彼と知り合ったのは2月下旬でした。

彼があるサイトで書き込みをしており、私がそれを見てメッセージを送りました。

私はよほどのことがない限り、自分から男性にメッセージを送ることはありません。このときはある共通点があったのです。

実は彼と私の生年月日と血液型が全く一緒だったのです。

彼と何回かネット上でやり取りをしているうちに仲良くなり、私から誕生日に会わないかと言いました。

彼はそれを了承してくれ、誕生日に会う約束をしました。お互いにサプライズでプレゼントを交換しようという話もしました。ちなみにこのときはまだ付き合ってはいません。お互いにただ単に知り合いとして会うという程度の認識しかありませんでした。

ある時、私が誕生日に弁当を作って持っていくと言ったところ、なぜ顔も見たこともない自分にそこまでしてくれるのかと聞かれました。

私は困りました。彼のことを人間的に好意を持っていたのです。恥ずかしさをこらえて「あなたのことが気になっています」と伝えました。

彼も私に好意を持ってくれていましたが、私は彼ほどは好きになれませんでした。それは、私が彼のことを文章でしか知らなかったからです。彼の普段の姿を知っていたならば、もっと早い段階で男性として彼を見ることが出来たのでしょうが、ネット上でしか知らない人物の言葉を簡単に信じることなど私にはできませんでした。

しかし、彼のことが気になるという気持ちはずっとありました。ドキドキするというより、心の中に嵐が吹き荒れるような心境でした。この落ち着かない気持ちを何とかして静めたいと思った私は、彼に誕生日の前に1回会おうと言いました。

彼と初めて会ったときに、私は彼のことが好きだという感情を抑えることができませんでした。彼も私のことが好きだと言ってくれました。しかし、私はまだ前の彼のことが忘れられず、彼と比較してしまう自分がいました。そのことを彼に言うと、それでも構わないと言ってくれました。

付き合うまでは彼も私も「付き合おう」とは言いませんでした。彼のことは好きだったけど、中途半端な私の気持ちで彼を傷つけてはいけないと思い、ずっと曖昧な付き合いをしていました。彼もそのような私の気持ちを汲み取ってくれていたのだと思います。しかし、はたからみればどう見ても恋人同士にしか見えなかったでしょう。

ある時、彼が自分の存在は何なのかと聞いてきました。きっと、付き合ってもいない宙ぶらりんな状態に不安を抱いたのだと思います。

私はこのときはもう彼に気持ちが傾いていたので、彼に付き合おうといい、交際を始めました。

彼のような優しくて純粋で素直な人に出会ったことがありません。私のような偏屈な人間のことをちゃんと受け止めてくれます。私はとても幸せです。













あ、そういえば今日は4月1日でしたね。
今、神谷美恵子の『生きがいについて』を読んでいる。

その中で彼女はルソーの著書『エミール』の有名な一節を取り上げている。

「もっとも多く生きたひととは、もっとも長生をしたひとではなく、生をもっとも多く感じたひとである」

久しぶりにこの言葉に出会った。

私は命あるかぎり多く生きたい。自分が生きているという実感を欲しているのである。
ども、M:i:IIIでトム・クルーズの声の吹き替えをしている森川智之の声にノックアウト寸前な私です。この人の声は昔から好きなんですよねー。はっきり言ってトム・クルーズはどうでもいいですが、森川さんの声は本当に男前ですよね。耳元で囁かれたいという妄想全開ですよ。


それでは滞っていた振り返りをしたいと思います。


●病態医学1(通年:必修)
 病理病態学教室の准教授が担当した。この先生はとても厳しい人で少しでも私語があると「名前と学籍番号を言ってください」と言って私語をしている学生をチェックしていた。きっとあれは成績に加味されるのだろう。あと、自習の際にも出席が取られ、先生が自習用に作成したプリントもコピー禁止(要するに内容が流出しないようにしていた)という徹底ぶり。正直そこまでせんでもええんとちゃうかなと思っていた。ただ、私語をしている学生に対してあれだけ厳しかった先生はいなかったので、その点ではあの先生を評価したい。授業の最後に授業評価があるのだが、授業評価の紙に「授業中の私語がずっと気になっていたので、そのような学生に対して注意して下さってとても助かりました」と書いた。


●英語(通年:必修)
 以前にも言ったが、この講師の先生は微生物学の先生の奥さんである。最初見たときには怖そうで厳しい人なのかなと思っていたが、授業を受けるにつれ、結構適当というかいい加減な人なのだなと思った。もちろん悪い意味ではない。
 この先生はテストよりも平時の授業への参加度を重要視しており、ボキャブラリーの意味を前のホワイトボードに書きにいったら1点がもらえ、しかも何も書かれていない語彙があれば、何回でも書きに行って良いということで、学生は容赦ない戦いを繰り広げていた。
 いつもファッションやアクセサリーが若干ゴージャスで、高級住宅街の奥様みたいだが、しゃべると案外庶民的なところもある。授業で使用していた先生作のマグノリアのテキストを少しだけアレンジして本を出版するとかしないとかという話をしていたので、相当デキル女性だと思われる。
 たまに旦那の話が出てくるので、旦那のことを気にかけているのだろう。


●ドイツ語(通年:選択)
 ドイツ語は専任の先生がいるわけではなく、ドイツ哲学を専門としている哲学の講師の先生が担当していた。
 この授業は前期も後期も1時間目からだったため、人間発達論の時と同様、前期は欠席や遅刻が多かった。しかも、出席のとり方が授業の最初に行う小テストであったり、そうかと思えば授業の途中で普通に出席を取ったりと一貫性がなかった。
 そういうわけで、出席日数が足りなさすぎてドイツ語を落とすかもしれないという憂き目に遭っていたのだが、幸いペーパーテストの成績が前期・後期とも90点以上であったため合格した。
 

●栄養学(後期:必修)
 奈良にある畿央大学という私立大学から来ていた先生が担当。この授業は先生が教科書を読むだけという単調なものだったため、学生は寝ているか友達としゃべっているかのどちらかであった。私はほとんどの授業で一番前に座っているので、後ろを振り返る機会はほとんどなかったのだが、ある時ふと後ろを振り返ってみたところ、ほぼ全員意識消失患者であった。これにはさすがに驚いた…。
 先生はそういう学生に対し、笑顔で「お話している人は何か質問があるんですか?もし何かあったら言ってくださいね」などと言っていたが、学生はもちろん質問などあるわけがなく、先生もそんなことはきっとわかっていたのだろう。
 以上のような経緯があり、テストが大幅に変更されるという大事件が勃発したのである。そりゃ先生もキレるわな。


●生命と倫理(後期:必修)
 生命倫理学の授業で、ドイツ語の先生(つまり哲学の先生)が担当していた。私はこういった類の授業はグループワークだろうと思っていた(専門学校の時はグループワークだった)のに、実際は通常の講義形式の授業だった。
 私は生命倫理学が好きなので、毎回動きの悪い脳をフル回転させてレポートを書いていた。なぜか私のレポートが1回だけ授業中に晒されたことがある…。そんなに私のレポートはひどいものだったのだろうか…。
 一つ気に入らなかったのが、レポートを期限を過ぎて授業の時に提出している人がかなりの数いたことである。それが認められるのであれば、期限内に提出している人の立場がないじゃないか。私はとても腹が立った。大学がこんなユルいところだなんて入学するまで思わなかったよ…。


この振り返りもあと1回ぐらいだと思います。


それではまた。