キテレツ諸子百家〜論語と孔子と、ときどき墨子〜 -5ページ目

キテレツ諸子百家〜論語と孔子と、ときどき墨子〜

孔子、墨子をはじめ諸子百家について徒然なるままに語らせていただきます。

 前回我々は、ゲーテとフリーデリーケが深く愛し合い、町に帰ったゲーテと彼女の間に頻繁に手紙がやり取りされ、彼女の素直な人柄がそのままあらわれた文体・内容と美しい筆跡をゲーテが喜び、彼女の招待を受けて、今度は長く村に滞在し、盛大な饗宴を心から楽しみ、彼女のそば近くにいて限りない幸福をかみしめる若きゲーテの姿を見た。

 今回は、饗宴の続きである。

『詩と真実』第三部岩波文庫昭17 p21

 

    食事のあとで、みんなは日陰を求めて、社交的な遊戯がはじめられた。とうとう罰金遊びもするようになった。罰を果たすのに、あらゆる種類のことがすべて極端になって行った。要求される身振り、やって見せる仕草、解くべき問題などすべてに、際限のない無鉄砲な娯楽ぶりが現れた。私自身もいろいろな道化をやってこの無礼講の騒ぎを大きくした。フリーデリーケは、数々のおどけた思いつきをして一座の花形になった。私には彼女がついぞ見ないくらい愛らしく見えた。一切の憂鬱病的な、また迷信的な妄想は、私の心から影を消してしまった。そうして私が心を打ち込んでいる愛人に、真に心をこめて接吻し得る機会が来たとき、それを逃がしはしなかった。ましてやこの喜びを繰り返すことを、思いとまりはしなかったのである。

 

大勢の若者たちと共に、ゲーテとフリーデリーケは、際限も無く遊びに打ち興じ、歓びと興

奮のるつぼと化し、ついに長い間苦しめられていた、接吻に対する「ルチンデの呪い」が解

ける時が来た。

「一切の憂鬱病的な、また迷信的な妄想は、私の心から影を消してしまった」と。

 そうして、心から愛する人に真心を込めて接吻し、それも幾度も幾度も接吻することが出

来た。

 ほとんど嫉妬の鬼と化した、半狂乱の美少女ルチンデの心の底からの叫び、

「さあ、私の呪いをおぼえていらっしゃい。私のあとに初めてこの唇(ゲーテの唇)に接吻す

る人には、いつまでもいつまでも不幸がつづく!」

が、重くゲーテの心を抑えつけてきた。その呪詛からついに解放される時が来たのである。

愛する人を、生涯不幸にするこの「ルチンデの呪い」から守るために、抑えに抑えていた熱

き口づけを心ゆくまで味わうことができたのである。

 しかし、これによって、フリーデリーケに不幸が襲いかかる、つまり、「野ばら」の嘆

きが惹き起こされることを、この時のゲーテは、知る由もなかったのである。