東条町の街道沿いにある旧上津船着場から美嚢川下流・三木市内方面の眺めである。手前が上津橋。その奥に城山橋、福有橋と続いている。左手に見える小高い丘が旧三木城址である。

右端の赤矢印の場所に釜ヶ淵延命地蔵尊の石祠が建つ。これが今回、紹介する石造物である。

 

上津船着場跡。江戸時代、川舟(高瀬舟)による加古川、高砂との諸物質の運搬が盛んであったという。

三木市の真中を流れる美嚢川にある船着場は3ヶ所あり、上津(上津橋付近、庶民の物質の集積地)、中津(福有橋付近、奉行所の専用船着場)、下津(末広橋付近、宿場町の庶民の流通品の集積地)です。

釜ヶ淵延命地蔵尊の石祠 上津橋畔河川敷  総高175㎝ 昭和2年8月 花崗岩 

「ふかい きけん はいるな」 の銘文が左右二か所にある。

   

上津橋の下は岩盤の釜ケ淵があり、魔の淵とも呼ばれた。溺死する者も多く、昭和のはじめに石柱が橋下付

近に建てられたが、昭和21年の水害で流されたが、偶然、昭和58年に下流の城山橋下で石柱を発見。

上津橋北詰堤防上に有志により再建され、毎年、地蔵盆に追善しているという。

 

この橋の下を流れる二位谷川は、二位谷池と福田池から水が流れているが、昭和7年に池が決壊して大氾濫、この辺り、三木町一帯の家を押し流し死者33名を数える大水害となりました。

滑原(ナメラ)の町名は、このあたりの川底が滑らかな岩盤であることから名づけられたものだそうです。