基本的にはくだらない記事ばかり書いてますが
今日はちょっとだけ真面目に
人はいろいろなモノから影響を受けながら生きてます。
それは友達だったり、親兄弟だったり
本や音楽、時には動物や昆虫
草木などの自然からかもしれないないですね。
私も多かれ少なかれ、周りから大小様々な
影響を受けながら生きてきたけれど、
生きる事について考えさせられたのは
とある歌からでした。
偶然聞いたEPOさんの百年の孤独。
もうタイトルからしてスピリチュアルな香りが漂うこの歌。
実際に曲調もそんな感じを醸し出してますw
でも素敵な曲ですよ
今でも普通に聞く一曲です
かなりダイレクトな歌詞なので
この単語はこういう事を示唆してるんじゃないか?
と言うような変な勘ぐりなく理解できます。
ちなみに内容ですが、
自分がどこから来てどこに戻ろうとしてるのか?
いつかこの世から去る時
周りの人に本当のありがとうやごめんなさいを
いう時の気持ちはどんな風だろうか?
と言う感じの内容なんですね。
初めて聞いた時、10年ちょっとの短い人生経験とは言え
それまでにありがとうやごめんなさいは数え切れないほど
口にしてきたけど、「本当のありがとう」
「本当のごめんなさい」ってなんだろう?
って、ふと考えてしまいました。
別に適当にありがとうやごめんなさいを言ってたわけではなく
今まさに意識が薄れて亡くなっていく瞬間
この気持ちを残したい!と言う想いから出てくる
「ありがとう」と「ごめんなさい」に比べたら
今までの感謝や謝罪が本心からのものであったとしても
到底そのレベルにはおよばないと思ったんですね。
そう考えたら、人生と言う時間の重さに鳥肌が立って、
私がその瞬間を迎える時の気持ちってどんなんだろう?
私にはその言葉を伝えたい相手が出来るのだろうか?
その人たちはその瞬間に私のそばにいて
私の言葉を受け入れてくれるのだろうか?
ありがとうって言う時、私の人生は良かったなって満足出来るのだろうか?
って思ったんです。
今(当時)は、これから将来の夢(就職)に
向けて勉強をしていて、
そこをある意味終点と言うか、電車でいうと
その点が一番勢いがある状態で、
その後は惰性で最後まで走っていくような感覚・・・
きっとあの職業についたらこんな風になって、
そこで伴侶が見つかって、両親が
築いた様に私も家族を作っていく、
と言う、未知のものに対する「輪郭がぼやけた推測」を
持って目標に向かって生きていたけど、
そうじゃないのかも?
生まれてから死ぬ瞬間に向かうのではなく
息をひきとるその瞬間が人生の頂点になる様に
そこを起点にして人生を若い方に遡っていく
人生設計をした生き方をするべきなのかも
と、なんとなく感じたんです。
もちろん人の人生はどうなるかわからないし、
勝手に平均年齢から推測して80歳頃を
人生の頂点と設定したところで
そうなる保証なんて何もない。
そんなに穏やかで、見送る方も
お疲れ様でしたと言えるような
ある意味「優しい死」を
迎えられる人なんてほとんどいないと思う。
そういう状況的な事ではなく、
自分がなんらかの形で亡くなる瞬間、
人生の走馬灯を感じ、ありがとうと
愛する人に言いたくなる瞬間に意識を
もっていって、こういう人生だったから
私はまだ見ぬ愛する人達に対して
感謝ができるようになり、その人達も
私と一緒にいてくれたのだろうと言う感じで
少しずつ人生を巻き戻していけば
最終的なゴールで感謝ができる人生になるのかなと思ったんです。
これを考えた時点で言えば、
将来の夢(就職)も、死ぬ時も
未来を想像すると言う意味では同じなので
何が違うのかと思うかもしれないけれど、
なんというか、死ぬ時点から見た時
就職する自分も、結婚する自分も、子供ができる自分も
すべての瞬間が「過去」になりますよね。
もちろん今この瞬間も、「今」であると同時に
「過去」にでもなるわけです。
結局、私は小さいころから目指していた
職業にはつかず、それまで考えていなかった道を
望んで進む事になったけれど、それでも私は
後悔はしていないし、パートナーや家族だけでなく、
ずっと望んでいた心から親友と言える
素晴らしい人たちにも出会えている。
そして、これからもその人達と一緒に生きたいと思ってる。
余談ですが、本当のごめんなさいは
実は今までに一度だけ感じた事がありますw
巻き込まれて交通事故にあった時、
思い切りすっ飛ばされて
壁に叩きつけられて地面に落ちたんですが
その宙に浮いている時、あ、この高さで
頭が下になってるから首折って
逝っちゃうなって思ったんです。
その時にそれまでの人生の一瞬一瞬が
アルバムをパラパラとめくるような感じで
とても客観的に見えたんです。
走馬灯って、確か生きるための手段を
今までの人生を振り返って探す作業と
聞いた事あるんですが、全くそんなシーン出てこなくて
「まぁこんな状態じゃできる事ないもんなぁ」とか
「結婚して子供産んでみたかったな」って思ったりしましたw
そして、「1年前に子供を亡くしたのに、これで
私も死んだら両親はどう思うだろう」って思った時に
「ごめんなさい」って言葉が心の底から湧き出てきました。
結構な衝撃だったんですが、壁に叩きつけられた事で
勢いが殺されたのか、かなり足が痛かったけど
特に大きな問題になる事もなく、元気です(๑•̀ㅂ•́)و✧
あ、首がちょっとダメみたいだけど。
自分でもびっくりだけど、あのたった一瞬に
ものすごい脳が働いたんですよねw
映画とか漫画とかで、そんな考えてる
時間があるなら○○すれば良いのに・・・
って思う瞬間があると思うんですが、
相対的に見たらそんな時間ならあるんでしょうねw
それを経験した今だから思うけど、
大切な人に「本当のありがとう」よりも先に
「本当のごめんなさい」を言いたくなる人生は
嫌だなって思ってます。