楽天って やっぱり頭にくる。 でも、これから一杯お金を使って、苦労するんだろうな。 某スポーツ新聞には、ライブドアが「悔しさを滲ませて」 とあったが、私が見る限りはそんな感じてはなかった。 一番得をしたのはライブドアだったのではないか。
NHKって・・・ ① 新潟中越地震報道で「避難生活を強いられる」 をニュースで連呼しているが、「強いる」というのは 人間が、強制的にかつ恣意的に他人に特定のことを 「強いる」ことであって、自然災害の結果、やむを 得ずしたくもない生活をしなくてはならない状態を表現 する言葉ではないし、私は自虐的なこの言葉が好きでは ない。 気がついたのか、昨日あたりからこの表現が減った 気はするのだが。 ② 不祥事ニュースを読むときには もう少し遠慮気味にして欲しい。NHKそのものが億単位の 制作費の横領をしておきながら、満足な謝罪もせず、民間 企業なら社長や担当役員が引責辞任している事案なのに 海老沢会長、理事誰一人辞任していない。 そんなNHKに他社の不祥事を得意げに追及する権利は ない。恥ずかしげに、「当社としては強く言えないのでが コクドは堤義明会長自らインサイダー取引の疑いが、しかし 一応責任をとって辞任の意向。当社の会長とはエライ違いです」 くらいの報道をして欲しい。
寝てもいいが迷惑をかけるな と言いたくなる女性客がいる。 この女は毎朝同じ電車に乗る。特技は寝ること。しかも 立ったままで。最初、気が付かなかったので、その女の 側にいたのだが、すぐに隣で眠り始めた。膝をガクガク させつつも全然平気で寝ている。 その内、首を左右にさせつつ眠るのだが、その度に 左右の人の洋服に口紅がつくのだ。私もその犠牲者の一人。 気持ち良く眠るのは勝手だが、周りに迷惑をかけるな。 以後、その女の側には絶対、いかないことにしている。
電車に乗るな!! 的な人がいるわけですよ。 朝の通勤電車で固定的に良く見かける人は5~6人いて、後は いつもメンバーが違う。 腹が立つ奴は2度目、前回の態度と全く一緒。基本 的には 40%位寝ているのだが、3分に一度ぐらい起きて、左右の人を 睨み付ける。そしていかにも不機嫌そうに顔をしかめて、また ねむりにつく。この繰り返し。 客観的に見て、左右の人はぜんぜん悪くなく、何で睨まれる のか分からず、こちらは不可解な顔に。 ようするに正しい姿勢で眠っていれば、左右の人にぶつかる こともなく眠れるのに、姿勢が悪いために自分から接触する 形になる。それを他人のせいにする。正しい姿勢で眠れない のだったら電車に乗るな!!周りの人の気分が悪くなる。
暇・ひま 私は何が苦手といって、暇ほど苦手のものはない。 ところが、今勤めている会社は超、超ヒマ。大手消費者金融 の100%子会社で、1年半のブランクの後、今年の3月に拾って もらいましたが、とにかくヒマです。私だけがヒマかというと そうでもなく、会社全体が゛ヒマヒマです。 幸い、社内LANにインターネットが接続されているので、 何とか時間つぶしができ、こんな意味のない文章なども入力 できています。しかし、このブログに掲載している方は人生に 前向きな人が多くてビックリです。
明日の分も 私は土日は浴びるほど酒を飲む。 従って明日はまともである保証はさらさら無いので 今日中に明日の分も書いておくことにする。 その日、午後3時ごろ常務から呼び出しを受け 現場に赴いた。 イヤー、すごいの何の!!!!!!!!!! 社長室は荒れ放題!!!!!!!!!!!!! 不動産会社の社長は秘書に手を付ける(女性には 失礼だが)癖があり、重なる悪弊に耐えかねた社長の 奥様が会社社長室に乱入、あたりかまわず投げる、壊す 等のご乱行。社長は近くのホテルに退避。 ご乱行回避の指揮を取る常務は全社員に早期に帰自宅 を指示、総務課であった私を始め数人が現場を見ることと 秘密保持を厳守させられることとなった。文章では表現 できないほど凄まじかったです。 その後私の知る限り3人の秘書がマンションを「親から」 貰いながら会社を辞めていった。
憶えていないくらい・・・転社しています。 1回目以降を思い出してみると 1.ビル管理会社・・・大卒初会社・・・約3ヶ月.?かな 2.サラ金会社・・・・・・・・・・・・約2年・・?かな 3.某大手子会社・・・・・・・・・・・約1年・・?かな 4.超弱小雑誌社・・・・・・・・・・・約2年・・?かな 5.不動産会社・・・大小不明・・・・・約7年・・?かな 6.某大生命保険会社・・・・・・・・・約2年・・?かな 7.物流会社・中小企業・・・・・・・・約8年・・?かな これ以後はバブル後で、今の会社にお世話になるまで、3社 から4社及び5社から6社ならびに7社から8社お世話に になったかなと思います。 フー~~結構忙しい我が人生だな。
死にそこない・・その2と3 私が2度目と3度目に死にそこなったのはJRで「押し屋」 のバイト中のこと。「押し屋」とは、朝のラッシュ時にお客 を電車の中に押し込む係りのこと。 田舎から上京して初めてのバイトだった。押し屋は押し込む だけでなく、ホームの掃除もしなくてはならない。2回目の 死にそこないは、ホームの掃除を終えて、関係者だけが許され ている通路(早い話が、レールをまたいで直線的に反対側の ホームに上がること)を左右を確認せずにホイホイ渡った瞬間 背後をピィピィと汽笛を鳴らしながら電車が通過していった。 当然、こっぴどく叱られたが。 3度目の死にそこないは、押し屋の本業でギュウギュウ詰に 押し終わったところ電車のドアが閉まったが私の手がドアに 挟まってしまった。ご存知の方もいると思うが、電車のドアの 開閉を確認できるようドアの上にランプがついていて、閉まると ランプが消えるようになっている。しかし、ドア部はゴム製で 多少のものならランプは消えてしまう。私の手もゴム部分に すっぽり挟まり、ランプが消え、電車は走り出した。私はドアに 手を挟まれたままホームを走る羽目に。助役が気が付いて後ろの 車掌に絶叫気味に連絡、ホームの端にある階段の壁に激突する 寸前で電車は止まり、激突死を免れた私は今日まで生き続けて いる。良かったのか悪かったのかは未だに分からない。
死にそこない・・その1 中越地震で行方不明だった2歳の男の子が奇跡的(生き残る使命 が彼にはあったのだと思いますが)に救出されました。 私も過去に(当たり前ですが)3度ほど死に損なったことが有り ます。今回はその1回目を紹介したいと思います。たいした人生を 送っていないので、これぐらいしかお話することがありません。 私は5人兄弟の末っ子として生れました。上の3人は女ということ もあり、もし、私が女であれば「間引き(秘密裏に抹殺。今では考えら れませんが、終戦後の貧しい田舎では行われていたらしい)」されて いたかもしれない、と母から聞かされましたが、幸い男として生れた ため生き延びることに成功し、兄弟の中で恵まれて(世間から見れば 不遇ですが)育ちました。 事件は、私が1歳になるかならないかというときに起きたようです。 (私自身は自覚がありませんので)当時私の守りは5歳上の姉がして いたようですが、ある日、突然、忽然と行方不明に。家族は勿論、 村中で捜索してくれたのですが2昼夜は不明のまま。3日目の昼に 村はずれの墓地の側溝に水に埋もれて半死の状態で発見されたよう です。 誰が、何のために、どのようにして、私をそうしたか(私の家は 引揚者[分からない方は50歳以上の方に聞いてください]だった ため、村の中の地位が複雑だったようです)はしばらくの間話題に なったようですが、保護者の姉が厳しく叱られてお終いに。 何れにせよ、生き残ったのですから何かしら「天からの意味」が あったのでしょうが、未だに「意味」が分からず、ウダウダと生きて いる私です。