それぞれの原動機より放たれる咆哮は心地よいリズムを刻み深山の谷間に染み入っていく・・・
頭の中は真っ白になり、ただ、鉄と風と咆哮と・・・
およそ、鉄馬に跨るより以前は想像だにしなかった世界が眼前に広がっている。
私「ああ、なるほど・・」
私は突然理解した。
この何とも文章で説明しづらい感じを共有しているのだな ・・・と思えるから鉄馬乗りは皆仲間意識が高いのだ。
今目の前を走ってるオガッチも後ろを追いかけてくるヒーちゃんも、きっとこの心地よい雰囲気を共有しているのであろう。
ところで、聡明な読者の方は、もうご存知だと思われるが、鉄馬乗り同士の挨拶をご存知だろうか?
無論すでに実践しておられる方も多数いるであろうが、私等は全く知らなかった。
そう 例の知らぬ者同士でも、道ですれ違う時などにピースサイン又は挨拶を交わすというものである。
初めて、この挨拶をされた時は少々たじろいだ。
何せ幼少の頃より「知らない人と話ちゃいけません」と祖母・母ともにキツク言いつけられてきたからである。
無論話をするわけでは無いのであるが、当初はよく挨拶される度に後ろを振り返ったりして、「一体誰に挨拶しておるのか?」等といぶかしんだものである。
おそらくは相手の失笑を買っていたであろう。
今では随分落ち着いて挨拶を返せる程度にまで成長し、時にはこちらから進んで挨拶をすること等もあったりするのだ。
相手が返してくれなかった時等は、何だか一人遊びっぽくて恥ずかしく、いっそこの場で壮絶に転倒してやろうか・・・・などと考えたりするのだが。
きっと、これらの鉄馬乗り同士の挨拶等も、このえもいわれぬ快楽世界を共有しておる仲間意識から発生しておるのであろう。
幾人かの鉄馬乗りと、そのような挨拶を交わしてるうちに、いよいよ我が鉄馬隊は次の目的地に到着した。
熊野本宮大社である。
もはや、何の説明もいらぬであろう。
昨今めでたく世界遺産の拝命を賜った例のアレである。
我が地元和歌山の宝といえよう。
ちなみに、鳥居の前でたたずむご婦人は、我々一行とは一切関係ないのであしからず・・
しかし、さすが世界遺産に登録されるような場所は貫禄があるというか、鳥居の奥に続く荘厳な木立の道を眺めるにつけ、悠久の時の流れと偉大な先人達の信仰心のようなものに触れた気がして、眩暈を覚えた。
オガッチ「ほっほー さすがに雰囲気あるなあ 奥の石段なんて何段くらいあるんやろな?」
私「さあ? でも、パッと見でも相当あるっすな。 まあ俺は何度か来てるんで、あえて上るような真似はしませんが。(笑)」
オガッチ「うん、わえ(←和歌山弁では自分の事をこう呼ぶ)も、ちょっと・「上ろらよ、俺初めてやし」
私「・・・・・・・・・・」
オガッチ「・・・・・」
何とも空気の読めぬオヤジ殿である。
言いたい事は無論わかる、ここまできて上らぬ手はないであろう。
初めて来たのならなおさら。
・・・・・が、しかし
暑かったのだ、皮で武装した私の体は抜群の保温効果を生み体温を下げる為に体中の穴という穴から、ラジエーターの如く汗を噴出していた。
オガッチにいたっては、加えて風邪気味である。
せめて、いくなら一人で行け 待っててやるから・・・・・・そう言いたかったのだが、そこは一番の年長者の意見、くみ上げぬ訳にもいかず、渋々承知した。
その時のヒーちゃんは私には、こう見えた。
↑かなり凶悪そう
無言で歩き続ける事10分程、ようやく本殿が見えてきた。
熊野の神様が鎮座まします社である。
さすがに、ある種の神々しい雰囲気が全体に漂っていた。
無宗教・無信仰の私もさすがに居住まいをただされる感じである。
一応お約束の賽銭とお祈りをすませ、足早にこの地を離れようとする我々。
・・・・そう、次の目的地こそ今回の到達目標である、渡瀬温泉 大露天風呂なのだ。
折りしも、熊野の神様に会う為に大汗かいたところである。
早く深山の湯治場で、湯に浸かりたいと願うくらいは許されるであろう。
オガッチ「・・・ゲホッ ガホッガッ ゴホッ」
同志一名がやけに弱ってはいるが。
我々は世界遺産を背中に見つめ、急ぎ湯治場へと駆け出した。
ここからはもう、そう遠くはない距離なのである。
私は、ここ熊野の風景を目に焼き付けながら、漂白の民「サンカ」の事に思いを馳せていた。
「サンカ」とは、原日本人とでも言うべき存在で、我々大和民族が大陸より入植するより前から、この日本に住んでいた土着の民族である。
その詳細に関しては、あらゆる書籍等で・・・・・・・・・(中略)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
であるからして、つまり我々人類の歴史とは漂白の歴史に他ならぬのではないか?と私は常々考えている。
時は過ぎ文明の恩恵に最大限あやかる我々現代人でも、鉄馬に跨り古代の香り残す地を巡れば、個人が覚えていなくても、その体が、細胞が、DNAが、刻み込まれた記憶を思い出すのではないだろうか。
きりよく自分のワンマン思考にケリがついたところで、ついに最終目的地である渡瀬温泉 大露天風呂に到着した。
お決まりのポーズで、その年代の古さを露見してしまっているオガッチではあるが、実はこの時、既に死に掛けていたという。
気丈にも元気に振舞うその姿は、どこか哀愁を誘い色を失った彼の顔を見るにつけ例えようのない漠然とした不安に襲われ泣きたくなったりした。
・・・・が、そこはそれ。
私「さすがにでかいっすな~! 和歌山で一番でかいくらい?」
ヒーちゃん「いや でかいのなら そら川湯の仙人風呂しかでかいで(笑)」
オガッチ「・・・・・・・・・」
私「あ そうですな。 仙人風呂にゃかないませんわな。 また、そこも行かなあきませんな。」
ヒーちゃん「おやおや 忙しいですな(笑)」
オガッチ「・・・・・・・・」
温泉を前に浮かれまくっている私とヒーちゃんの後ろを無言でついてくるオガッチ。
オガッチ「・・・・あかんわ。二人で入ってきて。」
私「え?」
ヒーちゃん「あら?」
オガッチ「多分、今風呂入ったら出てきた時に動けんくなりそう・・・ここで横になって待ってるわ。」
ついにここにきて、風邪がピークに悪化したようである。
勿論、共にここまで鉄馬を駆ってきた同志一名をおいて、自分たちだけ風呂に浸かろう等と考えるなど言語道断。
三人で来たのだから三人で入るのが道理といえよう。
ヒーちゃん「・・・んじゃ、ゆっくり入ってくるから、オガッチもゆっくり寝てて」
私は、あまりの衝撃に失禁しそうになった。
一体どういう神経をしておるのか? この中年青年には友愛がかけておるのではないか?
私は憤懣やるかたないといった面持ちで、この小さく丸い生き物から視線をはずさずにいたのだが、
オガッチ「ういっ 横になってるんで、ゆっくり入ってきて。早くでてこんでいいっすよ。」
等とオガッチが間髪いれず答えたので、
「・・・・ふむ、まあ本人も変に気を使われるよりは、その方が楽かもしれぬな」
と考え、仕方なく風呂に浸かる事にした。
我々は早々と脱衣所にて皮の鎧を脱ぎ去り真っ裸で露天風呂へと直行した。
無論、浸かる前に全身鏡でビルダーポーズを取る事も忘れてはいない。
・・・・・・・・・・・・心地いい・・・・
秋の高い空と山あいをたなびいて流れる風、目を閉じ視界を遮断すれば、今まで気づかなかった様々な音が耳膜を震わせ・・・・心地よい。
私は日本人である事を心より感謝した。
一体どれほどの時間そうしていたであろうか・・・気がつくと少々のぼせ気味になっている自分に気づき湯船からあがる。
見ると、小さな丸い生き物が、トドのように湯船のへりに寝そべっている。
・・・・・瞬間、童心に返りいたずらをしてやるのもよいかもな
等と考え色々案を練ってみたのだが、「顔に濡れタオル・・・・ダメだ、逝ってしまう・・ドリフよろしく頭上から洗面桶を落とす・・・・シャレで済まぬな・・・・」
いい案が浮かばぬうちにヒーちゃんが起きてしまった。
ヒーちゃん「そろそろあがる? もう結構長い事入ってるで。オガッチもゆっくり練れたんちゃう?」
私「そうっすね。ボチボチでましょか。少々うだってきましたわ。」
山の景色の写りこんだ風呂の湯面が波紋で揺らぐ。
我々は風呂を背に脱衣所に入り、再度鎧を見にまとった。
私「おまたせっす~」
ヒーちゃん「ええ湯やったで~」
オガッチ「あ もうでてきたん? わえすっかり寝てたわ・・・・お 何か調子いいかも」
私「そら よかった。まだ、こっから帰らないけませんからな。」
心の中で、そう語りかけつつ鉄馬の原動機に火を飛ばした。
そう、まだ全工程の半分しか走ってないのである。
これから、もうひとつ寄り道をして、帰路につくのであるが、距離は結構ある為回復しておくに越した事はない。
我々は、ソフトクリームをほう張り糖分を補給してから鉄馬へと跨った。
皮を着込んだ鉄馬駆り達が寄り添う様にソフトクリームをほうばる様は滑稽であったのだろう。
随分と好奇の視線を浴びたが、そんな事は気にしないのが鉄馬乗りの心意気であろう。
次は帰りのルートの途中にある「谷瀬のつり橋」に寄る予定である。
日本一長いか高いか 確かそんなつり橋であったと記憶している。
さあ、我が愛鉄馬よ いよいよ折り返し地点を通過だ。
最後まで気持ちよく俺を運んでくれよ。
・・・・その④ 完結編へ続く・・・・・