terkey 鉄道・今昔物語

terkey 鉄道・今昔物語

1980年代の鉄道少年。。。
2012年より鉄道写真復帰。。。
少年時代と現代をタイムスリップしながら投稿しています。

1964年にデビューした485系の先頭車両はボンネットタイプでしたが、1972年に将来の分割・併合運転を想定してボンネットを廃止して、貫通扉を備えたタイプの200番台が新造されました。

 

それまで、すべてボンネットタイプだった特急「雷鳥」にも、200番台が充当されるようになりました。

 

1980.8.12 東海道本線・大阪駅 OLIMPUS TRIP35

 

貫通扉は、先に製造された583系(クハネ581、クハネ583)と同様のタイプとなっていますが、空気シリンダーを使用した自動扉となっています。

 

1982.5.3 東海道本線・大阪駅 OLIMPUS TRIP35

 

ボンネットが廃止された事によって、客室スペースを広く取る事ができるようになり、定員が8名増加しました。

 

1983.8.8 東海道本線・山崎-高槻 OLIMPUS TRIP35

 

九州で運行されていた特急「かもめ」、「みどり」で分割・併合運転が実際に行なわれましたが、貫通扉は使用される事はありませんでした。

このため、せっかく設けられた貫通扉も隙間風対策などで、貫通扉の外観は維持されたまま、実際は開閉できないよう改造された車両も登場しました。

 

新造後使用される事のなかった貫通扉でしたが、381系を使用していた紀勢本線を走る特急「くろしお」の増便に伴い、1985年に485系が「くろしお」に充当された際、初めて貫通扉を使用した運用が実現しました。

 

特急「雷鳥」は、大阪から金沢・富山・新潟を結んでいましたが、一時期、一部列車のみ神戸まで延長運転されていた頃もありました。

 

1986.10.18 山陽本線・朝霧-明石 OLIMPUS OM-2n

 

国鉄最終日の写真です。

 

1987.3.31 東海道本線・大阪駅 OLIMPUS TRIP35

 

翌日の1987年4月1日、JR発足しました。