私には自分は秀吉の転生者だという友人がいる。

結構、歴史上の人物の転生者っているんだよね。

マリア様、空海、ブッダの転生者に遭遇したこともある。

私なんかでも、結構、有名人と会ったことがあるんだわ。

一度、マリア様の転生者と御一緒した際に、そこに居合わせた方が「今日は此処にマリア様の転生者がいます」とアナウンスするのを聞いて、「やっぱりホンモノだよね」と。

だって、別の機会には、「今日は此処に自分のことをマリア様だと思っているイエス様と、自分のことをイエス様だと思っているマリア様がいます」と、言っていたもの。

それを聞いて、そんなことがあるの?と私は驚いたけど、其処にいらした少なからぬ方々はノーリアクションだったから、其処ではそんなに珍しいことではないのだなと思った。

で、私の知人のマリア様の転生者は其処には一回しか御一緒していないんだよね。
だから、私の知人のマリア様の転生者は正真正銘の本物だと思う。


そういうことがあった後、インドコースに行った。
そうしたら、Bagabhanが転生の説明をしてくれた。

曰く。
人は一輪の薔薇の花のようなもので、亡くなると一輪の花は花びらがバラバラになって下のプールみたいな所に落ちる。
そして、次に転生して来る際には、プールの中で沢山の花びらの中から寄り集まった一輪の薔薇の花が咲くことになる、と。

このBagabhanの説明を聞いて、腑に落ちた。
それなら、マリア様の転生者が、現代の日本に複数存在していたとしても、何の不思議も無い。



私が千年前の先祖や太平洋戦争中の日本で空襲で亡くなったり、子供が神隠しになった人生や、東南アジアで未亡人になって一粒種の子供を養子に出したり、実姉の婚家で育てられたり、インドで修道院に入ったり、ヨーロッパで弟と闇討ちにあって殺されたり。
あんまり滅茶苦茶でいながら、なんだか妙に前の人生と背中合わせの人生だと思うことがある。
もしも東南アジアで我が子をあんなふうに養子に出したりしなければ、子供が神隠しになることはなかったのかもしれないと、忸怩たる思いで一杯一杯だ。
子供が神隠しになった理由は、ちゃんとあったのだ。
私のせいなのだ。

養子に出した子供にも神隠しになった子供にも養子に来てくれた子供にも、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、と、平謝りだ。

過去生の記憶は誰でもあると思う。
だってね、今の日本人ときたら、カレーライスやキムチや餃子が大好きでしょ。
スーパーに行ってご覧。
レトルトのカレーがズラリと並んでいるし、キムチや餃子も何種類も並んでいる。
普通の御家庭の主婦がカレーライスや餃子を作るなんてことも、世界的には珍しいらしいよ。
大抵は食べ馴れた食事しかしないものらしい。

あと、お茶。

私は過去生の記憶が出て来る前は、期せずして過去生での飲食物を好むようになっている。

だけど、思い出した過去生は辛いことばかりが多かった。
多分、幸せだった人生は思い出す必要などないのかも。
無念だったからこそ、チャージとして来世に持ち越さなくてはならないのだろうと思う。

だから、無理に過去生を思い出す必要などはないと思う。
私は過去生で親子だった転生者に遭遇した時に、自動的に思い出してしまっただけにすぎない。

退行催眠の先生によると、今生の一番最初の記憶が幼い時の記憶であればある程、退行催眠のセッションで過去生の記憶が出て来るらしい。
私は一歳半の時の記憶が今生の最初の記憶だけどね。
因みにフィジカルヒーラーの先生方は、私よりももっと前みたいよ。
生まれる前とか生まれた日とか言葉を理解した瞬間とか。

結局、今生の最初の記憶が一歳半くらいでは、ヒーラーには不向きなワケよ。
おわかり?