
明日25日は母の命日です。
ん-、もう16年も経ってしまいました。
写真は90年だから54歳くらいか...。
最後の日、仕事先から病院へ呼び戻されて亡くなる時刻には間に合いました。
でも、言葉が掛けられるのではなくて、そのままスーッと...。
その夜は母の亡骸と同じ部屋で一夜を過ごしました。
こんな感じで母と別れてもう16年か...と、仕事もまだ順調ではなくて、とにかく毎日が一所懸命で振り返ってあげる間もなくあっという間に時間は経っていきました。
思い出せば後悔する事ばかり、もう少し...とか、あの時とか...。
そう思わないようにしようと何度も思ってきましたが、さすがに2人きりの時代を長く過ごしたので思う事は多く、ずっと育ててくれたことへの感謝を忘れないようにしています。
仕事を継いであげてたらととも、思いましたが色々あって今の形に...。
芸では敵わない存在で尊敬でしかありません。
父も母もそれだけで食ってきた人ですから、その芸は尊敬でしかないのです。
どっちも良い音してたなぁと思うばかりで、それを引き継ごうと思わなかったのですな...。
今日は京都から白扇派の家元さんが命日を参りにわざわざお墓まで来てくださりました。
本当にこれだけ経ってしまったのに、お参りいただき母はとても喜んでいると思います。
私も雨降る中、午前中から鵯越のお墓へ…。
神戸以外の皆様には説明が必要ですが、市営の墓地が源平合戦で有名な鵯の谷渡りと呼ばれる険しい山と谷があるのがこの鵯越です。
そこの小高い山に母のお墓があります。
一説には義経が馬を落としたという谷でもあるのですが、ここは須磨にある平家の陣一の谷からは少し距離がありすぎて陣があったとは思えません。
まっすぐ下りると長田という地域になり、同じく平家の平盛俊塚など、義経の襲来に敗れた武将たちのお墓が点々とあります。
墓地からは長田港など海も臨める景観で見通し良く、私たちを見守ってくれているような場所なのです。
母が亡くなってからも、がむしゃらに働いていた私には16年がそんなに経ったのかと…仕事でのカウントしかできません。
毎日仏壇には手を合わせて顔を思い浮かべているので、若いままの母を思いますが、実際に生きていたら84才...全然違うイメージだろうな。
なんて思いながら休日の一日を母のこと考えながら過ごしました。
さて、明日からまた頑張ろっと...。