先日、テレビを漠然と見ていたら、NHKの「あの人に会いたい」という番組が始まりだして、チャンネルを変えようかと思いつつ、そのまま見続けていた。
「あの人」とは星野富弘さん(1946~2024)。詩画作家の方だ。チャンネルを変えなくてよかったと思った。初めて聞く名前であったが、感銘を受け、この作家を知って良かったと思ったからだ。
中学校で体育教師をやっていて器械体操を指導していた時、アクシデントに見舞われた。頭部から転落して頚髄損傷で首から下が動かせない重症を負ってしまう。
そして、人とのコミュニケーションの必要から口に筆をくわえ、字を書くことから始め、水彩画へと移っていく。描くことが生きている証として、また生きる支えとした。
不自由な身体で物凄い集中力は一日に1時間半が限度で、一点の作品の完成に10日から15日を要する。
詩画とは一つの作品のなかに絵と詩が一体となっているものをそう呼ぶ。大きなサイズではなく色紙大とはいえ、彼にとっては心血を注ぐものであり、画面を動かしたり、筆を取り替えたり、絵の具を変え、水分の加減など親族の手助けがあっての共同作業なのである。
想像もつかないほどの苦痛や絶望の中で、怒りをぶつけたり、口を利かないときでも、9年間の入院生活の時から絶えず傍にいて、変わらず看病をしてくれる付きっきりの母親に対する心情が綴られているのが「ぺんぺん草」という作品である。琴線に触れ詩画集を購入するきっかけとなった。
苦しみ、悲しみを乗り越えて、自分の嫌な面を繕わず、弱さも隠さずという生き方が楽であると人生を達観するに至り、眞にそれが彼の作品作りの根底に流れているために、鑑賞する者に癒しにもなり、素直な気持にもさせ、心洗われる心境にもさせ、ユーモアを交え希望、勇気を与えている。驚きは地元に建てられた富弘美術館があり、すでに700万もの来館者を数えるという。
パラリンピックなど、障害を持っている人たちの並大抵の努力では成し遂げられない挑戦する姿勢に触れる機会は、非常に貴重であり、自分を奮い立たせる瞬間である。
昔のことが思い出された。銀座で私の個展の始まる前日に、画廊の事務所にいた時、ある男性が訪ねてきた。両腕がない姿に正直驚いたが、肩もないほどの状態でうまくリュックを背に掛けていた印象がある。小学生の時、いたずらで立ち入り禁止区域に入り高圧電流に触れたのが原因だったそうだ。
その方は私と同様にこの画廊のオーナーから支援されている絵描きとのことだった。もうお名前は忘れてしまったが、ひとりでどこにでも出かけていくと言われていた。事務の女性が好物というビールをコップに注いで目の前に出したときは、口に入れてやるのかなと、こちらの不安をよそに、頭を屈めコップの縁を歯でくわえ、頭を天井に向け、反り返る動作と同時に一気飲みをしたのである。一滴もこぼさず感心したものだ。今でもその技術はよくわからない。
その人も口にペンをくわえて描くというので、ペン画を見せてもらった。ローマ法王から招待されたこともあると言われていた。何度か個展を百貨店で開催し、一度は美智子皇后(当時)が来られ、その後は毎回、宮内庁の方が来られ、一点購入されていかれるとおっしゃっていた。
