寺澤芳男のブログ

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寺澤芳男がオーストラリアのパースから、様々なメッセージを発信します。

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 六月にオーストラリアの初の女性首相になったジュリア・ギラードさんが今回総選挙の末、首相継続となる。ただ「女性」ということはさほど強いインパクトになってはいない。マスコミも一時はそれを囃し立てたがほんの少しで騒ぎはおさまった、友だちのオーストラリア人に聞いても弁舌さわやかな、きちんと理論のできる政治家という評価で、女性だからということはない。

 このごろこの国の女性進出はめざましく、連邦総督クエンティン・ブライスさん、ニュー・サウス・ウェールズ州の州首相と副首相、州総督、シドニー市長も、私の住んでいるパース市の市長もみな女性である。

 もう女性進出を鼓舞するフェミニズムは古くなったようだ。女性も男性もジェンダ(性差)については口を尖らせて議論しないし、ジェンダがないのはふつうのこととして世の中が動いている。女性が男性と同じような教育環境におかれれば、当然同じように才能が開発され同じように業績をあげることができる。

 時々帰る日本では、若い男性を草食系と称し、女性を肉食系として面白がったりしているが、ここではそれもない。

 考えてみれば人間の半分は女性なのだから医者も弁護士も国会議員も半分が女性であっても別にさしさわりはないのである。問題は飛行機のパイロットは女性より男性の方が落ち着ける…。そんな私自身の持つ古いこだわりである。

 政界の場合選挙民の半分以上は女性なのだから、女性議員がもっと進出してきてもふしぎではない。日本での女性首相の誕生も案外早いかもしれない。

(日経新聞初発行)
 サーカスにはほろ苦い哀愁と、子供のころの悪いことをするとサーカスに売られてしまうという恐怖感と、ジンタと空中ブランコと象と…。その規模の小さな小さなサーカスがパースのスワン川辺で始まった。

 切符を売っている女性も濃い舞台化粧で、ポップコーンのおじさんも精悍な目をしている。舞台が始まると売り場には誰もいなくなる。空中ブランコも一メートル立方体の箱の中に体を縮めてくにゃくにゃと入ってしまうお兄さんも、司会者も全部で九人だからそれぞれいろいろな仕事を分担しなければならない。お客さんも三百人ほどで輪投げが失敗しても拍手をし、特別に何の芸もせず、クルリと一回りするラクダにも拍手をする。

 スワン川に三十分おきに往き来するフェリーがあり、北から南へ所要時間は七分。ほとんど通勤につかわれる。河のそばにインド料理店があり無料だ。出口のインドの美女に客が自分の判断でそれぞれお礼を差し出す。五ドルの人もいれば三十ドルの人もいる。ボランティアたちがやっていて、コストを差し引いた利益は医療関係へのチャリティにまわる。味はまあまあだ。

 このあいだまであった観覧車の大きな輪がとりこわされていた。そうだろうなとすぐ納得した。去年東京から来た友だちと乗ってパースの夜景を楽しんだが、われわれ以外客はいなかった。毎朝散歩で通る道が動物園の隣で、園中の高い塔にオランウータンが赤いお尻を出し長い手を空につき出していたりするのが見える。

 無知にも南十字星とはひとつと思っていたが、結べば十字を描く四つの星をそう呼ぶらしい。ほとんど毎晩パースの空に輝く。

(日経新聞初発行)
 朝の散歩。しんどいなと思うと少しだが上り坂になっている。体への負担を年齢がすばやく教えてくれる。いっしょについてきてくれた若い女性に腰を押してもらう。温かい手に体をあずけてホッとする。

 十月の末になるとジャカランダの大きな樹が紫色の花を満開にさせる。日本の桜と色は変わるが雰囲気は似ている。桜ほどいさぎよくなく、咲くと一ヶ月はもつ。

 黒い大型犬をつれた老人が犬に引っ張られるような格好で小走りに通り過ぎた。近所のイタリア人ジョバンニと愛犬チェスターだ。グッドモーニングと声をかけると、にこっと顔をこちらに向けた。ここでは通り過ぎるとき挨拶をする人が多い。ときどき戻る東京では、ウンでもスンでもない。イアホンをあてているか、ケータイをにらんでいるか、自分の中に閉じこもっている。

さっきから鳥の鳴き声がうるさい。木を背に抱き合っている年配のカップルが見える。男の背中にだらりとたれた手の甲に女の年齢が現れている。近くに住む人たちではなさそうだ。

 ジャカランダの枝で首をつって自殺をした五十才の経理士がいた。原因はわからない。残された奥さんや娘もうつ病になった。そのことももう何年か経ち風化され、誰も喋ろうとはしない。

 いつもの散歩で見馴れた日常のごくふつうの風景も、空気の匂いも鳥の鳴き声も、時間が経つと消えて去る。この何気ない日常がたまらなくいとおしくなる。立ち止まって後ろをふり返り、しっかり見とどける。

 歩調が軽くなった。坂を下り始めたのだ。パースはもう夏っぽい。

(日経新聞初発行)