「お経はリズムじゃよ」

と言って日本語に直されたお経の一つの出だしを即座にお唱えして、

「こんなんじゃリズムが取れない。それに日本語になっちまったらその意味が気になって、読経の邪魔になる。お経は意味なんか考えずリズムで読むもんだ」

とのご返事でした。仏典の意味をとことん理解した方だからこそ、ここまでキッパリと言い切れるのだと思いました。

「一頃はこの寺に猫も弟子ももっといたんだが、わしが老いるにしたがって、わしが面倒を見れるくらいのちょうど良い具合に、猫も弟子も数が減ってきた」

とも仰っていました。

「ところで、あんたは、なんで猊下なんていう言葉や海軍兵学校なんて知っているんだ」

と聞かれ、

「だから初めに猊下にお会いした時に、私は１２０％日本人のアメリカ人だと言ったでしょう」

と答えて置きました。

帰りのバスを話したら、若い僧や、たまたま暇つぶしに来たという禅師とお付き合いの長い檀家の老人を片端から捕まえて、この人を駅まで車で送ってやりなさいと、無遠慮に、でも陽気に声をかけてくださり、結局、その檀家の方に駅まで送ってもらいました。禅師とのご関係を聞いたら、若い頃悩み事があって禅師に相談したら、いろいろな人生のことを教えてもらうようになったのだと言うことでした。

折角の猫寺だ、禅師にあやかって、かの有名な歌を載せておきましょう。

山寺の和尚さんは

鞠は蹴りたし鞠はなし

猫を棺袋に押し込んで

チョンと蹴りゃニャンと鳴く

ニャンがニャンと鳴きヨーイヨイ

結局、私も棺袋に押し込まれて、禅師にニャンと鳴かされて来た気分です。

仏は先輩、お経はリズム：猊下のはずの爺さん