前田慶次と古道具屋。
慶次が市中をぶらりと歩いていると、
古道具の店先に珍しい銘の入った見事な鐙が片方だけ売りに出ていた。
慶次はいたくそれを気に入り、
「いくらだ?もう片方は無いのか?」
と店主に尋ねたが店主がないと答えると、
「じゃあしょうがない。惜しいけど買う訳にはいかないな。」
とこぼして帰路についた。
この古道具屋の店主は、かなりの曲者で、どうにかして慶次に鐙を買わせようか思案し、
密かに別な古道具屋に頼み、その店に件の鐙を売り物として出してもらった。
そうとは知らぬ慶次が、また町をぶらりとしていてこの鐙に気付いた。
慶次、「お! こいつは前に欲しかったあの鐙の片割れか?」
慶次は鐙の右か左かも確かめずに高額で品を買い取ると、
以前に鐙が売られていた古道具屋に急いで向かった。
慶次、「店主! 先日来た者だ! あの時の鐙をくれ!」
店主はすっとぼけて慶次に答えた。
店主、「いやあ残念でしたね。欲しい方がいてあの鐙は売れてしまったんですよ。」
古道具屋の主に一杯食わされた慶次の話。
「米沢の昔話」より。
ある日、安田能元の使者がやって来る事を聞いた前田慶次は小姓に、
「安田の使者が来たら菓子には焼き米を出しておけ。」
といいつけた。
間もなくその使者がやって来たので、小姓は言いつけ通りに焼き米を出した。
慶次は安田の使者が焼き米を食べている最中に、頃合いを見て障子を開け、
“安田の使者か”と、出し抜けに大声で驚かすつもりだった。
大抵の者ならば驚き慌てふためいて、
焼き米を噴き出すか喉に詰まらせむせるところであろう。
慶次はそれを見て楽しむつもりだったが、
安田の使者は焼き米を悠然と咀嚼し飲み込むと、
顔を整え両手を前に揃えて静かに、
「主人より使いを申しつけ参りました。」
と何事もなかったかの様に平然と一礼し、主から言われた口上を述べた。
それを見た慶次は白けた顔をして、不機嫌そうにそれを聞いていた。
『米沢地名選』より。
好物。
前田慶次が加賀国にいた頃、高野道安といった隠士がいた。
道安はもっぱら茶の湯を好み、
ある時、人に、
「私は食事が無くても、お茶があれば十分に幸せです。」
と語った。
この話を伝え聞いた慶次は、道安を屋敷に招くと色々な茶を進めた。
やがて日が暮れ道安は空腹になって来たが、一向に夕食が出る気配がない。
仕方なく道安が屋敷の小姓に尋ねると、小姓が茶を道安に進めて来た。
その様子を伺っていた慶次が不意に物陰から現れて、道安に言った。
慶次、「夕餉より、お茶ですよね?」
道安はすっかり困ってしまい、早々に暇乞いをして逃げ帰てしまった。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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