色んな物事が経済的な物差しで測られ、経済的な価値を生み出すことが最優先される社会で、僕らは合理化・効率化することを目指して、色んなものをどんどん分けていった。
今、さまざまなコミュニティ(家族、地域、組織など)が、その分断によって色んな問題を抱えてしまっているわけだけれど、悪い面ばかりじゃなくて、良い面だってある。そもそも大体の物事が、良い面もあれば、悪い面もある。
分けることの良い面、その最たるものが、分かりやすさ、じゃないだろうか。
例えば、商品。
どんな病気にも効く薬、とか、万人受けする本、とかって良く分からないし、あやしい。
分ければ、分かりやすくなる。これは大人向け、それは子供向けと対象を分ける。これは喉の痛みに効く、それは頭痛に効くと機能を分ける。マーケティングの基本、セグメント(階層)に分けて、ターゲットを決めれば、分かりやすくなる。分かりやすくなれば、売れる確率が上がり、より多くの人に届きやすくなる。
例えば、職業。
何の専門家なのか、どこに所属しているのか。特定の分野に区切って名乗れば分かりやすくなるし、信頼されやすくなる。
そんな良い面があるからこそ、みんなでどんどん世の中のあらゆるものを分けていった。で、どんどん色んなものが分かりやすくなっていったし、どんどん世の中が便利になっていった。
さて、そうやって分かりやすくなっていった世界の中で、分かりにくくなったものや見えにくくなったものがある。その際たるものの一つが、一人一人の個性じゃないか。
30代、男性、Genaration Y、日本人、二児の父、都会勤務、民間企業の経営者・・・様々な境界で区切られ、枠組みの中で、どのような嗜好性を持ち、どのような暮らしをしているかが語られる。結果的に、そういった記号では語られきれない一人一人の個性が見えにくくなっている。
でも、本当は、僕も、他の人もそんなには違わない。でも、全く同じでもない。本当は、僕らは、gridに囚われた住人ではなく、gradationな世界を、ちょっとした違いを重ねあいながら僕らは生きている。
そんなことが見えにくくなってしまったから、色んなことが機能しなくなっているんだと、地域、組織と色々なコミュニティを巡っていて、気づいた。
だからこそ、機会や場を作りたい。これまで分かれていた人、もの、機能、色んなものをまぜる。その上で、個々人のユニークさをちゃんと捉えていけば、これまで隔てられていたものがつながる。そうして、これまでとは違う人、もの、機能とつながることで、世界を見る目や角度が少し変わる。そんな機会や場を一つ一つ具体的な形にして、社会に実装していくことで、生み出される学び、コミュニティ、価値があるんだ。
分かりやすさに逃げずに、枠組み化する既存の枠組みにカウンターパンチを決めよう。
