過去の下書きですキメてる

なんのことだっけかな?ですが

これも思い出として残しておこうと思います。


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2022年7月5日

何度も確認したはずなのに、なぜ。

1ヶ月も経って、なぜ。

今さら、なぜ?

あの時確か、○○だったっけ

あの時確か、これも○○だった?

そうか、これは私が起こしたミスだけど

元を辿れば私の心を揺さぶった○○のせいだ!



小さいの、みーつけたっ!🌈

なーんて。
誰かのせいにできたら本当に楽だよね
状況のせいにできたら本当に楽だよね



誰かのせい、状況のせい
原因は外にある!と思って
それを探すのは、言い訳作るのは簡単。



でも、それこそが学びのチャンス。
起きたことをちゃんと直視して
「自分が」引き起こしてしまったかもしれないなぁ
を認められて、それを発言できたとき心は成長する。
(すっごい辛いけどねっでもそれができるようになると
自分にも他人にも優しく生きられるようになる)



その時は不甲斐ない思いや
言いづらい、申し訳ないなぁ
恥ずかしいなぁという
感情も出るかもしれないけれど
出せばちゃんと終わる。



自分が引き起こしたかもしれないことを
心の奥底で思いながらも
「でもあのときは絶対○○だった」
「私は絶対間違っていない」
「1ヶ月も前のこと、覚えているわけがない」
「あの人が○○だから私がミスした」



なんて「原因は外にある」をしてしまうと
どこかで「あっ、自分のミスかも、、、」
と気づいたとき、辻褄を合わせるために
正当化しようと上書きしたり
なかったことにしたり
自分のミスを心の底に押し込んだり
しなければならなくなる


見ないふりして
抑えて押し込んで出なくして
蓄積すると、、、、どうなると思う?


体験したことがある方はきっと分かる。


その時は辛いけど、ちゃんと出せば楽になる
閉じ込めて蓋をしたり
白くぬりつぶしてしまうと
知らず知らずに蓄積して
最後にはどんなに消しても
消しきれないものになる。



隠しても、白くしても、透明化しても
出しきらない限り内部に蓄積して
隠しきれないシミに、、、
化粧品みたいですね。



肌のシミも心のシミもちゃんと出しきろう。



ってなんの話🤣
自分が起こしたミスについて
自分の過去の経験と今の感情と向き合った
経過を綴ってみました