前回のブログから1週間以上空いてしまいました… 毎日毎日小テストの嵐で、ブログを書くような時間はありませんでした。でもできるだけ更新できるように頑張っていきます!


最近、なにかと心が苦しくなるニュースをたくさん目にし耳にしますよね。
「えっ、嘘でしょ」ってなる瞬間、本当のことだと信じられないのは、その事を知るほんの数秒前まで当たり前のことだったからなのではないでしょうか。
私は衝撃的なニュースに触れる中で、「当たり前」のはかなさに気づきました。自分が当たり前だと思っていることなんて、一瞬でなくなりうるんです。家族がいて、帰る家があって、学校に行けて… これらを当たり前と思うことは良いことだとは思いません。でも、無意識のうちに当たり前だと思ってしまっているのです。

人の頭の中の当たり前は常に更新されていきます。誕生日が来れば1歳大きくなった自分が当たり前になるし、芸能界で時の人となった芸人が知らず知らずのうちに見なくなってしまうのも当たり前になるんです。この時点で、当たり前ってすぐに消えてなくなるはかないものだと思いませんか?

しかし、人が当たり前のはかなさを感じるのはこんな些細なことではないんです。
今までにあった当たり前が、急に壊れたときでないと、こんなこと気づくわけないんです。無意識のうちに自分が感じている当たり前を、意識的に感じるまでは… 

人は、とあることで当たり前のはかなさを体感しても、いつかこの事を忘れます。これが1番の罪です。今ある日常を当たり前に感じすぎると、少しの感動に気づかなくなり、幸せを感じづらくなります。
何気ない日常に変化はつきもので、当たり前なんてありえない。周りの変化に目を向け、変化を受け入れる。
これだけで、少し生活が変わるのではないかなと思います。

話が若干それたかもしれませんが、私が伝えたかったこと、それは「当たり前」なんて存在しなくて、自分の中にある当たり前もはかないものだということです。

一定のリズムで繰り返される毎日にも、必ず変化が起こります。大きな変化から小さな変化まで色々です。当たり前だと思ってしまっていると感じることのできない小さな変化を、1日に1つだけでも見つけられると、幸福度をあげられると思います。


今日は少し、ニュースから派生して考えたことを書きました。今後このような記事を書くこともあると思います。ぜひ、私の考えを読んで自分なりの意見をもっていただけたらと思います。そして、それを私にコメント等で教えていただけると嬉しいです。このブログを通して様々な考え方に触れ、自分の視野を広げたいと思っているので、よろしくお願いします!