私はある程度信仰心の強い家の出身だと思っていた。

誰もが一度は聞いた事のある仏教のある宗派を信仰する私の実家だが、仏事法事はしっかりするものの、日々信心を示す何かをしているかと言うとそうでもないような気がする。
毎日お仏壇に向け、手を合わせるが、それは亡くなったご先祖さま方への挨拶という意味合いで行っていた。

年に数回の法事、仏事でお寺様に家に来てもらい、お経を挙げてもらい、お寺様から仏法をいただいた時のみ、我々はこの宗教、この宗派を信じているのだなと感じる程度だった。

ほとんどの日本人に当てはまる事だが、常に何か一つのものを信じ、すがるという事を私はしていなかった。だからこそ困った時にどこに行けばいいのか結局はわからないままだったのだ。

そんな状態に私は満足ではなかった。人生に行き詰まり、あらゆる人に相談し、時にはお酒に逃げ、それでもなお消える事のない不安や悩みがあった時、頭を抱えて苦しむ以外道がない状況はあってはいけないと思っていた。悩んで悩んで答えが出ない時は占いや予言などといった事も信じるようになっていた。

これはいけない、何か一つ、信じられるもの、確固たるものが欲しかった。
その時に出会ったのが、前出の学会員の人とその家族の方々だ。

その人は言った「私は学会の教え以外は信じない、何故なら学会の教えのみが真実なのであるから。」と。
私が欲しくて欲しくてたまらなかった確固たる信心が、その人にはあったのだ。そして、その人は常に輝き続けていた。

その人の希望に溢れた目と、堂々とした話し方だけで充分な説得力があった。

その人は仏法や教学、池田先生の話など、あらゆる話をしてくれた。
今までも学会員の友人などはいたのだが、学会や信心などについて話すことはなかった。

その人の信心が私には羨ましくて仕方がなかったのだ。
その後、その人のご家族にも会わせていただき、言うまでもない素晴らしい家族だったので、入会したいという思いが強くなった。

現時点で実質はまだ入会はしていないのだが、学会員なら毎日行なっている朝晩の勤行(これに関しては後のブログで紹介しようと思う)も実践している。

入会日は1月2日、池田先生の誕生日にしようということになった。