山陰、山陽地方、九州北部での豪雨による災害で亡くなられた方の
ご冥福をお祈りいたします。
僕も2000年9月11日~12日の東海豪雨の被害に遭いました。
幸いにも被害の度合いは小さいものでしたが、
水の恐ろしさを痛感させられました。
2000年9月11日
仕事の打ち合わせで午後12時30分
名古屋市中心部に車で向かいました。
この日は朝から雨が降っていて午前11時ごろから
バケツをひっくり返したような大雨が降っていました。
午後3時
打ち合わせが終わり、車に乗ろうとしたが
雨の勢いは衰えるどころかさらに強くなっていた。
当時乗っていた車は『ハイラックスサーフ』に乗っていて
若かったこともあり車高を高くしていた。
市内中心部はものすごい大渋滞で、幹線道路に車が集中していた。
そこで、幹線道路をそれて裏道を走ることにした。
皆が幹線道路に集中する訳がわかった。
道路が冠水していた。
15センチはあると思う。
マンホールの蓋からわき水のように水が噴き出している。
車高が高いのが幸いし難なく通ることができる。
車が通ったあとは水の上を船が通ったときのように
波がたち、家々の玄関に入りそうになるので
ゆっくりと進んだ。
そういった被害が出るので幹線道路に戻り、
皆が来るのとは逆のほうに車を走らせた。
ほどなく走ると幹線道路も水に浸かるようになってきた。
名古屋駅前の道路に来た時、
マンホールから噴水のように水が噴き出していた。
ここも通り抜け、なんとか会社までたどり着いた。
しかし、会社のある地域は川と川に挟まれているので
とても心配だった。
父親(当時の社長)はお客さんが来ていて今晩会社にいっしょに泊ると言った。
僕は家が会社から近いのでそのまま帰った。
家に帰ると20センチほど道路が水に浸かっていた。
翌日の朝午前6時ごろ起きて外を見てみた。
水かさはそれほど増えてはいなかった。
会社へ電話し無事を確認した後、
食べ物がほしいというのでコンビニへ寄った。
弁当とおにぎりを多めに買った。
後で聞いた話だがこの日はコンビニに配送の車が来なかったそうだ。
会社へは自転車で行った。正解だった。
会社の周りは30センチ以上水に浸かっていた。
うちの会社は国道近くにあるため少々高めのところにあるが、
国道から離れるにしたがって水深も深くなる。
ひどいところは2mを超えていた。
3時間ほどして、水が引き後かたずけをした。
会社の周りは自動車解体業、機会加工の会社が多く、
オイル、切削油などに悩まされた。
この体験から学んだのは災害時の食料調達の難しさだ。
早い時間にコンビニに行けば確保はできる。
しかし量にも限りがあるし買占めをする人も出てくる。
実際当時も午前7時ごろで各コンビニは品切れになった。
だから、前もって非常食を備えておく必要がある。
この地方では地震の心配もあり、実際このブログを
書いているときにも地震があった。
我が家では非常持ち出し袋に家族4人分の非常食と水、オムツを3日分用意してある。
昨日も夕方のかなりの量の雨がふった。
今は実家に住んでいるが、近くに川があり2000年の時
避難勧告が出て、小学校に避難したそうだ。
今回もそれが頭によぎり夜は眠れなかった。
朝起きると何もおきてなかった。
今週はまだ梅雨が明けず雨が続く天気になるそうだ。
不安な日がいつまで続くのだろうか。
長々と書いてしまった。
最後まで読んでくれてありがとうございます。

