2026年6月5日(金)午後15:00〜17:00という「堅気泣かせ」の時間帯に開催されたタイトルのイベントを観覧してきたので、内容の概略を記録しておきます。すでに当方のアカウントでXに上げたものを微修正の上再録します。

 

ハロプロOGを擁するM-lineClubで募集がかけられる。出席者は全部で50人弱。六本木のフィリピン共和国大使館前に招集され、番号順にメールと身分証を見せて入場し、それほど広くない一室に着席。お茶とフィリピン料理の軽食弁当を支給され、食べながら話を聞く形。係員が回ってきて、一人一人の弁当に甘辛いソースをかけてくれる。川邊(元?)会長の存在を確認。裏方として動いておられるようです。

 

    『佐々木莉佳子 フィリピン文化交流ファンミーティング ~LOVE THE PHILIPPINES~』(atフィリピン共和国大使館)終了。「謎のイベント=神イベント」の法則通りでした。

    莉佳子ファンミーティングの大きな流れは

    1.フィリピントラベルガイド
    莉佳子お勧めのフィリピンお弁当を頂きながら、フィリピントラベルマイスター鈴木さんと観光省のジェニファーさんのガイドを莉佳子と聞く。

    2.各テーブルを莉佳子が巡回してお話し会(1テーブルで数分ほど話していた感)

    3.莉佳子が30分かけてセブ島語学留学&観光体験を画像付きで語り倒す

    4.マイスター鈴木MCでフィリピンクイズ大会(賞品は莉佳子が選んで手渡し)

    5.お土産付きお見送り

    全2時間、という感じでした。東南アジア食わず嫌いのオレもちょっと行ってみたくなった。

以下、各演目について。
 

[1]トラベルガイド
 トラベルマイスター鈴木推奨
    ①マニラ
    イントラムロスの歴史的建造物
    食文化(ロンガニーサ・ルンピア・ビーフン)
    ロンガニーサは気仙沼時代の朝ご飯

    ②セブ島
    海の美しさと人の優しさ
    ※海の写真を背に撮影タイム

    ③クラーク:ゆったり過ごす街
    莉佳子「クラーク、知ってる人いますか?」
    オレ(はーいピナトゥボ山の大噴火で壊滅したクラーク米空軍基地のあったところですね!…と思ったけど言わなかった。)
    莉佳子はバギオにも行きたい

    ④ボラカイ島
    世界で一番美しい島
    白い砂浜と遠浅の海
    ※再び撮影タイム
 

[2]莉佳子のテーブル巡回お話しタイム
    去年のかみかむ大航海のテーブル巡回と似た感じだけど時間は長かった。かなり時間がたってやっとうちらのテーブルに。古参の髪色青緑のお強い古参青年と結構ガチめのお姉さんと黄色いオレで莉佳子に「ここは色鮮やかですねー!」と言われる。オレは莉佳子にフィリピンでの酒の話を振る。

    やはりサン・ミゲルのビールがポピュラーだそうだが、ジンやワインの文化もあるとのこと。何かの酒をいとこで回し飲みするらしい。サン・ミゲルと言えばマルコス政権、とか余計なことは一切言わず

    オレ「今度竹内さんがお酒出すんでお酒飲むイベントあるんですよ。莉佳子さんも是非サン・ミゲルやフィリピンワインを飲むイベントを宜しく!」
    莉佳子「おー、それ天才! あとで言っとくわ〜!」

    などと、前向きにお話し会終わる(笑)。一時はネタ思いつかなくて追い詰められていたのであった…。

 

[3]莉佳子30分フィリピントーク
莉佳子「今日も来ている母(最後列の黄色い服のエステーラさんに満場拍手)は若い頃から日本で働いていた。フィリピン女性の強さは尊敬している。フィリピンには10歳の時に行ったのが最後でデビューしてからは多忙で行けなかった。2年前に卒業してすぐにフィリピンに久々にいとこたちに会いに行った。今回のセブ島行きはそれ以来で、初めて母なしで語学会社のサポートを受けつつ一人で行った。いとこたちとは会いなかったけど、ステージに立つと言ったら喜んでくれた。セブは24時間活発でスピードの速い街。
     気に入りのファストフードチェーンはジョリビー(Jollibee)。甘いバナナケチャップのパスタ。日本の給食のソフト麺の食感。ソースをつけて食べるここのチキンが一番好き。激甘のプリンは好き嫌い分かれるかも。フィリピン春巻きのルンピアでにんじん嫌いを克服した。」

    QQEnglishというセブ島の英会話スクールの話。【川邊さんが関わっている事業、と後で聞いてあれこれ繋がったのですが、提供するサービスの質が良ければとりあえず問題なし】莉佳子はそのシステムや校舎やもはや自分の推しになっている講師たちを絶賛。「勉強は嫌いだったけど短期間の講習でも新しい世界が目の前に開けた。学校主催のイベントで、現地在住の日本人アイドルや現地に招かれた落語家【権太楼師匠のお弟子さんだったかな?】の英語落語に混じって、自分は「恋レボ」とフィリピンアイドルの歌を披露した。恋レボなんて研修生以来やっていなくて踊れるかな、と思ったら体に振りが染み付いていて難なく踊れた。「#これがハロープロジェクトか 」と思った。短期間の講習なのに自分も卒業証書を貰えて嬉しかった。英語は今は今月はイベントが多くてお休み中だけどいずれ再開したい。また先生方に会いたい。実になったぞ、という充実感があった。イベントでも自分を出し切れた。セブ島、住みたい。マンゴー安くてマンゴージュースが絶品! わんちゃん🐶が多い。たくさんの人との出会いに恵まれた。自分のマイナスの部分をセブに置いて、明るくなって日本に帰ってこられた感じ。 海サイコー!」
    ※観客は終始大沸きで、最後に「ここは大使館なので少し静かめに」という注意が入る。
 

[4]フィリピンクイズ
    かみかむ大航海のビンゴみたいな感じだったけど、観客に対するプレゼント付きクイズ。易しめのフィリピンの知識があれこれ問われる。全員起立で間違えたら座る例の形式。オレは惜しいところで芋引いてアウト。まあ、いつものことで。最後はじゃんけんでフィリピングッズを10名弱が貰っていた。

[5]お土産お渡しタイム
出口でフィリピンのお菓子やドリンクの袋詰めを係員に渡されつつ莉佳子と少し話せる。

オレ「なんかオレもフィリピン行きたくなったわー!」
莉佳子「おー! ぜひぜひ!」
オレ「んじゃまた来週!」
莉佳子「ありがと〜!」

外に出て、知人と「神イベですなー」などと言い合って解散。実に充実したイベントでした。
    
 

 

 

 

 

 今年の10月14日に行われた、アンジュルムのリーダーとサブリーダーとが久里浜・金谷間のフェリー上で行うイベント「かみかむ大航海!」からはや一週間以上経過しましたが、いよいよDVD発売ということで、僥倖により2公演に参加できた者として簡単な(とはいえまあまあ長い)レポートを上げておきます。当方、思いつきの感想をSNSで垂れ流すばかりであまり客観的なレポートを書くことには慣れていないので、主観や記憶違いの混じった記録になっていると思いますが、いわばDVD商品販売促進? の一環として敢えて上げておきます。引用は必ずしも原文通りではなく、原意を損なわない範囲で最小限の言葉を補っている可能性があることもご了承下さい。

1.抽選
 アンジュルム主戦場ではないけれども川村BDにはほぼ毎年必ず参加しているヲタ友さんにお願いして、いわゆる「相互連番」の形で応募しました。具体的には、この空前の「選民」イベント、どう考えても両部とも130人弱のキャパでは落選祭りになりそうなので、オレも相方も1部、2部各2枚ずつで申し込みました。「1部4枚、2部4枚当選」などという事態はありえなかったと思いますが、万が一のその場合には落選したお互いの知人(数名はいたはず)に実費を負担して頂く形で声をかけようと思っていました。

 

そして結果は、

「相方が1部2枚当選+2部落選、オレが1部落選+2部2枚当選」

となり、二人の手元に1部2枚、2部2枚来ることになりました。これはきわめて運が良かったとしか言いようがありません。同じパターンで二人申し込みで両部落選というパターンも聞きました。

2.第1部 マグロ解体ショー&試食
 オレと今回の相方さんはかつて2021年の川村BDイベントの1部でだけ行われたマグロの解体ショーを見ており、オレは加えて2023年の春にSATOYAMA SATOUMIイベントで行われた解体ショー(YouTubeを検索すると見ることができます。)も現場で見ており、川村さんの解体ショーはそれぞれ複数回見ていることになります。

 しらはま丸は12時乗船開始、12:15に出航し、久里浜金谷間を往復し、14:00前くらいに久里浜帰港という予定とのこと。乗客は、11時前後くらいからフェリーターミナルでチケ認証と引き換えに首から下げるタイプのパスを受け取ります。係員が作業を行っているターミナル1階には食堂と売店があり、食事をしているヲタクもいて生ビールも置いてありましたが、禁酒条項がイベント全体にかかっていたためにさすがに控えました。万が一、動かぬ証拠を押さえられて、このレア企画をせっかく当ててくれた相方共々摘み出されたら一生顔向けできません。なお、アンジュルムの箱推しおまいつ系の人の顔を何人か確認しましたが多くはなく、激戦の跡が窺えました。

 

  時間が来て乗船すると、2階の比較的大きな船室に案内され、パスに書かれている番号(すでに確認メールで開示済み)の固定席に着くように指示されました。我々は最前ではありませんでしたが、比較的前方のテーブルで観覧する形になりました。前の席には素敵な若いヲタ夫婦おられました。なお、下の階には普通に一般客と車両が入っていて、船が久里浜→金谷→久里浜と移動する際に港で乗降していました。つまり、普通のフェリーのワンフロアを借り切った形になっていました。船室からは外の景色がよく見えましたが、基本的に客は料理を配布する時以外は事実上着席を義務づけられ、甲板に出たりすることはできない形でした。その階への一般客の出入りは禁止されていましたが、それほど警戒は厳重ではなくたまに何事か、と覗いてくる下のお客さんがいらっしゃいました。


 開演時間になって白と紺のマリン・ルックのかみこと「鮪匠」という文字が入った青い法被を着た川村さんが入ってきて、オープニング・トークが始まりました。かみこが「この人数のイベントに当選した選ばれし皆さん、おめでとうございまーす! もう運は使い果たしましたね〜!」などと煽ります。川村さんも苦労して実現したイベントであることを強調していました。カメラは回されていましたが、映像配信や販売はないとのことで、DVDやネット番組で一部が使われるだけであろうと思います。(そしてDVDの発売は現在は発表されていますが、「大航海」の映像がどの程度使われるのかは2024年10月時点では未知数です。)

 マグロの木村師匠を交えて本編の解体ショーが始まりますが、試食の時間があるためか、やや短縮バージョンという感じがしました。鮪を川村さん自慢の「マイ包丁」を含む数本の長包丁で切り分けながら部位説明が入ります。かみこは横で35キロの鮪の解体に明らかにビビっていました。ショーの後は鮪の師匠の「この話【川村さんのマグロ解体師資格取得の話—グルーナ注】、2〜3回くらいお断りしたんだけど、最後は川村さんの熱意に根負けした。会社にやらされているのだと思ったらそうではなく、努力して比較的短期間で資格を取得した。川村さんは客に「見せる」という要素ではやはりプロだし、最近はうちの若い者の刺激にもなっている。」(大意)というお褒めの言葉も頂き、観客は拍手喝采でした。

 切り分けられたマグロ(キハダマグロでした)は人数分の皿に分けられ(最初の数皿は川村さん本人の包丁が入ったようです)、師匠の弟子たちが酢飯を交えて盛り付けます。一人当たり鮪の握り寿司3貫と切り身少々に小さい醤油の袋も付いてきました。写真を見た上でのネット上のやや否定的な批評は見ましたが、まあ、そもそも高い鮪を賞味する趣旨の集まりでもないし(笑)、新鮮さもあってかなり美味しかったと思います。あの価格帯ではまずまず頑張っていた方ではないかと…。

 

 川村さんは「できることならその今日の味覚を永久に保存てほしい、と思ってもそれは無理。でも、推しである私が切った鮪の味を皆さんには覚えていてほしい。」

と言っていました。ヲタクがマグロを食べるのを、これも最初で最後ということで涙ぐみつつ眺めるかわむー。テレビで一部にお馴染み決め台詞の「うまこくりょー!」を半ば言わされるかみこ。試食後は軽く締めの言葉を2人で述べた後、約130人のテーブルをかみかむ2人でサイン入りポストカードを配りながら回りました。ここは配られるだけではなく、まあまあフリートークができました。なるべく多くのヲタクと目を合わせて話ができるように心がけているような感じでした。我々のテーブルでは、前述のように我々の前の男女がご夫婦であることで盛り上がりました。オレは「見せてくれた長いマイ包丁、高いんでしょ?」と聞いてかみこに「ちょっとー(笑)!」とたしなめられました。川村さんによると「頂き物」だそうです。資格取得のお祝い品だったのかな?

 全テーブルを回り終わって改めて感謝の挨拶があって、その後2人でのバースデーイベント後のようなお見送りもありました。ここもがっつけば割と喋れたようです。その後、係員から記念カードを一人一人が受け取って全編の終了となりました。

…非の打ちどころのない、(失礼ながら)あの事務所としては稀有なイベントとなりました。

2.第二部  トークイベント&ミニライブ
 第一部と同じやり方で着席観覧。我々はサイド席でしたが第一部よりもさらにステージに近い前方の位置に座ることになり高まりました。二部では川村さんもかみこと同じマリンルック。彼女のハロプロでも屈指のスタイルの良さが際立っていました。

 前半はビンゴゲームとトークがあり、ビンゴとか普通はそんなに面白くない埋め草企画(偏見!)ですが、海が見渡せる船上での昼下がり、というレアな環境、そして彼女たちの頑張りもあり結構盛り上がりました。オレの相方が早々にビンゴを達成し、川村さんお手製のケース付きかみかむチェキを獲得しました。他の景品も全て川村お手製の造花などのレア物でした。オレはリーチはかけたものの結局は当たりませんでしたが、我々のテーブルには結構当選者が多かったようです。

 その後はフリートークで、川村さんがマネージャーに詰め寄ってもぎ取るようにこのイベントを実現した話とか、決まった時には人目も憚らず大泣きした話(これは一航海目に聞いたことかも。かみこのインスタにその瞬間の実映像が上がっています。)、などなど、このイベントの実現への思い入れが改めて語られました。かみこも、アンジュルムではこれまでバスツアーをやらなかったのでお客さんとこの距離で触れ合うイベントがなかなかなかったので新鮮であったこと、自分も屋久島でこういう船のツアーをやりたいこと(これは前からブログで宣言していたようです)、などを話しました。実はこの船は前にもアンジュルムDVDの時にも撮影場所として使っていて、その時笠原桃奈がこんなポーズをして…などという思い出話も出ました。熱いぜ「ゆめ組」! そういえば「ゆめ組」の自作Tシャツを着て乗り込んでいる人がいました。

そしてライブコーナー。

1. ひょっこりひょうたん島(モーニング娘。)
2. 直感2〜逃した魚は大きいぞ!〜(モーニング娘。)


海、魚シリーズ。「あっぱれ回転ずし」(むてん娘。)を次に期待したのですが、さすがに来ず(笑)。

3. 夕暮れ 恋の時間(スマイレージ)

 検索したりしてちょうど夕陽が見える時間にこの曲を持ってこようとしたそうです。この曲から数曲くらいの間、次第に綺麗な夕陽が船室に差してきて、歓声の中で涙ぐむ2人の姿が見られました。

4. 上國料ソロ/絶対解ける問題 X=♥(松浦亜弥)

 本人のバースデーイベント(オレは2部とも参加しました)が3日後にあるのであまり新曲を仕込む時間がなく、歌い慣れていて盛り上がれる曲を選んだそうですが、歌詞飛ばしとかしていました(笑)。基本は真面目子ちゃんだけど、緩むところは思い切り緩むのもかみこ流。

5. 川村ソロ/凜(RIN)(℃-ute)

 今回のイベントが実現したことで、「願い続けて良かったよ今は」という歌詞で始まるこの曲を選んだとのこと。そして「沈む夕陽も」という歌詞も入っている。夕陽が落ちて夜の帳が降り始める時間にうまくハマりました。今回、雨が降らずに海の光景を終始楽しめたのは天の配剤と言うべきものでした。二人の長年の努力が報われる瞬間だったでしょう。我々の「午後の曳航」もそろそろ後半戦です。

6. ほたる祭りの日(ジュリン)

 上國料、川村、共に上京してきた時期にたまたまよく聴いていた曲であるとのこと。ここで川村さんは「上國料さんみたいな人と東京で出会えて良かった…仕事仲間だけどそれ以上の存在で…」と涙。「こっちこそだよ!」と応じるかみこもうるうる。

7. 愛すべきべきHuman Life

ド定番の持ち曲。かなり近くで二人の客煽りを堪能しました。

8. ザ☆ピ~ス!(モーニング娘。)

オリジナルMVの船に乗る水兵さんのイメージから選ばれたと推測します。

9. か~てぃんこ~るんるん(スマイレージ・ミュージカル『SMILE FANTASY!』劇中曲)

 何度か川村BDのラストで歌われた曲です。作詞:末満健一/作曲:和田俊輔…『LILIUM—少女純潔歌劇』に10公演通った身としてはたまらないコンビの作品。「かむかむ!かむかむ!川村文乃♡かわむー!かわむー!川村文乃♡かむちゃん!かむちゃん!川村文乃…」などと2人しかいないのに強引にメンバー紹介を二人分の名前で押し切ったところが楽しかったです。

※ライブ途中に金谷港に到着し、ライブと歓声とで船の荷役業務に支障が出た、とかで、一旦ライブを停止して2人のトークで間を繋ぐ時間もありました。

 そして最後は第一部と同様、締めの言葉とテーブル巡回でのカードお渡しとトーク、かみかむお見送り、もう一枚のカードの係員からのお渡しがありました。テーブルトークでは何か言おうと思ったらかみこの方から「あ、2公演取れてる人がいる!」と機先を制されて取れ高なしでした(笑)。まあ、どっちみちそのネタくらいしか話すことはなかったんですが…。ヤケクソでお見送りでは首からパス2枚下げて「2公演とも楽しかったです!」で終了しました。(数日後のかみこバースデーにはさすがにパスは持っていきませんでしたが、お見送りで「今週は熊本までずっと「かみこウィーク」でーす!」と言ったら「そーなのー!」[疑問調ではなく断定調]と指を差されました。)

 前述したように2021年の川村文乃のバースデーイベントは1部がサプライズでマグロ解体ショー、2部は予告されていたLIVE &質問コーナーという通常版で、正直1部の方にレア感があったのは否定できませんでした。今回も、両部とも激戦ながらやはりマグロの試食の方が倍率は高かったようで、2部はオマケとは言わんが…という前評判もありました。しかし、蓋を開けてみると、130人くらいの少人数で絶妙の環境で至近でライブを観る、というまたとない機会で、1部と同等またはそれ以上の貴重な経験となりました。

 いずれ発売されるDVDと照合すると時系列違いや重要部分・発言の抜け等もあるかもしれませんが、まあ両部参加できた数名(数組)の中の一人のレポートとしてあえて公表させて頂きます。当方としては1部2部の大部分が映像収録されていることを願わずにはいられません。長文でのお目汚し、失礼致しました。(了)

 

2015年7月9日(木)「人生有数の突発事が発生し某コン昼13列目を本日午後に某所で売却。→その後、確実に入ると思われた行事が翌日以降にずれ込むことが確定。→売った代金に500円足して別の某所で「29列」を買い直し。なお、この日の夜コン良席は引き取るつもりで強気の値段を付けていたのに瞬殺。人生ままならぬ。」http://twitter.com/402513690/status/619151453257469952by viscountgruner via Twitter
 
 一応落ち着いたので、私事で恐縮ながら、この「突発事」の話をしておきましょう。実は上記日付の未明、入院して4日目になるかならないかで父が他界しました。朝方知らされ、すでに病院から移されていた遺体の安置所で対面をして、その後職場で午前の仕事をし、その足で原宿の娯楽道にチケット3枚を預け、午後に別の安置所に向かいました。そこで土日にあると思っていた法事一切合切が教会を押さえる関係で平日の月曜、火曜にずれ込むことが分かり、慌てて娯楽道のHPを見たらハロコン日曜の分2枚は売れていました。あわてて土曜の6列を取り下げて確保。ええ、父の臨終の日にもヲタ活のやりくりをしていたことを記録しておきます。そして、土曜日曜は家を空けて名古屋に遠征しました。
 
 オレが7月の後半、午前中に「トライアングル」を見て午後に名古屋に遠征して「研修生→アンジュルム」の夜公演はしごをしていた頃、父は母や妹夫婦と普通にドライブをして観音崎ホテルでの夕食を楽しんでいたと言います。ただ、7月末に極度の疲労感がついに忍耐の限界に達し、父が副院長まで勤めて退職したみなとみらいの、ちょうどサトヤマではヲタの残念な姿が見られる某会場にほど近い大病院に入院しました。院長初め、皆彼のはるか後輩なので殿様入院でした。最初に儀式のように行われた血液検査で、全てが判明しました。白血球数3万越え。「急性リンパ性白血病」という診断でした。4月の検査では正常値だったのに。父は検査結果を見ながら、「そうだったのか…。」と呟いたそうです。彼は神経内科の専門家で未だに第一線クラスの当該学科のテキストブックも先輩と共に書いていますが、内科専門医でもあるのでカルテを見れば今後の推移はだいたい分かってしまいます。彼はそれでも2~3ヶ月は時間がある、と踏んでいたようですが、主治医の見立てはもっと短く週間単位、そして現実はさらに短く、6/29の入院後、週末の一時帰宅を挟んで10日と数時間で他界しました。死の前日、オレの見ている前でカトリックの母より洗礼を受けました。
 
 父は尊厳死協会の会員、というかスタッフに近い仕事をしていた人間であり、結構臆病な人間でもあったので何より恐れたのは心身含めての苦痛に満ちた最期でした。実は父が告知を受けた「急性リンパ性白血病」も末期は出血や呼吸器障害による結構苦しい最期になる可能性がある、という情報も得ていたのですが、まあ末期の苦痛を感じる暇もなく、死の前日まで家族の前では意識も途切れることもなく、慌ただしく彼は旅立ってしまいました。週末の帰宅では銀行の金庫の預けておいた家族名義の預金を下ろしたり、先輩の好き者から押し付けられたpornographyを処分したり(←死後母から聞きました)、お父さん子の妹を呼んで動揺しないように病名を告げたり(音声を残しました)、自分の始末は全て付けて行ったのは彼らしかったかな。末期の苦痛からの逃げ足も速かったな。最後に、上記と内容的に重複しますが、告別式での「喪主代理挨拶」を一部伏せ字にして転記しておきます。

「1.遺族並びに親族を代表致しまして、一言ご挨拶させて頂きます。私は故人の長男で、××××と申します。本日は平日午前という慌ただしい時間に、遠路より御会葬頂き誠に有り難うございます。故人も喜んでいることと存じます。また、故人生前中は皆様方に一方ならぬ御厚情を賜り、心からお礼申し上げます。カトリック××教会の神父様並びに信徒の皆様にも家族を代表してお礼を申し上げます。 

2.父が体調の異常を自覚し、医師としての判断で自ら、古巣であり心臓疾患等でもお世話になっている××病院に入院したのは先月末、6月29日(月曜日)のことでした。その数日前の26日(金曜日)にはこの秋に退職する予定であった、××デパート医務室での勤務を行っておりました。しかし、29日に血液検査をしたところ、白血球の異常な数値が明らかになりました。4月の検査では全くの正常値だったので、父にとっても意想外の数値だったと思います。そして「急性リンパ性白血病」、という診断が下されました。父は、内科医としての判断で余命を数ヶ月、と踏んで、平素の信念通りあまり成果の見込めない根本的な治療や無意味な延命治療は望まず、主として自宅で療養しつつ静かに死を迎える、というビジョンを描いていたようですが、主治医の先生方の考えていた時間的猶予はよりシビアなものでした。そして残念ながらその見通しは的中し、7月初めに一時帰宅して数日間を自宅で家族に囲まれて過ごした後で、7月5日(月曜日)に再入院し、7月9日(木曜日)未明に不帰の客となりました。死の瞬間には誰も立ち会ってはおりませんでした。 

3.とはいえ、「享年86」というのは長命者の多い××家の兄弟姉妹の中では「短命」の方なのかもしれませんが、一般的には天寿以外の何ものでもなく、しかも父が人生を通じて恐れていたのは肉体的、そして精神的に苦しい闘病の結果の死であり、血液の崩壊に伴い様々な症状の結果死に至ると聞くこの病気で、結果的には眠るように世を去るに至ったことは、父も恐らく「これはこれで良かった。」と泉下で思っているのではないかと思います。××××(父の実名)の死に方としては、理想的と言っても良いのではないか、という点では、母とは見解の一致を見ております。アルバム等を見たり所持品を整理しながらゆっくり自らの生を反芻するような時間は得られなかったわけですが、その時間が血液疾患による出血や呼吸器障害と戦う苦しい末期の時間にならなかったという保障はありません。残念ではありますが、最後にカトリックの信徒となり、穏やかな死を迎えられたことは神様に感謝したいと思っております。 

4.最後に、私は言葉の真の意味で堅実で実直な父には似ていない「不肖の息子」ではありましたが、その私がここまで大過なく人生を送って来られたのは言うまでもなく父と、それから母のおかげです。父の生前は面映ゆくて面と向かっては言えなかったことですが、私がかつて、××××(父の実名)と××××(母の実名)とが作った××家という家庭に縁あって迎えられ、今日まで暮らして来られたことを幸福なことであった思っています。霊前ではありますが、父にそのことに関しては最初で最後の感謝の言葉を贈りたいと思います。どうも有り難うございました。私たち横浜の××家は、今後とも母を中心に私や妹夫婦やその御家族と協力し合って暮らしてゆくことになります。最後に父と言葉を交わした7/8(水曜日)、父は私に苦しい息の中で、「これからはお前が一家の大黒柱だから。」と語りかけました。誠に細く頼りない大黒柱ではありますが、微力を尽くしていきたいと思っております。生前に父と親しくして頂いた皆様方には、故人同様、お見守り頂くことをお願い致します。本日は、誠に有り難うございました。」
 

 父は上に書いた通り、父の終焉の地となった某病院(但し父が勤務していたのは移転前でした)を退職して以後は、某デパートに常勤の勤務医として、また非常勤の医師として死の数日前の7月6日まで勤めていました。7月6日に家族に付き添われて入院の報告と予定より数ヶ月早い退職の挨拶をし、その足で入院していた病院に戻りました。オレはタクシーの運転手さんとデパートの下で待っていたのですが、父は医師として病院に歩いて入って行き、出ていた時には医務室に用意された車椅子に乗っていました。有資格者であることは変わらないものの、もうその時の父は職場を持った「医師」ではなくなったことになります。最後まで仕事をしていた父の「医師」としての最後の日を見届けることができて、良かったと思っています。長くなりましたが御静聴? に感謝します。

Auf wiedersehen,Mein Vater!