今週末の鉾田駅保存会は旧鉾田駅跡での作業予定はありません。


今週末は複数の会員が同時に鉾田駅で活動できる日が無いため

保存会としての活動はお休みとの事。

個々の会員が活動する場合はありますが、決まった日程・時間での実施を事前に

約束できないということで鉾田駅保存会としての活動は「なし」です。


また今週末は担当者の勤務シフトの都合や私用及び土浦市での地元雑誌の取材対応

などがあり、鉾田駅での活動時間がとれない見込みとのことでマスコミ対応もあり

一層鉾田駅保存会のネームバリューがあがるのではないでしょうか?

鉾田駅跡地におけるイベント開催について現状下記の3案の中から

最も良いと思われるものを検討中とのことです。


(1)7月末頃の土日に当会単独でのイベントを実施する



(2)8月26・27・27日の鉾田のお祭りに合わせて、地元商工会などど

連携をとり、イベントを実施する



(3)7月末頃の単独イベントと鉾田のお祭りでのイベントの両方を実施する



● 今後商工会など関係各機関とコンタクトをとり、イベントの方向性について

検討してまいります。

● 6月下旬にはイベントの日程や内容についてホームページ及びブログで

お知らせする予定です。


とのことですが、ご覧の皆様に勝手にアンケート!!


ちなみに私は3番に一票・・・


鉾田駅保存会メンバーが日々の仕事と両立することが可能であれば

いいのですが、なかなか大変だと思いますので2番が一押しです!!


コメントをいただいて気付きましたが2番だと3日間という意味もあるので

鉾神社例大祭の開催中のうち1日のみということで2番にします(笑)



次回の作業予定は5月10土曜日の概ね10時頃となります。


活動内容は、キハ601の車体塗装の手直し、車体標記(社紋)の記入、

及びKR-505の機関の維持運転、敷地周囲の草刈等となります。


ご参加にあたっての注意事項(作業のお手伝い時のご案内)


○衣服等汚れる事が予想されます。ご注意ください。
○手袋のご用意をお願いいたします。
○危険を伴う作業は保存会が行いますが、怪我、事故には十分ご注意ください。
○怪我、事故につきましては当会、鹿島鉄道・関東鉄道は一切責任を負えません。
○見学は自由に行っていただけますが、車内につきましては作業の状況等によりできない場合があります。
○KR-505のエンジン運転中は車両に接近しないでください。



作業予定告知の意義について


鉾田駅保存会では毎週土曜日を予定としてキハ601やKR505の維持整備・補修と鉾田駅跡の

ホーム周辺、賃貸部分の草刈・緑化の作業を行っています。


当日は基本的に見学が自由で、許可を貰えれば車内にも入ることが出来ますが、作業中は

リクエストに応じられない場合があります。またボランティアとして作業に参加することも可能

で洗車から草刈まで本格的に一つの仕事を任されますので、19m級のキハ601の洗車など

根気のいる作業もあります。保存会メンバーは3名ということで少数での運営に協力したい、

なかなか普段の生活の中で気動車を洗うことや間近で見ることがないので、新鮮な感動を

味わいたいという方は、ぜひ参加してみてください。


ちなみに私はキハ601が塗装前の下地作り前の洗車を手伝いましたが、前運転台から後運転台

まで約19mということで磨くにも洗うにも、かなりの大きさの面積ですので大変労力を使いました。


このように毎週土曜日を予定して見学や作業協力がしたい方への情報を発信しています。


興味がある方、やってみたい方は、ぜひ足を運んでみてください。




時より霧雨が降る天気でしたが、ゴールデンウイークということで
ご家族連れなど人手がありキハ601の車内は一時出入りが厳しいことも
あり盛況となりました。

キハ601は既存色のクリームと朱色の塗装を全て補修塗装を行い
とても綺麗な状態で私が製作しました行き先表示サイドボード
や鉾田駅名標も無事に鉾田駅保存会へ寄贈することが出来ました。

思い思いにカメラを片手に写真を撮影していた方も綺麗なキハ601
と鉾田駅名標などを撮影していました。

今回は色々な方が自分と同じように応援しようというスタンスで鉾田駅保存会
に関わっているのだと分かりました。短編詩集のマイさんなど緑化や差し入れ
、そして短編詩集の販売とプリンまでご馳走になりました。

当面は車止め・バッテリー・トイレ・駐車場所等、問題が山積していますが
応援団として応援協力していきたいと思います。

動画はイベント風景ダイジェストです。


5月4日は旧鹿島鉄道

鉾田駅跡へ行こう!!

イベント内容


鹿島鉄道廃線当時国内現役最古の気動車だった「キハ601」

と、当時の鹿島鉄道最新の気動車だった「KR-505」の

車内の公開、及び、お子様向けの、新幹線ミニ列車の乗車体験

や車内でのプラレール遊びコーナー、かしてつグッズの販売等

のイベントを予定しています。


鹿島鉄道廃線当時、国内現役最古参だったキハ601について

は、2月から3ヶ月間続けて来ました車体の腐食部分及び痛んだ

塗装部分の補修が完了し、現役時の検査出場時の時のような、美

しい状態をごらんになれます。


KR-505については、定常の留置位置から、旧鉾田駅ホー

ムまで、自力走行による移動を行います。



● 開催日時 : 2008年5月4日(日)

開場10:30頃、開始11:00頃、終了15:00頃

● イベント : ① キハ601及びKR-505の車内公開


         ② キハ601車内でのプラレールコーナー


         ③ 当会特製かしてつグッズの販売


         ④ お子様向けの、新幹線ミニ列車の乗車体験

[12:30頃に終了を予定]


● KR-505の移動は入線が10時頃、留置位置へ再移動が

16時頃を予定しています

色々な思いを込めて廃線となった鹿島鉄道を車両保存という形で将来に残そうと車両を

購入し保存活動をしている団体と所有車両を一覧にいたしました。


動態保存・静態保存と保存方法は異なりますが「残したい」という気持ちには変わりなく

私費を投じて車両の購入・施設整備をしているので、ぜひ現地へ見に行ってください。


団体名     :鉾田駅保存会

所在地     :茨城県鉾田市鉾田駅跡

所有車両    :キハ601・KR505

保存方法    :動態保存(イベント時には定留置場所より自力走行にてホームへ入線)

公開方法 :屋外にて常設展示・規制ロープ外からの見学可

          (イベント・補修作業時以外は事故防止上立ち入り禁止)

ホームページ :http://homepage3.nifty.com/hokota-station/

ブログ :http://hokota-station.cocolog-nifty.com/blog/


団体名     :医療法人白帆会 小川南病院

所在地     :茨城県小美玉市小川733

所有車両    :キハ432

保存方法    :定位置によるエンジン起動の動態保存

公開方法 :屋外にて常設展示・規制ロープ外からの見学可

          (病院施設と併設の為イベント時以外立ち入り禁止)

ホームページ :http://o-minami.jp/index.html

院長の部屋  :http://o-minami.jp/aisatu/drroom/index.html


団体名     :鹿島鉄道保存会

所在地     :茨城県小美玉市川戸 鹿島鉄道記念館

所有車両    :キハ714・キハ431・KR501

保存方法    :屋内展示にて静態保存

公開方法 :イベント時以外は非公開(年数回の一般公開を予定)

ホームページ :現在設定なし


以上のように各団体で、それぞれ保存活動をしています。何か更新されるような

ニュースがありましたら随時アップいたします。

5月4日の旧鹿島鉄道鉾田駅跡で行われるイベントに向けキハ601が補修塗装を行っています。


塗料は鹿島鉄道の方から取引していた塗料業者の紹介を受け当時から使用されている

塗料を購入し塗装されていますので現役当時と同様のカラーとなります。


これまでボディの経年劣化により錆による腐食・穴を丁寧に削り、ポリパテを使用して補修し

下地作りをしてきたので動態保存に向け本格的な補修作業となりました。


今後はKR505の補修作業を予定しているとのこと。


5月4日のイベントには真新しい塗装のキハ601を見に鉾田駅へ足を運んでください。

1955年生まれの巴川駅最寄に実家がある母と1976年生まれの自分との
鹿島鉄道について思い出まじりに話したことを書きます。

1955年、昭和30年生まれの母が最初に鹿島鉄道との思い出はお父さんが
保線区の仕事をしていたことでした。しかし小学生の時に病で亡くなって
しまったため、どのような現場で働いていたのかは覚えてないそうです。

物心がつく頃には巴川駅付近が遊び場のホームグラウンドで駅舎や巴川に
かかる橋の下、近くの池で遊んでいました。

当時は蒸気機関車が走っていて、もうもうと吹き出る機関車の排煙から火山
のように煙や火と火の粉が出ていて恐ろしい「恐怖」と思えるくらい出ていて
巴川にかかる橋の下で遊んでいると蒸気機関車が通過する時には、その火の粉
が降り注ぎ、枯れた土手に生える雑草に燃え移り、面白おかしく逃げ回って
遊んでいましたが、どこからともなく(多分、保線区詰所)鹿島鉄道の係員が
走ってきて、橋の下にいる母や友達ともども怒鳴られて追い出されるという
「遊び」を繰り返していたようです(笑)

中学生になると鉾田にある中学校へ電車通学ならぬ気動車通学をして通って
いましたが、当時は台風や暴風雨があると巴川が氾濫し運行見合わせで足止め
されることが多かったようです。

ちなみに母の父と母が鹿島鉄道のことを「ガソリンカー」と呼んでいて、
当たり前のように母もガソリンカーと。そして自分もガソリンカーと
呼ぶようになりましたが、自分が初めてガソリンと軽油の違い、ディーゼル
エンジンで動く気動車と認識したのは、高校生くらいのことで、それまでは
なんの抵抗もなく「ガソリンカー」なんだと思っていました。
今さらディーゼルカーや気動車と呼ぶのもシックリこないので「ガソリンカー」
と、そのまま呼んでいますが神奈川県では通じませんでした(笑)

父と母が結婚し実家へ挨拶に行く時に父が初めて鹿島鉄道に乗った時には、
母からガソリンカーという通称で知らされていて「ディーゼルカーだろ?」と
ツッコミを受けたようです。

1976年に長男として生まれた自分が初めて鹿島鉄道に乗ったのは赤ん坊で全く
覚えていません。祖母の記憶=鹿島鉄道というくらいで懐かしい笑顔になる記憶
が色々あります。

一番鮮明に覚えている古い記憶は「音」でした。
それは祖母宅に泊りで遊びに行くと聞ける音でした。

早朝、静まり返った部屋、ゼンマイ式のボンボン時計がカチコチカチコチと
響き渡り時刻を知らせる「ボーンボーン・・・」と鳴ります。
ほとんど、その時刻を知らせる音で目が覚め天井を見上げながらボーっと
していると・・・

「フォーン」

「グゴゴゴゴゴォーガタン・カチャン・ガタン・ガガガーー」

「カンカンカンカン・カタン・カチャン・ガーーー」

祖母宅の前は開けた場所で当時は稲作が行われていて線路まで稲穂が続いて
いました。石岡から来た列車は借宿前駅から山を抜け「そこ」に出てきます。

最初に踏み切りがあります。警報機がない踏み切りです。一度、空笛を吹鳴。
それまで森と森にサンドイッチされていた列車は初めて開けた場所に出ます。

一気に突然のような音が溢れ出し通過していきます。
遠くで巴川駅の警報機のある踏み切りの警報音が鳴り始め、エンジン音と共に
線路の繋ぎ目を通る音が消え、また静まり返ります。

不思議なことに鉾田から来る巴川駅を発車した音は、あまり聞こえません。

自分が中学生くらいに開けた田んぼは埋め立てられ畑になり、ゴルフ場開発
で正面にあった山は跡形も無く削られ景色は変わりましたが「音」は
変わりませんでした。

印象に残っているのは台風の時期だったでしょうか、開けた田んぼは水没し
庭先まで水につかり床上まで水が上がってくるのではないかというくらい風雨
が強く「ガソリンカー止まってるって」という言葉でワクワクして外を眺めて
いましたら、いつもと違う「モノ」が走ってきました。

人が2人、小さく黄色い、よく分からない「モノ」に乗りガーという音と共に
線路を走りぬけ、あっという間に消えました。

「あれはなに?」と母に聞くと線路を守るおじさんが見回りしてるんだよ。と
聞かされ乗りたくてウズウズしたことでしょうか。

運行出来なかった理由は巴川の増水ということでしたが、また見られないかと
期待していましたが、それっきり今まで見ることは出来ませんでした。

弟と共に二人だけで祖母宅へ泊りにいくということもありましたが、その時には
線路まで近づき置石遊びをして見事に割れる石と巨大な列車が目の前を通過して
行き空笛を鳴らされることを遊びでやっていましたが見事に近所の人に怒られ
るという危険極まりないことをしていました。

当時、まだ巴川駅の駅舎がありましたが人影も無く埃と古い家屋の匂いと
薄暗い中、切符売り場や時刻表などがあり遊び場としていましたが、取り壊され
今では跡形もなくホームにはログハウス調の待合室が建てられました。しばらく
は駅名標の前に朽ちたベンチがある程度で、ホーム上は寂しいものでした。

もともと神奈川県に住んでいたので巴川駅までは長い間、列車に揺られて向かう
ことになります。

相模鉄道→横浜→京浜東北線→上野→常磐線→石岡→鹿島鉄道→巴川

全工程約3時間半という子供ながらに「まだ~?」と言っていた記憶があります。

弟と二人だけで祖母宅へ泊りに行った帰り、巴川駅まで送りに来た祖母に手を
振りながら列車に乗り込み出発するとワンマンだったので運転手の人に
「石岡まで」と告げると「なんだ?○○さんの孫か?」と尋ねられ「はい」と
答えると「じゃタダでいいから」と石岡までお話をしながら先頭から見る景色
を食い入るように眺めながら帰ったこともありました。

祖母は既に亡くなっていますが晩年は巴川駅待合室の中で犬を連れて昼寝する
のが日課で1度その姿を見ましたが、起こすのも可愛そうだったのでソッと
してあげました。

妻と初めて巴川駅に訪れたのが2002年の夏でした。
「廃線」という噂が出始めた頃でしたが実感もなく思い出の場所として妻を
案内しました。

鳴き止むことのない蝉と田んぼから蛙の大合唱が印象的でした。


今年も来年も将来も、巴川駅が完全に跡形もなく更地になっても夏には
蝉も蛙も変わることなく鳴き続け、その場所に立てば坂戸を出た列車の
空笛とエンジンの音が聞こえてくると思います。

今年のゴールデンウィークの予定は決まりましたか?
もし決まってないのなら5月4日は旧鹿島鉄道鉾田駅跡へ行きませんか?鉾田駅保存会がイベントを企画した車両公開(キハ601・KR505)がオススメ!廃線から今も動く「鹿島鉄道」に乗りに行きましょう!!

動画は現在鉾田駅跡に保存されている現役の頃のキハ601の走行シーンです。