求めているものばかりが、目の前からなくなっていく。
求めたくないものが、どんどんやってくる。
しかしそれは姿が見えなくなっただけで、そこに存在している。何も変化していない。何も移動なんかしていない。
姿が見えなくなったのは、それが変化したんじゃない。ただあなた自身が遠ざかり、目を閉じているだけ。
瞳の開け方を忘れてしまっているの?瞳の中の自ら作り出した自分の世界に逃げ込んでいるだけ?
モノも時間も極端に変化はしない。
長い年月をかけて少しずつわからないくらい少しずつ気づかないくらい少しずつ。
唯一極端に変化できるのは、あなたの考え方だけ。見つめる方向だけ。
変化できるからこそあなたには、2つの選択が出来る。
見方を変える事、または見るものを換える事。ようするに見つめ直すか、見ないようにするかだ。
後者の方が簡単に出来るだろう。全てを捨てれば良い。諦めれば良い。
すべてなくせば問題もなくなる。これは楽である。でもどうだ?
目の前からなくなるだけで、それは存在する。先ほども述べたようにそこにいるのだ。
きっとまたぶつかるね。そして、また目をつぶる。見なければ良い?
どんどんあなたの居場所がなくなっていく。自分で、狭めていく。気がつけば、目をとじ、あなたの世界で動く事も変化する事も出来ず、ただただ夢を見るだけ。
それって楽しい?まぁ、楽しいだろうね。だって、問題は無いんだもん。自分しかいないんだもん。でも言ったでしょ。
少しずつわからないくらい少しずつ気づかないくらい少しずつ。
問題はいずれ出てくる。自分の中に少しずつ。
自分しかいないから目をつぶってもそれは消えない。つぶった瞳の内側だもん。見つめ直す術を知らないから、あなたの出来る術は、
ただ排除するだけ。
排除すれば楽になるのは知っている。自分自身どうすれば排除できるかは、大体知っている。
消してしまえばいい。
消えた後、楽になるのは誰?あなたはどこ?
どこにもいない。楽なんてものもない。いや、もともと無かったのかもね。
なんだって、表があれば裏はある。+があれば-がある。
最初に見た位置次第。見方を変えなきゃ+は見えない。
そいつの-を知らなきゃ+の良さなんてわからない。
嫌なもんでも見方を変えてちょっと遠くから見てみなよ。
見方を変えて初めてわかるんだ。
自分が変化している事に。
少しずつわからないくらい少しずつ気づかないくらい少しずつ。
求めたくないものが、どんどんやってくる。
しかしそれは姿が見えなくなっただけで、そこに存在している。何も変化していない。何も移動なんかしていない。
姿が見えなくなったのは、それが変化したんじゃない。ただあなた自身が遠ざかり、目を閉じているだけ。
瞳の開け方を忘れてしまっているの?瞳の中の自ら作り出した自分の世界に逃げ込んでいるだけ?
モノも時間も極端に変化はしない。
長い年月をかけて少しずつわからないくらい少しずつ気づかないくらい少しずつ。
唯一極端に変化できるのは、あなたの考え方だけ。見つめる方向だけ。
変化できるからこそあなたには、2つの選択が出来る。
見方を変える事、または見るものを換える事。ようするに見つめ直すか、見ないようにするかだ。
後者の方が簡単に出来るだろう。全てを捨てれば良い。諦めれば良い。
すべてなくせば問題もなくなる。これは楽である。でもどうだ?
目の前からなくなるだけで、それは存在する。先ほども述べたようにそこにいるのだ。
きっとまたぶつかるね。そして、また目をつぶる。見なければ良い?
どんどんあなたの居場所がなくなっていく。自分で、狭めていく。気がつけば、目をとじ、あなたの世界で動く事も変化する事も出来ず、ただただ夢を見るだけ。
それって楽しい?まぁ、楽しいだろうね。だって、問題は無いんだもん。自分しかいないんだもん。でも言ったでしょ。
少しずつわからないくらい少しずつ気づかないくらい少しずつ。
問題はいずれ出てくる。自分の中に少しずつ。
自分しかいないから目をつぶってもそれは消えない。つぶった瞳の内側だもん。見つめ直す術を知らないから、あなたの出来る術は、
ただ排除するだけ。
排除すれば楽になるのは知っている。自分自身どうすれば排除できるかは、大体知っている。
消してしまえばいい。
消えた後、楽になるのは誰?あなたはどこ?
どこにもいない。楽なんてものもない。いや、もともと無かったのかもね。
なんだって、表があれば裏はある。+があれば-がある。
最初に見た位置次第。見方を変えなきゃ+は見えない。
そいつの-を知らなきゃ+の良さなんてわからない。
嫌なもんでも見方を変えてちょっと遠くから見てみなよ。
見方を変えて初めてわかるんだ。
自分が変化している事に。
少しずつわからないくらい少しずつ気づかないくらい少しずつ。


