やぶさめの写真集をお借りした。

くわしくは言えないけど、

 

借りた夜に 一気に読んでしまった。

おがさわら流のやぶさめの本。

 

冬のある日、あつた神宮の神事で、

おがさわら流の若先生の弓を引いているところを

生で観たことがある。残念ながら写真は載せられないけど爆  笑

 

先生の無駄のない美しい動きと、装束、神宮の木々の緑

太陽の光の具合、、、全部が調和して、、

荘厳で、美しく、時を忘れるような不思議な時空間だった。

 

そんなこともあって、本を手にしたときはワクワクした。

迫力のあるカラー写真と、各地で奉納されるやぶさめの説明、

おがさわら流の歴史、やぶさめの当日の準備の説明など、

くわしく書いてあった。

 

鎌倉時代から一子相伝で、受け継がれてきたと聞いただけでも

とても深淵な感じがするのに、

400年、500年前の話、2000年前の話も書いてあった。

 

「同じ源氏のご縁で、、、」と何百年も前のご縁が、今に続いているのも

驚いた。

歴史は、昔からずーっとつながってきて、今も、これからも続いていくのだなあ。

 

お祓いや、ご祈祷をうけた、弓矢は、神器となる。

 

各地の神事は、

各々始まった時代も違うから、毎回、装束も違う。

馬に乗って走る道の、様子も長さも、毎回違う。

 

前日に現地に入って、初めて会う馬の世話から始める。

前の日に練習で乗った馬に、当日も乗れるとは限らない。

それも、鍛錬だと、書いてあった。

 

同じことは一つもない。人生のようだ。

武士はそうやって、どんな時もどんな場所でも

受け入れて、成すことを成す。すごい覚悟だ。

 

さらに、

神事とは、そうやって、自分の「我」?を とことんそぎ落とされ、

「無になる」ことで成るものなのかと、感じる。すごい世界だ。

それは、日々の稽古はもちろん、日常生活での精誠の

積み重なりを感じる

 

とても美しく、芸術的で荘厳なそして、雄々しい姿に

ならないことがあろうか。

 

歴史の中を残っていくのは、並大抵の苦労ではないだろうけど、

続いてほしい、すばらしい文化だと思う。

 

弓の稽古をしている、自分を少しだけ誇らしく思った

 

本を貸してくださりありがとうございましたチューリップ赤チューリップ赤

 

 

 

 

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