私の性指向はアロマンティック・アセクシャルです。
他者に対して恋愛的に惹かれることもなければ、性的に惹かれることもありません。
また、空想性愛者、二次元コンプレックスを自認しています。
私はシスジェンダー女性(=身体の性と心の性が一致している女性)ですが、
性的に惹かれるのは主に二次元の女性キャラです。
三次元のその辺に生きている人には性的に惹かれません。
かつ、BL愛好家です。
まず、「アロマンティック・アセクシャル」について説明します。
現実の人物に恋愛的欲求、性的欲求を一切抱きません。根本的にその視点がないと言っていいと思います。抑圧的(セリバシー的)なものではありません。
ただし、「現実の人物」という言い方は少々不正確で、三次元のポルノはものによっては見れます。ポルノの特定の俳優にも興味はなく、実在の他者を個人として性的消費する視点は根本的に一切ないです。
「その辺に生きている現実の人物」は性的消費しないのに、なぜ「ポルノの人物」は性的消費できるのか。これは患者の服を脱がせて検診をする医者に例えることができます。いくら患者の身体が普段の場面で見たら性的だろうが、患者という時点で性的消費が不可能なように、私の中では「他者」=「患者」という図式が成り立っています。
私はこれについて、「その辺に生きてる人間は性的モノ化が許可されていないから性的目線を向ける対象じゃない」と本能的なレベルで感じているのでは?という推測を立てています。ポルノに出演する俳優は性的モノ化することを許可しているので性的消費可能ということです。
また、自分が性の主体として誰かと関わること、自分を個人として性的消費されること、自分個人へ向けて性的な関心を持たれることへの性嫌悪もあります。また、自分の身体は醜いものであるという認識がわりと強固です。
そういった諸々の意味の性嫌悪的な事情も加わり、性的流動がない限り、恋愛的関わりや性的関わりを今後一切求めていません。性嫌悪といっても、単なる性の話題は苦手ではありません。誰かと主体的に性的な関わりを持つこと(またそれを想定する、想定させられること)に嫌悪があるのみです。
次に、「空想性愛者・二次元コンプレックス」の部分を説明します。
主に二次元の女性を性の対象とします。なおかつ、BL愛好家でもあります。
小学校5年生の時から二次元の女性キャラのR18画像をよく見ていました。女体好きであることには特に理由がなく、そのせいで女体好きだという自覚もしばらくなかったです。同時期にBLを初めて見て、そこからグラデーション的に腐女子になりました。中学生の時にははっきり腐女子と自認していました。現在は腐女子という自認ではなく、「二次創作が好きで、そのうちのBLも好き」という自認に変わっています。
性的なものにその時初めて接したことがきっかけでそれらが好きになったのかと振り返ると、初めて接したから好きになる「雛鳥理論」ともまた違うようです。当時良く見ていた典型的なギャルゲっぽい絵柄の絵は嫌いだということに後で気づきましたし、当時好きだった作品がそうだったのですが、性的なニュアンスが廃された作品でBL含めたカップリングを想定すること自体が嫌いだと気づいたりしたためです。
フィクションに対しては、パンセクシャル(性別無関係)ということになりますが、『フィクションキャラに対してはパンセクシャル』という言い方も少々不正確だったりします。そのあたりを説明するために、性自認/性指向&恋愛志向という軸で分類してみます。
【リアル】
性自認:シスジェンダー女性
性指向:アセクシャル
恋愛指向:アロマンティック
リアルでの自分は、セックスワーカーや自主的に不特定多数に対して性的扱われを許可する人のみ性的消費可能なアロマンティックアセクシャルです。元持っている女性という性別に違和感はありません。
オタクという存在は割合的に考えれば、現実性愛者でありなおかつ二次元性愛傾向を持つ人が多いと言えます。つまり、現実性愛者のオタクは(現実性愛者+二次元性愛者)であると言えます。私の場合は(現実無性愛者+二次元性愛者)という自己認識を持っています。要するに、単にアロマンティックアセクシャルのオタクなんだ、という感覚です。(ここで言う二次元性愛の「性愛」というのはロマンティックオリエンテーションもセクシャルオリエンテーションも両方含む言葉です)
【対フィクション】
基本的には、男オタクとしての性自認と、女オタクとしての性自認に二分されます。
性自認という言い方では馴染みが悪いので、「自己認識」という単語に置き換えています。
- 自己認識:男オタク
- Ficto-AromanticGynesexual(アロマンティックの二次元女性性愛者)
自己認識:
二次元コンプレックスの男オタクという自己認識
性指向:
人格をよく知らないオリジナルかよく知らない版権ジャンルの女性キャラ(主に)
恋愛指向:
なし(アロマンティック)
主に私が“いわゆる性的消費”を行うのは女性キャラです。恋愛指向はありません。男オタクのほとんどは夢男子という話を聞いたことがありますが、私はそうではないタイプの男オタクという自己認識です。二次元女性個人の人格に対するこだわりは非常に薄く、逆に人格へのこだわりを伴うと性的目線を向けにくくなる傾向があります。
男性向け男女カプの作品よりは、男性向け作品の女性単体のR18が好きです。基本的に、描かれている女性に対する自己投影をせず、描かれている女性に対する空想上の性的関係欲求を持ちません。シンプルに、絵や動画自体が好きなんだよ、ということですね。ただし、描かれている女性に対する身体的共感を持つことはよくあります。パーツとしては胸、ジャンルとしてはR18MMDとふたなりと機械姦が好きです。
空想上でも男性としてその女性キャラと関わりたいわけではないので、性自認が男性のアロマンティックヘテロセクシャルという自認ではなく、自分の性別に関係なく、女性または女らしさに性的魅力を感じるガイネセクシャル(Gynesexual)という自認を掲げています。
男オタクという自己認識を介した上での自身の女性性、自身が実践する女性性には性嫌悪は強くないです。ただ、それを、「R18作品の女キャラに対して自己投影している(性的な)女性」「フィクトレズビアンの女性」という扱われ方をされるのが非常に嫌いで、言われる前から防衛線を張りがちです。
私のような立ち位置の人間が気を使わずに話すと、「性に奔放な女性」という印象を与えやすいであろうと思われ、自己表現の上でかなり難儀している部分でもあります。
- 自己認識:女オタク
- Ficto-Heterosexual的感覚はあるが、女オタクでしかない
自己認識:女オタク
要するに限界になると語彙力が低下するタイプの女オタク
性指向:
人格をよく知っている好きな版権ジャンルの男性キャラ
恋愛指向:
同上
男キャラに自分もしくは自分の分身に対して何かしてほしいとかではなく、男キャラに他のキャラが接するとどういう化学反応が起きるかを考えるのが楽しいので、自分は考える主体、観測する主体としての意味合いで存在するのみです。男キャラ同士の組み合わせも、男キャラと女キャラの組み合わせも好きです。
男性キャラの精神的女性性が現れる描写が好きです。(多くの場合「受け」という立ち位置で見られる) また、女体化、とりわけ後天的かつ一時的な女体化が好きです。男性向け作品の単体女エロの文脈に男キャラを代入するのも好きです。(機械姦やエロ漫画的反応など)
自己認識が男オタクであるときは女性キャラそれ自身というよりは、「女性キャラという記号」に性的さを覚えます。一方、自己認識が女オタクであるときは男性キャラそれ自身に性的さを覚え「男性キャラという記号」には性的さを覚えません。
基本的に人格を知るほどにエロ目線を向けにくくなる場合もあるのが女キャラで、人格を知るほどにエロ目線を向けやすくなるのが男キャラという感じです。
元々腐女子自認をしていたのですが、以下の理由から腐女子自認を取り下げています。(単にめんどくさい女オタクぐらいの意味で自分を腐女子と呼称するようなことはあります)
1.受け攻めに対するこだわりがほとんど理解できない
2.交際関係が成立しているBLカプよりコンビやブロマンスの方が好み
3.一次創作や商業作品のBLをほとんど見ない
4.特定の好きカプがいない
■個人的課題
- 自己認識:女オタク
- Ficto-Heterosexual
自己認識:
アイドルのファン的な女オタク
性指向:
人格をよく知っている好きな版権ジャンルの男性キャラ
恋愛的指向:
同上
アイデンティティとしての強度も低く、頻度も低いですが、いわゆる夢女子的な自己認識です。とはいえ、作品に接し始めたときとか、作品熱が増したときになるくらいで、数ヶ月単位の長期的スパンで特定のキャラに対して夢妄想を抱いたことはないので夢女子ではないです。
自分がアロマンティックであると自己認識することに時間がかかったのはこの部分があったためです。
この自己認識に伴う妄想に関して自己嫌悪が強く、「セクマイ気取ってる非モテヘテロ女」という自己批判を長い間向け続けていた経緯があります。
他人がそれをやるなら気にならないのですが、自分自身がこれをやると、「作品へ失礼だ」という意識が強いです。例えば、二次創作でオリキャラを作って既存のキャラをヨイショ(ヘイト)している作品を見ているのと同質の気分が自分に降りかかります。つまり、作品から発展し得ない要素として、自己やその分身を加えようとする試みが馬鹿らしく感じるということですね。
もうひとつは、自身の性的な扱われを避けるような話法を取り入れたうえで、自身の性的な領域に関する話題を気軽にする、ということです。
この記事が、理解のサンプルケースであれ、当事者の方のエンパワメントであれ、何かしらの役に立てれば嬉しいなと思います。